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拝啓、月である君へ。

作者: 狐道まひる

初恋は実らない。

 僕が小さい頃の話です。


 僕の実家は田舎町で、川には蛍がいるような自然溢れるところだったんす。蛍って、水が綺麗な川じゃないといないんですよ。もう、本当にど田舎で。自然の美しさと空気の美味しさだけが自慢の地元でした。


 あれは、小学三年生の夏休みでした。

 僕の母さんはちょっと心配性で、暗くなると絶対外に出させてくれなかったんです。まぁ、街灯も少ない町でしたから、今思えば母さんの教育は当然のものでしたけど。

 でも、当時の僕はそれを窮屈に感じていまして。

 僕の友達、悪ガキが多かったんです。夜に抜け出してロケット花火したり、蛍狩りしたり。皆がそうやって遊んでるのに、僕だけ参加できないのは本当に悔しかったんですよ。

 それでですね、夕食とお風呂を済ませた後、別に目的もなかったのにこっそり家を抜け出しまして。友達に誘われたわけでもなく、なんであの日に実行したんでしょうね。今でも不思議です。

 目的がないわけですから、その辺をぶらぶらしていました。夜道なので暗くて当然なんですが、普段より更に暗く感じました。ちょっと怖かったですね。あ、ちょっとだけですよ!なに笑ってるんですか!?


 ……えっと、話を戻しますと。

 さっきも言った通り、僕の田舎町は蛍がいまして。虫カゴも網も持ってこなかったから捕まえられないけど、見るだけでもいいかと思って川に行ったんです。

 夜中の川、怖いですよ。しかも田舎ですからね。街灯もまともにないです。その代わり、蛍の光がキラキラしてて綺麗なんです。周りに灯りがないから、尚更目立ってて。

 川岸でぼんやり蛍を眺めていたんですが、近くの橋に誰か立っているのに気がつきました。

 まさか幽霊かと思ってびっくりしたんですが、よく見ると橋の欄干に身を乗り出して川にを見下ろしてたものだから、更にびっくりしました。大変だ、自殺しようとしてる!ってね。

 大慌てで橋まで全力疾走して、その人に声をかけたんです。


 もう二十年以上前のことです。それでも、はっきりと覚えています。

 どこにも灯りなんてなかったはずなのに、胸元あたりまで伸びた銀髪がキラキラしてて。不思議そうにこっちを見た瞳は、お伽話のような金色で。

 すごく、凄く綺麗な女の子でした。

 外国人の女の子を直接見たのは初めてで、つい見惚れました。顔立ちも可愛らしくて、クラスメイトの女子なんて……こう言ったら悪いですけど、彼女に比べたら目くそ鼻くそってレベルでした。表現悪いですけど、当時の僕は暫く周りの子どころかアイドルすら可愛いと思えなくなってたくらい、飛び抜けて綺麗で可愛い子だったんです。

 僕より、二つか三つくらい年上に思えました。


「何してるの?危ないよ」


 勇気を出してそう言ったら、また彼女は欄干から身を乗り出して、川を見下ろしたまま答えました。


「あのね、お魚釣ってるの。にぼしで釣れると思う?」


 よく見たら、彼女の右手には枝があって、その先に凧糸がぶら下がっていました。

 そっと自分も川を覗き込んでみたら、糸の先は水面に飲み込まれていました。糸のすぐそばに満月が映っていて、なんだか魚じゃなくて月を釣ってるみたいでした。


「魚も夜は寝てると思うよ。昼に釣りに来なよ。女の子がこんな時間に、危ないよ」

「お昼間は来られないの。それに、夜に来てるのは貴方も同じじゃない」


 つまんない。そう言って釣り糸を回収すると、彼女は踵を返してどこかに行ってしまいました。白いワンピースの裾がふわふわしてて、印象的でした。

 彼女がいなくなった後、ふと川を覗き込んで違和感を感じました。そして空を見上げて、あれ?って思ったんです。

 その夜って、新月だったんで月が出てなかったんですよね。水面に満月が映るわけがなかったんです。


 帰ったら母さんにばっちり怒られました。

 だけど、あの子のことが忘れられなくて、何度も家を抜け出して橋に行きました。

 何度も繰り返す内に、彼女は新月の夜にだけ来てることに気づきました。そして、彼女が川を覗き込んでる時だけ、川に満月が映るんです。月は出ていないはずなのに。

 町の皆、老若男女問わず彼女を知っている人がいるか訊いて回りましたが、あんなに特徴的な子なのに誰も彼女を知りませんでした。外国人の人が来てるって話もありません。


 次第に、僕は彼女はきっと月なんだなって思うようになりました。


 そう、月の妖精とか、精霊とかじゃなくって。月そのものなんじゃないかって。

 だって、僕が川を覗き込んだら、僕の顔が映るでしょう?だったら、水面に映らないはずの満月が映るなら、彼女は月ですよ。……一応、理屈は通ってるでしょう?


 ……話、続けますよ?

 彼女は最初こそそっけなかったんですけど、何度も会って話をしていくうちに、少しずつ打ち解けてくれました。

 ただでさえ可愛いのにね、笑うと本当に素敵だったんですよ。

 いつの間にか、いや、もしかしたら一目惚れだったのかもしれませんが。僕は彼女に恋をしていました。初恋でした。

 けれど、ある夜に彼女は言ったんです。


 もうここには来られないって。


「ごめんね、せっかく仲良くしてくれたのに。今夜も、もう帰らなきゃ」

「本当に会えないの?まさか、もう二度と?」

「……あのね、ここには来られなくなるだけだから」





 だからね、もし良かったら、君から会いに来て?





 ちゃんと覚えてます。彼女のあの声。あの笑顔。

 直後に瞬きした瞬間、僕の目の前から消えた彼女のことを。

 慌てて川を覗き込んで、そこに満月が見えて。空を見上げて、新月で月が出ていない、まだ新月の夜だって思って、もう一度川を見たら。


 もう、そこに満月は映っていませんでした。


 僕は、彼女を見失ってしまったんです。






「……で、お前さんは宇宙飛行士を目指したわけか。いやぁ、ロマンチストだな日本人!」

「あれ?先輩も日系の血が入ってませんでしたっけ?」


 ガハハと豪快に笑う先輩に苦笑する。これは、信じてもらえていないかもしれない。

 月の調査に向かうシャトルの中。暇だから何か昔話でもしてくれよ!と先輩が言うから話したのに、酷い人だ。いや、根はとても良い人なんだけれど。


「まあな!俺のじい様もロマンチスト日本人だった!しかし、お前さんは恋を諦めなかったんだなぁ!」

「だいぶ泣きましたけどね。あれから何度行っても、彼女は確かにいなくて」

「なんでお前のかぐや姫は来られなくなっちまったんだろうな?」

「あの新月と次の新月の間に、皆既月食があったんです。もしかしたら、それが原因かもしれませんね。あと、かぐや姫は宇宙人ですよ、あれ」

「なんだって!?日本人は遥か昔に宇宙人と接触しただけでなく、本に残していたのか!?」

「あ、すみません、冗談です。本気にしないでください」


 なんだとー!騙したなー!と騒ぐ先輩を放っておいて、僕は前方を見据えた。

 ああ、もうこんなにも近い。


「二十数年かかっちゃった。ねぇ、君に話したいことが沢山あるんだ」




 僕の方から、会いに来たよ。








『拝啓、月である君へ。

   僕は、未だに君が好きです』




        END








初恋は実らない。


そんなこと、誰が決めた?

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