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1話 『堕天』


牢獄の中はどことなく生臭く、湿っている。

  強固な牢屋が薄暗いのは当たり前だが、ここの牢獄は薄暗いを通り越して、目を慣らさないと先が見えないような、正に暗黒といった文字がぴったりな空間だ。

  外に出れたら、太陽の光と、肌心地がよい暖かさが、どれだけ幸福と感じるだろう。

  体育座りは嫌いじゃないけれど、牢獄の中でそれをやると、何か虫酸が走るような気がする。

  でも、何故かやってしまう俺。

  これでは完全に囚人じゃあないだろうか。

 

  俺は、勇者だっていうのに……。


  そう。俺は勇者だ。

  勇者のはずなのだが、こうして牢獄の中に囚われている。

  なぜこうなったか、話すのは、少しだけ俺についての話をしてからにしよう。


  俺は、昔は平凡な中学二年生、14歳だった。

  才能は……自分で言うのも難だが、まぁ、それなりにはあったと思う。

  100メートル走は学年二位。

  持久走も学年四位。

  学力は全てのテストがだいたい80点。

  国語は得意で、毎回90点は絶対に超えていた。

  家事もスポーツも難なくこなし、大勢の人の前での発表も、緊張をまるで知らないってほどスムーズにできた。

 

  余談だが、こんな俺でも、日本が誇るアニメやゲームに入り浸っていた。

  ので、この世界に来た時は、ある程度の知識があるので、取り乱しはしなかった。いや、あれはむしろ取り乱したかもしれないな。めっちゃ叫んでたし。


  俺は、この、剣と魔法の至って普通な異世界に、ある日突然勇者として召喚された。

確か、アニマートに黒のピーコートとサングラスを装備して、出かけようとドアノブを回し、開いて一歩踏み出した時……何故か足場が無くて落ちたんだ。

  落ちて落ちて落ちて、俺は召喚された、厳密に言うと、目を覚ましたところは王城シャインの王の間で、俺の他にも二人、勇者召喚された奴らがいた。ありがちな展開だ。

  どうやら、この世界に君臨した、魔王とやらを倒すために召還されたらしい。これまたありがちな展開だ。

  で、兵士から剣の訓練や、戦闘術を教えてもらって、魔王を倒す旅へ、いざ! って時だ。


  ……俺は魔王軍に捕まった。


「おいお前!」


  看守が牢獄の奥で縮こまっている俺を呼ぶ。

  応じなかったらおそらく殺されてしまうので、渋々牢の扉に向かった。

 

「王女様がお呼びだ。ついてこい」


  扉を開けられ、きょとんとする俺に構わず、看守は俺の手首に手錠のようなものをはめた。

  手錠を始めて見た、寄り目でそれを凝視して、ジャラジャラと両手で鎖を引っ張る。

  当然千切れる事はない。


「早くしろ!」


  看守が憤怒の表情で叫んだ。俺は小走りで随時進行中の看守に追いつく。

  そういえば看守は、外見的に人間じゃないな。

  その姿は、俺の知識で言うと、そうだなぁ。竜人……かな。ちょっと肌が黒すぎるような気がするけど。


  それから、案内されて、俺は王の間のようなところに連れてこられた。

黒い柱が立ち並び、その一つ一つに草なんかで装飾が施されている。

値段的にヤバそうな赤い絨毯が、一段上がって王の椅子のところまで敷かれており、その椅子に誰かが座っているが、あまりよく見えなかった。

王座の背景には、黒い薔薇が描かれたエンブレムがあった。同じようなものをどっかで見た記憶があった。

  俺は突然囚人服の襟を掴まれ、中に放り込まれた。

  うつ伏せの状態で、1メートルくらい滑り、静止したところで……。


「あっ、()ィっ!?」


  背中に激痛が走った。

  背の高いヒールで踏みつけられたような、そんな激痛が……。


「で? コレが、捕らえた人間の勇者って奴?」

「はい! 王女さま!」

「……へぇ、残念な面してるわね」


  俺に痛みを与えている奴は誰だ。

  と、首を曲げて顔を上げると、そこには……。

  まだ幼さと愛らしさが顔に残る、ティアラを頭に乗っけた、まるで人形のような王女様。

  少し変わった、ワンピースのようなものを纏い、薄桃色のつやつやの髪はロングにしている。

  そして、すらりと形の綺麗な脚を、膝からふとももへとたどるとそこには、桃色のパンツが……!


「ふぐあァッ!」


  女性が持ちし禁断の絶景から、まぶたの裏の真っ黒な景色へ一瞬で変貌した。

  頭からは、ヒールで踏みつけられる痛みをじわじわと感じ、その痛みからは鬼のような怒りが感じられる。

  おそらく頭を踏みつけられたのだろう。

  その証拠に、背中の痛みは、ヒリヒリと後が残るような痛みになっていた。


「なんて醜いエロ豚なの? 豚の生姜焼きにして、捨ててやろうかしら」

 

  ……し、仕方のない事ではなかろうか。

  男として、そこにパンツが見えるなら、まじまじと見るのが当然「死ねぇっ!」「ふぐあぁっ!」な訳ないだろう。そんな、と、当然な訳ないだろう。うん、諸君もそうだよね? ね?


「料理する価値もないエロ豚ね」

「女王様に踏んでもらえるなんて……あの囚人、憎たらしい」

「あら、何ならあなたも踏んであげてもいいのよ?」

「あぁんっ! 女王様ぁん! 踏んでくださんぃっ!」


  ……視界が真っ暗で、何も見えないが、こんな事はわかった。


  多分、俺を踏んだ奴はドS(サド)で、今俺を憎いと言った奴はドM(マゾ)だ。


  …………どうして俺はこんな空間に連れて来られねばならなかったのだろうか。

まるでゴリラとオランウータンばっかりの、暑苦しい満員電車に乗っているみたいな感覚だ。

  はぁ、おうちにかえりたい。

 

「さて、あなた、どうやら勇者らしいけど、名前は?」

「うぐ……か、カ」

「ふーん、ノウナシ、ね?」


  ドSが俺の話を遮って、嘲笑するように言った。

  そりゃあもう、ライトノベルで『ノウナシ』って単語だけ他の文字より一回り大きくなるような感じで。

 

「他の二人の勇者に、お荷物だと見放されて、裏切られて、私の兵に捕えられ連れて来られた、無能な勇者(、、、、、)くん?」


  歯をくいしばるしかない。

  なんせ言葉のまんまのことなのだから。


  俺が勇者として召還された時、他の二人はかなり強力な特殊能力を持っていた。


  だが、俺には……そんなものは、一切無かった。


  おまけに剣術も二人より上手くないし、戦闘のあらゆる分野に、才能が無かった。

  それにより俺は、二人や俺を召喚した国から、日が経つにつれどんどん見放されていき、ついには他の二人が俺を食事係に回して、俺が作った料理を二人で、アーンしながらされながら、イチャイチャしていたくらいだ。


  そりゃあもう泣いたさ。

いろんな意味で泣いたさ。

  悲しくて悲しくて、毎晩おうちにかえりたいって何度も何度も言ったさ。


  ところがある日、大量の皿を洗わされているところに、突然二人から冒険に行こうと言われたのだ。

  それはもう跳ね上がって小踊りするほど喜び、即、了承した。ウチくる? 行く行く!

  目的地は、魔王の城の近くの、荒れ地だった。

  まだそんなところに行く強さに達していない俺は、二人を止めたが、なんと、俺を守りながら進んでくれた。


  そうだ。

  ここで、頼もしいなぁ。と、二人を見直したのが間違いだったんだ。


  魔王城の近くまで差し掛かった時、大量の竜兵が俺達を取り囲んだ。

  これでは二人だけでは凌ぎきれない。と、「俺も戦う!」と言って、武器を構えて前に出た瞬間……。


「じゃあ任せた!」

「頼りにしてるよ!」


  と、二人の勇者は俺を差し置いて、魔王城に乗り込んでいった。


「……え?」


  一部の竜兵達が、二人を追いかけて行ったが、それでも大量の竜兵が、俺に釘付けになっていた。

俺は、音速を超えたスピードで察した。次の文字が、意味する言葉を……。


  \(^o^)/


  こうして俺は、竜兵達にギッタンバッコンのフルボッコにされ、さっきの牢獄に放り込まれた。

  勇者であるのに、こうやって捕獲された俺を、自分でみっともないと思った。

  惨めな気持ちのまま、そこで三日間過ごした。


「二人の勇者に見捨てられて、挙げ句の果ては騙されて、私に捕まえられるとは、みっともないじゃないの」

「…………」

「それで勇者と名乗るとは、あなたの口先の才能はご立派なものね」

 

  言い返す言葉が見当たらない。

  もっと必死に脳内を探せばあるにはあるだろうが、おそらくどれも反論されるだろう。

  言っても仕方がない。

いや、それ以前に俺のプライドにかけて、言い返してはならない。


「言い返す言葉も見当たらない。可哀想なアホ豚ね〜」


  歯をくいしばる。

  これしかできないのが、悔しい。

  大体返す言葉が見当たらなくて、腹が立ったら、俺は暴力に走るのだが、今は踏まれていて、体を起こすこともできない。


「その、抵抗したいけど何もできない、哀れな出荷前の豚のような表情。……気に入ったわ。その顔に免じて、あなたにもっと激しい苦痛をあげる。感謝なさい」


  頭にのしかかられていた足が、ゆっくりと離される。

  だが、痛みはまだ残っていて、起き上がろうにも起き上がれない。

 

「さっさと立ちなさい?」


  頭の痛みに軽く悶絶していると、身体が謎のパワーに覆われた。まるで数本の糸で釣り上げられるような感覚。

  そして、俺はそのパワーに手助けされるように、ゆっくりと立ち上がった。

俺を踏んでいた、女の子を見据える。


「何よ、その態度は。忠誠心がなってないわね」

「はぁ? 俺を出会い頭に踏んでさ。そっちこそなんなんだよ。その態度は」


  俺と向かい合う少女は、片手を腰に当てて、嘲笑するように俺を見ている。

  あぁ、もうダメだ。俺こいつ嫌いだ。


「私? 私はいいのよ? 貴方は私になんでもこき使っていいんだから」

「どういう意味だよ。囚人だから?」

「違うわ」

 

  少女は、スタスタと、緩やかなリズムをヒールで奏でながら、俺に接近してくる。

  そして、触れられる位置で立ち止まり、俺を見物する。

  鼻には、甘い香りが漂ってきていて、こんな可愛い顔にまじまじと見つめられると、呼吸の仕方を忘れてしまうくらい恥ずかしい。

  居心地が悪い。おうちにかえりたい。


  だけど、そんな俺の望みなんて、彼女は察してなんかくれず、俺の顔に手を伸ばした。


「ちょ……」


  顎を親指と人差し指で持ち上げられ、顔を極限まで近づけられる。

  な、なんだよこの娘は。

  目の前には彼女の可愛らしい顔。

  目をそらそうとしても、強制的に目を合わせられる。

  だけど、目は絶対に瞑らない。

  瞑ってしまうとこいつに負けてしまうような感じがする。

  だから、瞑らない。


「な、なんだよ」

「動揺してる」

「んッ……」

「…………ふーん」


  やっとの事で、俺の顎から指が離される。

  だけど、依然として彼女は目の前にいる。

  本当に居心地が悪い。少し体力を使った。


「あなたが囚人だからこき使うんじゃないわ。全然違う、下手すれば囚人より下劣な存在……」

「……で……で、なに? それ」


俺が半眼で猫背になり、ダルそうに質問を続けると、彼女は右手の人差し指の先を、俺の鼻に近づけてくる。

彼女は妖艶に、かつ、何か悪巧みをしているように笑っている。

その微笑みが、俺の心臓の鼓動を、指が鼻に近づいていくにつれ、加速させた。


そして、ついにその指先が、俺の鼻のてっぺんを突いた。


「あなたはわたしの……奴隷となるのよ」


気づけば俺は、金色の首輪をつけられた、黒いミニブタになっていた。


「え? 奴隷……?」


と、つぶやいたつもりだったが、その場には汚らわしくブタの鳴き声だけがポツンと響き渡った。

この一事が、俺の奴隷としての生活の始まりだった。

俺「フガッフガフーガッフガフ……(訳:俺、これからどうなるんだろう……)」

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