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0話 『対極』

  光と闇。


  それは、互いに忌み嫌う存在だが、片方が存在する限り、もう片方は絶対に存在しなければならない、言うなれば理想と現実のようなものである。

 

  光は、この世を明るく照らし出す、”神聖”なる存在。

  闇は、この世を安定させる、”暗黒”なる存在。


  互いは争い続け、互いは互いを侵食し、互いは時に和解する。

  光あるからこそ闇があり、闇があるからこそ光があるのだ。

  光が消滅しなければ、闇は不滅であり、闇が消滅しなければ、光は不滅である。

  光と闇は、対極であるからこそ、存在できるものなのである。


  ◆


  この世界に、神はいない。

  いるにはいるが、その者は、神とは呼ばれていない。

  この世界の”神”は、”人間”と呼ばれている。

  人間は、自分達の事を、神と呼んだりはしない。

また、人間は自分達が世界の神だという事を、自覚していない。

  人間は、神という存在を、神でありながら知らないのだ。

  即ち、この世界の神は人間であるが為に、神を上回る新たな存在があった。


  それは、”運命”と呼ばれる、たった一冊の本。と、この世界の神話ではそう綴られている。


  人間は、優秀な頭脳という、恐るべき力を持っているが、それでも、全能なる真の神、「運命」には、絶対に抗うことはできない。

何故なら、それが運命だからだ。

  ただただ、その運命に書かれた文に、なぞって生きていくことしかできないのだ。

  この世界の「運命」には、こう記されていた。


「神々は、光と闇に分かれ合い、神ならざる者も巻き込んで、盛大なる醜き戦争を、陰も陽も永遠に続ける」


  実際この世界は、「運命」に記された通りに動いている。

  人類が誕生した日。

  なんと、その日から戦争は始まった。

  始まって間も無い戦争は、規模がとても小さく、まるで赤子の喧嘩のようなものだったが、950年の月日が経過した今では、魔法の発達により、規模はかなり大きくなっていた。

  光が闇を超える力を編み出したのなら、闇はさらにそれを超える力を編み出す。闇が光を超えるなら、光はそれを超える。


  よって、人間が生まれた日から一度も、戦争が終わった日は無い。

  人が毎日大勢死ぬのが当たり前だった。


我々から見たら、それは奇異なるものである。

だが、この世界の人々は、一部を除いては、そのことにおかしいとも悲しいとも思った日はなかった。

  人々は、生よりも、死よりも、戦争を優先した。


  彼らのこのような考えが変わることは、今までも、これからでさえ、一度も無いだろう。

  何故なら、それは運命が語ったことだからである。


 


「何を読んでいる。主君」


  ドーム形、中心に大きな紫のカーペットが敷かれただけで、他に何も装飾が施されていない、殺風景な白い部屋。

  その部屋の中央には、紫色のカーテンが巡らされた天蓋(てんがい)付きのキングサイズベッドがあった。

首元に小さく可愛らしいリボンが特徴的な、桃色の寝巻きを纏った、薄桃色が愛らしいロングヘアーの幼女が、そのベッドのシーツにくるまっていた。

幼女は自らの顔の数倍は大きい本を、胸の上に乗せて読んでいた。年代を重ねたことにより、表紙が剥がれている。

  幼女は、尋ねてきた青年に、不服そうな顔つきで返す。


「これはこの世界の伝承……の本かしらね。書庫から借りてきたんだけど、私には理解できない内容ね」

「伝承……か」

「あなた、長生きしているんでしょ? これ、理解できる?」


  幼女に(ひざまず)いていた青年は、立ち上がり、幼女に近づきその古くさい本を受け取る。

そして、彼は数回瞬きしてから、本の内容を読み取った。


「…………」


  本には、彼にとって、憎き”神聖軍”のことが書いてあった。

  実際には、少ししか書かれていないのだが、この青年の最愛の者を、死の世界へと放り込んだ神聖軍のことが、少しでも書いてあるだけで、莫大な怒りを覚えた。


  ーー神聖軍のゴミ屑共は、汚い血になり地に吸われてゆくことが、最もふさわしい。

  この俺が、微塵も残らないほど滅ぼしてやる……。


「D1、落ち着いて」


  幼女が青年を睨み、言った。

  ハッと我に返った青年だったが、手に持っていた本の表紙は、無残にも折れ曲がってしまっていた。

  怒りが残した有様だった。


「……すまん、主君」

「別にいいけど、気をつけなさい。もし暴走して、私に八つ当たりするようなことがあったら、すぐに契約を断ち切るからね。仮にもあなたは奴隷なんだから」

「……契約を放棄したら、主君を護る者もいなくなるだろう? 主君を数々の危機から護ってきたのは俺だ。竜騎士共はあてにならん。つまり主君には俺が必要だ」

「あら、私に危機があったの? じゃあ私に危機を作るような竜騎士共はあとでお仕置きね」

「話を逸らすな。……まぁ、いつものことではあるのだが」

 

  青年の言葉を無視し、幼女はベッドから降りる。

  青年に背を向け、手に紫色の魔力を込め、それを時計回りに一回転させ、紫色の円を作った。

  その円を、幼女は覗き込む。

  円の中には……戦争の様子が映し出されていた。

その時のある空間の映像を映し出す事ができる魔法陣だ。

  東と西に天高々に炎が上がり、男達の雄叫びと共に、”神聖軍”と”暗黒軍”はぶつかり合った。

  あたりには一斉に金属音の大合奏が始まったが、次第に悲鳴や血が飛び出る音などが響きはじめ、一瞬の間に修羅場と化した。

  幼女が見るにはあまりにも刺激的な映像だが、戦争が日常茶飯事なこの世界では、もはや戦争の風景を見ない者の方がおかしい。

 

「あなたも見ていいのよ。今なら面白いものが見れるわ」


  振り返って幼女は青年に微笑む。

  幼女が発するには妖艶すぎる口調で、その場では誰しもが思わず頷くであろう美貌。

  だが、青年は首を振る。


「……俺以外の者が神聖軍を殺めるなどありえない」

「残酷なものね、あなたっていう人間は」

「主君に言われたくはない」

「……ふふ。それもそうね」


  そう言って幼女は視線を地獄風景(戦争)へと戻した。

  すると、映像は、今までの風景とは一変違うものを映し出していた。

  一人の光に満ちた、紫色のマフラーを巻いた騎士。神聖軍の紋章が、金鎧の胴に掘られている。

その者が長剣を振るい、暗黒軍の兵士の首を次々と掻っ捌いていく。

  対する暗黒軍は、そのものに指一本触れられず、惨めに死を捧げていった。

 

「たしか、神聖軍の勇者じゃなかったっけ」


  自分の軍が押されているにも関わらず、幼女は冷静に口元に人差し指を当てて考える。

  幼女が言った通り、紛れもなく彼は、神聖軍の女王により召喚された、勇者だった。

  そして、その少年の後に続く、金髪に小柄で踊り子の服装にマントを着た、スタイルのいい女弓兵も、マフラーの騎士同様勇者だった。


『こいやぁ! 敵ィッ!』


  男勇者がふと長剣を上空に放り投げた。

  無防備となった男勇者に、暗黒軍は四方八方から一斉に飛びかかるが、男勇者に刃が届く前に、彼の体の中心が光った、そして、唐突に大きく爆発した。

  暗黒軍は巻き添いを食らい、大量の兵士が跡形もなく死滅する。

が、爆発地点の中心、一番助かる確率が少ないであろう場所から、土煙に人型のシルエットが浮かび上がり、そこから身体を炎で覆った、勇者が現れる。

  その光景に、他の暗黒軍は唖然して立ち尽くし、その間に女勇者に心臓をピンポイントで射抜かれ死亡した。

 

「…………」


  気の穏やかそうな幼女も、これには流石に感情を歪めざるを得なかった。


  もちろん。暗黒軍の兵士のマヌケさと弱さにだ。


『おらおら! もっとこいやぁ!』

『流石、泥堂(ていどう)くん! 素敵!」

『へへん。色絵(いろえ)ちゃんも、その弓の腕前すごいぜ!』


 ーー私の兵達は敵にイチャイチャさせるほど弱いの? ……情けない。


  幼女はもはや苦笑いを浮かべていた。

  とはいえ、このままこんな状況が続けば、兵も減り、こんな呑気に観賞などしてはいられなくなる。


「……出動か?」


  幼女の後ろで待機していた青年は、状況を察し、右手に紫色のオーラを発生させ、そこから自分の武器を具現させる。

『変形型魔法銃』略して『魔銃』と呼ばれる、回転式拳銃(リボルバー)型の銃だ。

口径はおよそ9mm(シル)

銃口部分から弾倉にかけ、一本の黒い筋が通っており、その筋は、各弾倉の中心に一つ一つ描かれている。ちなみに弾倉は7つだ。

撃鉄、弾倉、銃身、すべて銀でコーティングされ、まるで月夜を思わせるようなデザインだった。


「えぇ、そうね。私が転移してあげるから、存分に暴れてくるといいわ」

「了解だ。主君が起きていられるのはあとどれくらいだ?」

「1時間かしらね」

「20分で戻る」


  そう、言葉を交わすと、青年は頷き、青い光に包まれて、その場から一瞬で消え失せた。

 

「……ふふ。暴れなさい。私の可愛い狂犬さん」


  紫色の円の中へと視線を戻し、しばらくしてから、彼女はポツリと、そう呟き、冷酷に笑った。



  彼女が奴隷と呼んだ彼は、『暗黒軍特殊攻撃部隊』の、「D1(ディーワン)」という名前の、エルフ……なのだが彼は、一般のエルフとは、少しだけ何かが違った。

その何かとは……。



暗黒軍や神聖軍の生々しい死体が散らばっている、残酷な戦場に、D1は蒼き光の加護を解き放ち、静かに降り立った。

  一息つき、辺りを見回す。

  人気が全くと言って良いほど無く、夕刻であることもあってか、ひっそりとしていた。

  無理もない。辺りは茜色の太陽に照らされて、鼻腔を突き刺す異臭をばらまいている死体。

  そして、その死体が持っていたとされる、剣や槍、盾が、無造作に転がっていて、地面のいたるところには、血が染み込んでいた。

戦争をやめないこの世界で、この情景が意味するものは、どちらかの軍が、兵を進めたという事実。

  ーーとなると、暗黒軍が兵を進めてくれた方が、暗黒軍に属している側としては好都合なんだが……。


「暗黒軍はあらかた全部殺したぜ」


  D1が考えているところに、背後から声がかけられた。


  暗黒軍の兵士は、D1ほどではないが、神聖軍と同等に戦えるくらい、よく鍛錬が積まれている。

  だが、辺りの死体はほとんど暗黒軍の兵士だったものだ。

  神聖軍と暗黒軍の兵力に、偏りが起こる可能性は、まず、ない。

  と、すれば……


  ーーなるほど。こいつがシェイドが1年前に言っていた、『勇者』なんていう英雄ごっこの連中か。

 

「あとはお前だけだ」


  振り向くと、そこには紫色のマフラーを巻き、美顔の男が腰に右手を当てて佇んでいた。

  太陽のように金色に輝く鎧で身を包み、左手には黄金の剣を握っている。

  どちらも太陽に照らされ、眩い光を放っていた。


「…………」


  D1は無表情で、勇者の足元から脳天に至るまで、目でゆっくりとなぞった。


「こいつら、むちゃくちゃ弱かったぜ。俺と剣を交えることも無く死んじまうし……暗黒軍ってこんなもんなのか?」


  ……当然だろう。

  なんせこの兵士達は、D1にとってはゴミが寄せ集められたような存在だ。

 

「……フッ」


  これを暗黒軍の平均と見ているこいつの頭は、どれだけおめでたいのだろうか。

D1はそれが可笑しくて、つい口元が歪んでしまった。


「何故笑う」


  敵を嘲笑することは、挑発行為である。

  騎士はまんまと挑発に乗り、目つきを鋭くしてD1を睨み、黄金の剣を彼の顔に向ける。

 

「……お前が、弱いからだ」


  不敵な笑みを浮かべながら言い放つ。


「なに? ……言っておくけど、俺結構強いぜ。こいつらを殺るのに1分だ。お前だって怪我じゃ済まさせねぇよ」


  ……挑発に乗るような犬は、遥か昔から、弱いと決まっているのだ。

  それに、1分という数字も、D1からすれば、長すぎる時間だ。

  こんな奴ら、3秒で十分だ。


「それではこちらからも言わせてもらうぞ」


腰に付けた、革ホルダーに挿入した拳銃に手をかけ、前傾姿勢で構える。

  弾は装填済み。心拍も良好。

殺しに対するためらいなど、あの日からもう既に消え失せている。

  あとは頭を空にし、騎士に魔力を撃ち込む。それだけだ。

 開戦するため、再び挑発を投げかける。


「逃げるなら……今のうちだ」


  D1は、拳銃をドロウすると同時に、戦闘を開始した。

 

「逃げるわけッ……」


  神聖軍の勇者である、泥堂 立夢(りつむ)は、黄金の剣を握る手に力を込め、D1に向かった。

  だが、剣を振る直前で、うなじの中心部分に、冷たい何かを当てられ、言葉を遮られる。

  何かは分からないが、ただ、嫌な予感だけが身体中を突っ走った。


「今のうちだと言っている」


  その何かが、敵の武器である拳銃の銃口だと分かった瞬間、嫌な予感は電撃のように身体をつっ走る戦慄へと変わった。

  咄嗟に敵へと向けていた剣を、背後の敵へぶるんと振る。

  だが、そこに敵の実態は無く、勢いだけが、空を切った。

 

「消えたッ?」


  勢いが強すぎたせいか、態勢を崩してしまい、背中を地面に強く打ち付け、痛みが身体中を突っ走る。

  早く立ち上がろうとしたが、目に飛び込んできたのは、30㎝程先に敵の白銀銃。


  D1だ。泥堂へ銃口を向け、一瞬のためらいもなくトリガーを引く。

  太陽の光を反射して、眩い光を放つ黄金の銃弾が、発砲音と共に放たれた。

  衝撃で腕が跳ねるのが(しゃく)だが、その間にこの勇者は死ぬのだ。

  問題はない。


  だが、放たれて間もなく、その銃弾に横から何かが強く突き刺さり、回転しながら左へと飛んでいった。


「ん……」


  銃弾に衝撃を加えたのは、はやての如く放たれた一本の矢。

  落ちた銃弾に鏃が刺さっていることが、それを物語っている。


「敵が、もう1匹……」

「せぇやぁぁぁぁぁあッ!」


  犬が吠えながら、黄金の剣を一閃した。

  筋を描きながら迫る、黄金の剣尖。

  D1にとっては、のろまな攻撃だった。

  大袈裟に言うと、芋虫の方がまだ速いだろう。

  ……話にならない。

  まさか、このような物が勇者だというのか?

  つまらない冗談はやめてほしいものだ。

 

  D1は、冷めた表情のまま身体を後ろに倒し、刃を右足でオーバーヘッドシュートのように天空蹴りあげた。

  泥堂は、剣を強く握りしめていたので、剣のみが吹っ飛ぶ事がなく、突如腕を上に持って行かれ、なにが起こったのか分からない様子だ。

  一回転し、着地したD1は、無防備なその胴に、一瞬で銃弾を7発打ち込む。

  だが、銃弾は泥堂の鎧を貫通せず、少し凹むだけで全て弾かれ、どこかに飛んでいった。


そこで、D1は瞬時に判断した。

  胴の装甲を破るには、鉛は向かないらしい。

  ならば魔法()を切り替えるのみだ。

 

  D1の銃は、通常ならば排出される筈の空薬莢が、排出されない。

  何故だか疑問に思うだろう。だが、答えは簡単だ。


  この世界は、科学という概念が存在しない魔法の世界。

  つまりこれは、魔法力が生み出した、魔力を使って弾を放つ、『魔法銃』という代物なのである。


  よって、リロードも不必要。

  使用者の魔力が常に銃へと送り込まれているからだ。

 

  態勢を立て直した泥堂は、続けざま黄金の剣を横に振るうが、紙一重で避けられ、与える隙もなく再度振るが、さらに避けられる。

 

「遅い、遅い、遅い」


  冷めた表情で、冷淡に言うD1の言葉は、遅すぎる攻撃を避ける度に、徐々に迫力を纏って、声量も上がる。

  その言葉一つ一つが、泥堂の心に突き刺さっていき、今まで受けてきた訓練が全て無駄だったのだと思い知らされる。


  刹那、カァァンッという音が響いたのと同時に、振るっていた剣が唐突に止まる。

  剣と銃身がぶつかり合って震えていた。

そして、D1の銃にはいつの間にか、銃剣が装備されていた。

  これも魔力を媒体に、一瞬で作った代物だ。


「くッ!」

「…………」


  泥堂は歯を噛み締め、汗が身体を伝って服に染み込むのを感じた。

  剣と剣のつばぜり合いは、どちらかが押し切らないと、勝敗は決まらない。

  だが、銃と剣では、どちらかが押し切らなくとも、勝敗はついてしまう。

  弾が装填されている状態で、銃口が剣士に向いている時だ。

 

  1発の銃弾が、発砲音と共に放たれた。

  周りの空気を巻き込みながら、銃弾は一直線に泥堂の鎧の元へと向かって走っていった。

  だが、この鎧なら、銃弾を弾くことができるはずだ。

泥堂は、そう信じて疑わなかった。


「うつッ!」


  そう思ったのもつかの間。

  突如として胸に焼けるような痛みが突っ走り、安定していた思考をかき消す。

  血が、法則を無視して喉に湧き上がってきて、噛み締めた歯の隙間からプシッと勢いよく漏れる。


  ーー何故だ。


  その一文が脳を埋め尽くした。

  次第に剣に込めた力も弱まり、剣が弾かれ、腰に右回し蹴りを食らう。

  衝撃で吹っ飛び、一つ出た大岩に叩きつけられ、背中に強い衝撃が走った。

意識が朦朧とし、息をするのもままならない。


そんな状況で、泥堂は目に映った光景に、「嘘だろ……」と言いたくなった。

自分の事を、三発の赤色の弾丸が追いかけてきたのだ。


間も無く胸や肩を銃弾が貫いた。

  何かが喉を埋め尽くし、やがてそれが排出され、べっとりとした血が地面に飛び散り、何かの正体に目を疑いたくなる。


  血を気にする暇を与えず、D1の残忍な攻撃は続く。

 

  先ほどまでいた地面がめくれ上がり、まるで消えたかのようなスピードを纏ったD1は、その速度のまま、泥堂の胸に銃剣を突き刺した。


「あッ……」


  短い呻きの瞬間、断末魔の叫びが発砲音と共に起こったのは言うまでもない。

  痛みが泥堂の全てを覆い尽くし、もはや自分の声さえも届かない。

 

「どうだ? 痛いか! 苦しいかッ! ティアラが味わった感触は、まだこれじゃあ序の口だ。嘆け! 苦しめ! 神聖軍よッ!」


  発砲は続いた。

  衝撃が泥堂の身体を跳ねさせ、寄りかかっている木の幹には鮮血がどんどん飛び散っていく。

  もはや痛みすら感じない。

  発砲音だけが、メトロノームのように耳に響いている。

  景色が白く薄れていき、口からは絶え間なく、血が排出された。血の排出が、あたりまえだとでも言うかのように。


  やがて、景色は完全に白く染まり、そして、徐々に滲んで侵食するように赤く染められていき、しまいには暗黒に染め上げられた。

  うるさかった発砲音も、耳に届かなくなっていた。


  それと同時に、茜色の太陽が、地平線に沈んでいった。


  ◆


  死んだ。だろうか。

  D1はそのことを確認してから、深々と突き刺した銃剣を引き抜く。

  血が噴水のように飛び出してきて、右手が赤く染まってしまった。

 

  だが、まぁいい。

  汚いとは微塵も思わない。

 

  地面に手をつき立ち上がり、銃剣から血がシタシタと静かに滴り落ちているが、構わずホルダーに戻した。

 

  沈み行く太陽を見る。

  今日は、とてもいい夢が見れそうで実に楽しみだ。


  残酷な笑みを浮かべながら、D1は、そんなことを考えていた。

 

  ーーーーヒュオンッ


  風を切る音。

  一直線にD1に飛ぶそれは、D1がほくそ笑むきっかけとなった。


「フッ、フフッ、フフフフフッ」


  望んだ通りの結果が現れた。

  どうやら、今日はまだ帰らせてもらえないらしい。

  そう考えれば、もう笑みが止まらない。


  首を右にひねる。

  すると、自分の顔の左を、一本の矢が通過していき、地平線に消えていった。


「そういえば、忘れていたな」


  D1は泥堂との戦闘時、本来そこで決着が着いていた筈の一撃を、横から飛んできた矢に撃ち抜かれた。


  振り返ると、向こうには、矢を放った後と思われるポーズをとった、一人の女弓兵が、涙目を浮かべた憎しみの表情でD1を睨んでいた。


「よくもッ! 泥堂くんをォッ!」

「…………どうしたというんだ?」


  D1は肩をすくめて笑いながら言った。


「俺は、逃げるなら今のうちだと言ったんだ。あの時逃げていれば、こんな事態にはならなかった。しかし、あいつは逃げなかった。つまり、俺に殺されたかった。そういうことだろう?」

「屁理屈をッ!」

「……屁理屈? どこが屁理屈なんだ。お前らだって、容赦なく俺らの軍の首をはねていただろう。これは戦争なんだ。卑劣だろうが外道だろうがなんでもいい。ただ敵の命を消し去るだけのことを果たせばいい。俺はそれをしたまでだ」


  板留守(いたるす) 色絵は、背中につけた、皮製の矢を入れる筒から、取れるだけ大量の矢を取り出し、弓にかけ、限界まで引きしぼる。


「死ねッ!」


  憎しみを込めた叫びとともに、全てを解き放った。

  矢はD1と色絵の間に弾幕を展開し、それも恐るべきスピードで迫る。

  D1はそれを一瞥し、狂ったように笑いながら飛び込んだ。


「フハハハッ! どいつもこいつも芸がないッ! ただ武器を振り回しているだけで、扱う価値なんてまるで無いッ! 安心しろ! 貴様もあのガキ勇者と同じ地獄に送ってやる!」


  追撃を繰り出しながら、色絵は怒りを泣き叫んだ。


「地獄に落ちるのはお前の方だ! 泥堂くんはッ。泥堂くんはッ! 優しくてッ! 頼もしくてッ! いつもそばにいてくれた! 私が落ち込んでいる時だって! 優しく勇気付けてくれたッ! 泥堂くんを死なせたお前こそッ! お前こそ地獄に落ちるべきだァッ!」


「……人情なんざ知ったことか」


  突如、色絵の背後からは低い声が響いた。

  目が驚愕に見開く。

  そして、共に絶望を思い知る。

  自分の首が鷲掴みにされてしまったからだ。


  苦しむ暇もなく骨が砕け、顔が青ざめていくのを感じる。

  そのまま強引に持ち上げられ、ありえない力で天空に放り投げられた。

  天高く上昇しながら、首を多彩な方向に振り回して、辺りに血の霧雨を降らせる。

  10m近く上昇すると、身体は徐々に勢いを止めていき、重力に従って落下を始めた。

 

「チェックメイトッ!」


  D1は口元を歪ませながら、色絵の真下で、白銀の銃を掲げた。

  色絵は、落下しながら、聞こえた声にさらなる絶望を感じた。


  後に色絵は、背中に鋭い痛みが突っ走ったが、その感覚は、刹那の間に無へと変わった。


  闇夜には、発砲音を代わりに、花火が打ち上げられ、まだ星の輝いていない空に、赤く綺麗な花を咲かせた。



その何か、一般のエルフと違った点とは、一般のエルフは持ち合わせていない、狂気、残忍。

そんな精神から、神聖なる人々は彼のことをこう呼んだ。


ダークエルフと。

次回から主人公視点です。

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