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Aメロ 四


 雄太はアルバイトや夏休み前に出された大学の課題をやっつけたりする合間にミコのための曲作りをはじめた。ギターでコード進行やメロディラインを確認しながらノートパソコンにインストールした音楽作成ソフトでドラムパート、ベースパート、シンセサイザーパートを入力して曲の骨格を作り、ギターのバッキングをパート毎に録音しては貼り重ね合わせていく。雄太はバンド活動とは別に何曲か歌声合成ソフトウェアでオリジナルソングを作って動画サイトに投稿しているので、歌詞もとりあえずアイデアのストックからミコのイメージに合いそうな物を流用する事にした。

 その間ミコは、早朝、キャットフード(母曰く、高級なものしか食べないらしい)を食べてすぐ散歩に出て行っているようで、夕方頃には帰ってきて母と一緒にテレビを見、父が帰ってくると雄太の部屋にやってきて人間の姿になってゲームをしながら、作成中の歌のチェックをしたりして過ごしていた。雄太が昼間どこをうろついているのか聞いてみても、ミコはなにか含みを持たせた言い方で「社会勉強」としか教えてくれない。雄太には意外だったが、母はミコが来て以来なんだかうれしそうにミコのために食事の用意をしたり、寝床やトイレの世話をしてくれていたので雄太は母に感謝しきりであった。それに反比例して父の扱いがぞんざいになっているのはなんだか可哀相であったが。

 そんな中、雄太はなんとなくではあるが、母とミコがなにか雄太に隠し事をしているような気がした。なぜそう感じるのか具体的な説明は難しいが、雄太が家にいない間の行動が一切不明だったり、母がミコにご飯をあげている時の独り言などの言葉の端々に違和感を感じるときがあったり、雄太の部屋でミコと会話しているときなんかに、胡乱な気配を感じてしまうのだ。

 夜、雄太がパソコンで曲を作っていた時のことだ。

「サビのここはもうちょっと低いほうがいいかな?」

 雄太はギターを抱えて短いフレーズを何度も繰り返し弾きつつパソコンを操作して、歌声合成ソフトで歌メロディーを少しずつ作りながら確認していく。

「それでいいわよ」

 ミコはゲーム中でゾンビの頭を次々とスナイパーライフルで狙撃しながらサビのフレーズをハミングしている。

「これからどうやって活動していってアイドルになるんだ? 具体的に考えてるのか?」

「そうね、今流行りの地下アイドルの劇場なんかに出演するのも手っ取り早そうだし、インターネットの動画投稿サイトも私の知らない世界なので興味あるわ。バンド活動もカティサークの皆さんを見てたら結構楽しそうで興味がでてきたし。でも王道は芸能事務所かどこかのオーディションを受けたりする事かしら。エイリーさん達いろいろ詳しそうだからまたお話したいわね、でもそれよりもまずは……」

「まずは?」

「へへ、まだ内緒」

 などという含みを持たせた会話をミコと交わした日もあった。


 八月が終わり、九月がやってきた。高校生までなら夏休みが終わり新学期が始まるあわただしい朝だったであろうが、雄太の大学はまだ夏季休暇なので今日も朝からファミリーレストランのアルバイトだ。雄太は眠い目をこすりながら二階から一階のリビングへ降りてきた。

「おはよー、雄太」

「おは……はあ!? なにやってんだ、ミコ!」

 雄太は腰を抜かさんばかりに驚いた。ミコが人の姿でテーブルに腰掛けて朝食を食べていた。めかしこんだ母と談笑しながらだ。しかもミコは髪はお下げ髪にして、白のブラウスと緑のリボンに紺のスカートとソックスという地元の中学生の制服を着て。

「なんだよ、その格好は? しかも母さんと……」

「今日から中学に通う事にしたのよ。制服似合ってる?」

「ああ、似合ってるけど……」なんだか悪い夢でも見ている気分だ。

「雄太を驚かせようと思って、今日まで黙ってたのよ、サプライズっていうヤツ?」

 母がしれっと言った。

「一度学校というものに行ってみたかったのよ、長生きはするものね。ほら、アイドル活動するのに無職だとまずいじゃない。それにテレビや本で得た知識だけじゃ人前で話しているときにボロが出るかもしれないから、学校生活を一度体験しておくのもアイドル活動のプラスになるかなと思って。だから陽子と相談してこっそり準備してたの」

 嬉しそうに母に目配せしてミコは笑った。

「ていうか、母さん知ってたのかよ、その……ミコの正体っつーかなんでこっちに出てきたのか、とか」

「当たり前よ、ミコとは母さん子供の頃からよく遊んでたし、アイドルのことも聞いたわ。雄太だけじゃイマイチ頼りないと思われたんでしょ。それともあんただけの秘密だとでも思ってたの?」

「……」秘密がばれそうになって何かドタバタが起こってそれを解決する、とかのコメディー的展開に期待するところも無くはなかったが。

「頼りないこともないんだけど、今回みたいにどうしても大人の力が必要な事もあるし、雄太にしか出来ない事だってあるから、そのときはよろしくね」

「いやー、もう一人子供が出来たみたいで母さん張り切っちゃったわ。あ、もちろんお父さんには刺激が強すぎるから内緒ね」

 確かに学校編入の手続きなんかは雄太一人では厳しいだろう。しかしミコは住民票に名前が載っているわけでもないし、事務手続きに問題はなかったのかと、雄太は疑問に思ったのだが、まあ何とかなったからこうして学校に行くんだろう、と納得する事にした。

「和歌山からきました金城ミコトです、わからない事ばっかりで迷惑かけるかもしれませんが、よろしくお願いしまぁす」ミコは立ち上がってペコリと雄太に向かってお辞儀した。

「あら可愛い。クラスの人気者間違いなしね。これは嫉妬でいじめられないか心配だわ、伊達メガネかけて野暮ったい感じにしたほうがいいかしら、ちょっと待ってね」

 母は自分の寝室へ慌しく駆け込んでいった。

「授業は難しいかなあ、わからないところは教えてね、雄太」ミコは無邪気にはしゃいでいる。母が戻ってきて黒縁のメガネをミコにかけて、髪形を整えて、「これでいいわね」とうなずいた。

「じゃあ私は担任に一言挨拶しないと駄目だから、ミコと一緒に学校に行って来ます。戸締りよろしくね」二人は慌しく玄関へ消えた。

「……いってらっしゃい」雄太は大きくため息をついてアルバイトに出かける準備を始めた。


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