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Aメロ 三


 翌朝8時ごろに雄太が目覚めると、ミコはもうどこかに行ったのだろうか、部屋には姿が見えなかった。雄太の大学は夏休みなので、もう一眠りしたかったところだが、暑さとアルバイトのせいで起きざるをえなかった。

 一階のリビングに下りると、父は既に仕事に出かけていない。キッチンで洗い物をしていた母に「ミコは?」とたずねると、「散歩にでもいったんじゃない?」と答えが返ってきた。

 雄太は食パンとコーヒーで簡単に朝食を済ませ、原付バイクでアルバイト先のファミリーレストランに向かった。朝の9時にタイムカードを切り、夜の7時まで働いた後、JR横浜線西中山駅の前にやってきた。駐輪場に原付バイクを止め、駅の改札に向かった。バンドの練習は新横浜の練習用スタジオを二時間ほど借りて行う。普段は原付で向かうのだが、猫を原付に乗せるのもどうかと思ったので、練習を見学したいというミコと駅で待ち合わせて二人で電車で向かう事に昨晩決めていたのだ。

 雄太は改札前で辺りを見廻してミコの姿を探した。シンプルなブラウスとジーンズを着て、大き目の帽子と濃いサングラスを着けたミコがきっぷ売り場の傍らに立って、雄太に向かって手を振っていた。

「都会の男は積極的ねぇ、ここで待ってたら三分に一人はナンパして来るわ。もちろん全部断ったけどね」

 サングラスをはずしてミコは笑った。

「猫の姿してても人がわらわら寄ってくるし、困ったものね。まあそれだけ私が魅力的ってことなんだけど、罪作りな女だわあ。ところで雄太、ギターは?」

 ザックだけを背負った雄太の背中を指差した。

「俺はドラム担当なんだ。家のギターは作曲用にもってるだけで、正直あんまり上手くないし」

「へーそうなんだ。じゃあ私の分のきっぷ買ってちょうだい、私お金持ってないから。じゃ、行きましょ」


 横浜アリーナ近くの、通りに面した一階がイタリアンレストランの落ち着いた雰囲気の雑居ビルの地下一階にスタジオがあり、雄太たちはそこに8時10分前に着いた。ビル入り口の脇の専用階段から下に降りて分厚いドアを開けて中に入ると、カウンターが左手にあり店番のお兄さんがなにやらパソコンで作業中だ。その斜め後ろの壁にはバンド募集の張り紙やイベント告知のポスターが整然と貼られていた。中はロビーになっており、丸テーブルや椅子があり、端には飲料の自動販売機などがソファーや設置されている。正面から右側にかけて扉が三つあってそれぞれAルーム、Bルーム、Cルームと割り振られ、そこからくぐもった音が漏れ聞こえてきた。

「おはようございまーす」と店番にあいさつして雄太は中のテーブルの一つへ足を運んだ。テーブルには黒革の上着を着たパンク風ファッションのオレンジ色のショートボブの、タバコを指に挟みながらスマートフォンをいじっている若い女と、イヤホンをつけて目を閉じて体でリズムを取っているTシャツの固太りのソフトモヒカンに刈り上げた青年と、文庫本を読みふける猫背で眼鏡をかけた長髪の青年と、雄太と同年代に見える若者が三人、思い思いに時間をつぶしている。いずれも側にはギターケースが立てかけられていた。

「お、雄太ちぃーす」と雄太に気づいた女がタバコを灰皿に押し付けて片手を挙げた。

「なんだ、そのコは。どっからサラってきたんだ? 通報すんぞ」

 女は言った。口調はきついが口元は笑っている。

「えーと、この子は……」

 雄太はどうやって紹介するかまったく考えていなかったので、一瞬頭が真っ白になってしまった。

「雄太さんのいとこの金城ミコトです。雄太さんがどんなバンドやってるのか興味があったので、無理言ってついて来ちゃいました。お邪魔でなければ隅っこのほうで見学させて欲しいのですが……」と、帽子とサングラスを取って神妙に挨拶をした。

「ひゃーかわええな、ほんとに雄太と同じ血が流れてんのか? オレは藤若絵里、エイリーって呼んでよ」

 エイリーはゴツゴツとした指輪で一杯の右手を差し出してミコと握手を交わした。

「で、こっちのデブがオレの兄貴の藤若恭一。メガネロン毛のほうが中山将敏、つーかお前ら見とれてんなよっ」エイリーがテーブルの下で兄貴と呼んだ方の向こう脛を蹴り飛ばしていた。

「あてっ……オレ、キョーイチです、へへ」

「マサトシです、もしよろしければこの凶暴なオレオンナに代わってボーカルをやってくれ……っいてぇ!」

 マサトシが手にしていた文庫本を床に落とし、向こう脛を抱えてうずくまる。

「ハハ……えーと、男二人は俺と同じ大学で、エイリーはフリーター、ハンバーガー屋だっけ?」

「今は花嫁修業中だ、店内で騒いでる中坊説教してたらクビになっちゃった、ハハハ。今度雄太のファミレス紹介してよ」

 どんな説教してたんだか、と雄太は言いそうになったが、自分も同じ説教をされかねないので一言「無理」とだけつぶやいた。

 挨拶をしているうちに、Cルームの扉が開いて機材をかかえたバンドマンがぞろぞろ出てきた。店番が代わって中に入り、簡単に片付けをして部屋から出てきて「お待たせしました。カティサークさん、どうぞー」と雄太たちに向かって告げた。

「よっしゃ、今日はギャラリーがいるから気合入れてやんぜ! ハードロックバンド『カティサーク』の勇姿をとくと見やがれってんだ」

 エイリーが威勢よく啖呵を切りながらきびきびとギターケースを下げて部屋の中へ入っていった。慌てて雄太たちも中に入る。

 部屋は十二畳、奥の角にドラムセット、ベースアンプ一台、ギターアンプ二台、キーボード一台、マイクアンプなどが積み上げられたシステムラック等々、標準的な機材が揃っていて、壁の一面が鏡張りになっていた。

 前のバンドの熱気がまだこもっているのを気にして、キョーイチがエアコンをガンガン効かせようとスイッチをいじってから、黒いギブソンファイヤーバードをベタベタとシールが貼られたギターケースから取り出してセッティングを始めた。マサトシも同様にフェンダープレシジョンベースのセッティングを小難しい顔で始める。雄太はドラムセットに座り、ザックからドラムスティックを取り出し、シンバルやハイハット、スネアドラムなどの高さと位置を一つ一つ叩きながら確認して最適な場所を決めていく。

「ごちゃごちゃして狭いからミコトちゃんはとりあえずキーボードのトコに座って。雄太も気ぃ利かせろよ。セッティングするから、もうちっと待っててね」

 エイリーがライトブルーのフェンダーテレキャスターやエフェクターをアンプに繋いだり忙しそうにしながらミコに言った。

「はい、ありがとうございます。私のことはミコでいいですよ」

 ミコは興味津々でみんなを眺めている。

 雄太は早々にドラムのセッティングを終えたので、一旦ドラムを離れ、マイクをシステムラックに繋ぎ、スタンドにセットして部屋の中央に立てて、またドラムに座る。

 五分が過ぎた頃に皆セッティングを終えた。エイリーはギターを肩から下げ、中央のマイクの前に立ち、鏡越しに部屋を見廻して言った。

「おーし、準備オッケーか? じゃあ一発目はオレらの十八番『FIRE VOLT』から、雄太!」

「ワン、ツゥ」雄太のカウントの後、いきなりのスネアの十六分音符連打フィルインから曲が始まり、すぐにジャキジャキッとエッジの効いたギターの攻撃的な音色と、腹の底に響く重低音ベースが一斉に加わり、部屋はいきなり鼓膜を破らんばかりの音の塊が暴れだした。エイリーはオレンジの髪を激しく振り乱しギターを掻き鳴らす。激しい前奏が終わると獲物に噛み付く獣のようにマイクにしがみつき爆音の中にあっても埋もれない力強いハスキーな声で歌い始めた。


灰色の地上に 降り立つ 女神


地獄の鐘は 激しく打ち鳴らされ

終わりの始まりを告げる

醜き我等を燃やしつくさんと


立ち込める暗黒を

焼き払う 炎の矢



「はぁっはぁっ……ちと休憩」

 立て続けに激しい歌を四曲歌って汗だくになったエイリーがその場にあぐらをかいてへたり込んだ。ミコがそそくさと部屋を出て行ったかと思ったら人数分の飲み物のペットボトルを抱えて戻ってきて、皆に配り始めた。

「サンキュー、気が利くねーミコちゃん」

 雄太はふと、確かミコはお金を持ってなかったんじゃなかったかと疑問に思ったのだが、ミコは何食わぬ顔でペットボトルと一緒にズボンの尻ポケットに差していたはずの財布を雄太に差し出してきた。

「いえいえ、皆さん上手ですね、息が合ってるというか」

 ミコがエイリーの横に座り込む。

「耳は痛くなってねー?」

「はい、コンサートとか行った事なかったですから最初は音が大きくてビックリしましたけど、慣れれば体に響いてきて楽しいですね、お祭りの太鼓みたいで」

「ミコちゃんは何に興味があって今日は見に来たの? 楽器やバンドに興味あるの?」

 キョーイチが音を絞って何か雄太の知らない曲のギターソロの練習をしながら尋ねた。

「そうですね、歌手デビュー目指してるっていうか……現代音楽の勉強に来たっていうか」

「マジか! 何か歌ってよ、オネーサンが評価してやるよ! こう見えてオレらプロ目指してんだから。ライブでも最近人気出てきたし」

「いや、それはエイリーだけで俺らは普通の人生歩む予定の学生なんだけど」

 マサトシがベースのアンプのツマミをいじりながら言ったがエイリーには聞こえていないようだ。

「じゃあミコ、何か俺らで演奏できそうな曲ない?」

「私にギターを教えてくれたおばあちゃんの時代の曲しか知らないんですよねぇ。ビートルズとかストーンズはどうです?」

「ごめん、オレらのレパートリーと系統が違うわ。ブラックサバスとかニルヴァーナとかじゃ駄目?」

「うーん、じゃあちょっとそのギターを貸してください……ああ、ありがとうございます。田舎にはフォークギターしかなかったので、一度アンプを通して弾いてみたかったんです」

 ミコは肩からエイリーのフェンダーテレキャスターをかけて立ち上がり、ストラップの長さを調節してからボリュームを上げてアンプから音が出るのを確かめた。

「あれ、ミコその持ち方は……」

 エイリーは怪訝な顔をする。普通だと弦を押さえる左手は、細いネック部分の裏側に手のひらがつくように握って持つのだが、今ミコの左手はスティールギターを弾くときのように弦を上から押さえるように構えている。

「私、琴を長い間やっていたのでこの方がしっくりくるんです」といってジャランとゆっくりEのコードを鳴らした後、ビートルズの「ひとりぼっちのあいつ」を、微笑みを浮かべながら歌い始めた。

 少し鼻にかかった美しい声が、部屋の隅々の空気までを清めるように響き渡る。演奏も歌を邪魔しないようクリーントーンでミスなくこなしてゆく。皆もあっというまにミコの歌の世界に魅入られてしまった。

 雄太もドラムセットの椅子から鏡越しにミコの幸せそうに歌う姿を見つめながら、よくビブラートの効いた、ソプラノの高音域も安定して伸びる歌声にすっかり陶酔してしまっていた。雄太は「なにものでもない自分」について歌っているジョン・レノンの歌詞と、現在のミコの境遇、このままではなにものでもなくなってしまうかもしれない境遇とが重なって、目頭に熱いものがこみ上げてくるのを口元を押さえてこらえていた。

 やがて曲が終わっても一同はしばらく無言で、エアコンの音だけが無遠慮に鳴っていた。

 ミコは不安そうにみんなの様子を見ている。

「すっげー、むっちゃバカウマじゃん!」

 我に返ったエイリーが目をこすりながら静寂を破って拍手して大はしゃぎしはじめた。

「英語の発音もネィティブみたいに綺麗だし、ギターも田川ヒロアキみたいですげーな」キョーイチもしきりに感心している。

「耳がいいんでしょうか、英語の真似をするのは昔から得意なんです」ミコは胸をなでおろした。

「……マジでボーカルやってほしい」マサトシがぼーっとした顔でつぶやく。

「さすがに皆さんのようなハードロックはちょっと無理かな」

 照れながらミコがはにかんで笑っている。

「おい雄太、マジでこの娘は何モンだ? 顔は可愛いし歌もギターも上手いし、もうどっかでプロデビューでもしてんのか?」

「えー実は……今度アイドルデビュー目指して和歌山の田舎から上京してきたんだよ」

 雄太はミコが自称神様であるという事や、アイドルになる目的が信者獲得のためである等の諸事情はとりあえずは伏せておく事にして、彼らなら何か力になってくれることがあるかもしれないなと思い、事情を打ち明ける事にした。

「じぇじぇじぇ!」

 エイリーがわざとらしく驚く。

「もうどっかのグループとか事務所に入る予定あるの? ミコちゃんならSKDに入ってもきっと活躍できるよ! いきなりセンターは無理かもしれないけど選抜ぐらいなら……」

 目の色を変えてマサトシが説く。マサトシはSKD48のファンで、ももいろキャデラックが好きな雄太とよく大学で暇なときにアイドル論争を戦わせていたのだった。

「いえ、まだこれからなんですけど、これからどう活動したらいいか雄太さんと一緒に考えているところで」

「伝説をつくるのならやっぱり路上ライブからだな。歌が上手いからきっとみんな足を止めて聞いてくれるよ」

 とキョーイチが言った。彼は昔、カティサークのバンド活動とは別に駅前で弾き語りをやっていたこともあると言ってた気がする。

「目標っつーか、目指すアイドルとかはいるのか?」

「えーと、古いんですけど百恵ちゃんとか聖子ちゃんとかでしょうか。アイドルと女性歌手の線引きがよくわからないんですけど」

「なんだろう? ルックス重視で可愛い服着てポップス歌って本人がアイドルですって言えばアイドルになるんじゃないの。山口百恵は人気はすごかったらしいけど、今のアイドル像からはちょっと外れているよね。松田聖子はぶりっ子の走りだったらしいね。ふーむ、その二人のスタイルから現代のアイドル像にあてはめて考えると、山口百恵のカリスマ性よりは松田聖子のようなキャッチーなキャラクター性こそが現代のアイドルの特徴ともいえるかも。歴ドルとか鉄ドルなんていう歌は歌わないジャンル特化型のアイドルも最近は流行っているし、アイドルというのは可愛いお人形さんの時代からより個々の人格、個性に重きを置くようになってきたのかなぁ……」

 マサトシが腕組みしてメガネをくいっと持ち上げながら講釈を垂れ流している。雄太はミコなら歴ドルとして余裕でやっていけそうだなと思った。なにせ神である事が本当なら歴史の生き証人(証神?)だ。

「個性ですか、うーん。可愛いだけじゃダメかしら? ……て、昔のドラマ知らないですか、十五年ぐらい前なんですけど、そうですよね、みんな若いですからね」

「いや、ミコの方が若いだろーが。CSかなんかで再放送してたのか? ところでトシはいくつだっけ? え、十四歳? 五つも下かあ、若っけえなー。まあその可愛さならグラビアアイドルやモデルのセンもアリかもだけど、ミコにはやっぱ歌だよ、ウタ!」

「アイドルとはっ!」

 突然ギターをジャカジャカッと鳴らしてキョーイチが大声を出した。

「アイドルとはみんなの『理想の恋人像』を演じる事ができる人の事である。バーイ、俺!」

 なんだか説得力ある台詞だと雄太たちは感心してしまったが、その後の「だからミコちゃん俺のアイドルになって……痛ってえよ、絵里っ」には感心を返せとばかりに一斉にツッコミが入った。

 エイリーがパンッと手を叩いた。

「よし、オチもついた所で休憩は終わり。練習の続きやんぞー」


 雄太とミコは少し混みあった帰りの電車内で、ドアの傍らで体を寄せ合って立っていた。

「いい人たちだね、エイリーさん達」

「ああ、腐れ縁だけどな。どうだった? 俺達の演奏を見て」

「みんな音楽が好きなんだなって伝わってきたよ。曲は誰が作ってるの?」

「作詞はだいたいエイリーだな。曲は激しいのは兄貴のキョーイチ、少し静かなのは俺。作るなら楽に叩ける曲のほうがいいし」

「そうか、じゃあ私のために曲を作ってもらえそうだね」

「はあ?」

「アイドル歌手目指すんなら持ち歌が必要になってくるでしょ? 私が作れるのは古典的な雅楽や平曲、謡曲とかの古いものばかりだからね。現代人はそんなの聞きたくないでしょ。だから今風の曲を作れる人がいればいいなー、て思ってたの、雄太もお願いね」

「うーん、ボーカロイド向けみたいなのでいいのかなあ」

 雄太はバンド以外にも何曲か歌声合成ソフトで作成して動画投稿サイトにアップロードしたりもしていた。

 ドアの強化ガラス越しに映るミコを見て、とりあえず鏡には姿が映るんだなあ、とか、端から見たら二人は恋人同士か兄妹にでもみえるのかな、どっちにしても自慢できるなあなどと他愛もない事を雄太は考えながら電車に揺られていた。

(あれ、そういえば……)

 雄太はミコと出会ってからまだ三日しか経っていないが、当初から漫然と感じていた違和感の正体に今思い当たった。最初はミコとのあまりに非現実的な出会いのせいでその違和感について思考の俎上に載る事が今までなかったのだが、雄太は、ミコにこうして間近に立たれても、普段ならエイリーに対してでさえも感じるような女性に対する欲情というか高揚感をまったく感じていない事に気がついた。それどころか、老若男女関係無く他人の存在が近くにあると生じる不快感や緊張感さえも、今までまるで認識していなかったことに思い至った。

 そう、なんとなく人間臭さが薄いように雄太には思えるのだ。

 電車が揺れるたびに二人の体は触れ合うし、ミコの向こう側が透けて見えると言う事もない。

 先程ミコの歌を聞いたときには大いに感動させられたし、存在感もひしひしと感じ取れた。他のメンバーだってミコに気圧されているようにも見えた。もしかしたら普段は空気のような存在で、ミコがなにかに対して積極的に干渉するときには多大な影響を周囲に及ぼす、ミコはそういう存在なのか。

(だとしたら、本当に神様なのか? いや、妖怪説はまだ生きてるぞ。あ、人間じゃない事はもう認めてしまってるし……)

 あらためて窓の外を流れる灯りを所在なさげに眺めるミコを見つめてみる。印象的な瞳、すっきりと通った鼻筋、透き通るような白い肌のあどけない面立ちの少女だ。穏やかに澄ました顔は、似ているわけではないのだが、あえて例えるなら仏像のような中性的な雰囲気だ。

 混みあった電車内で額や首筋にうっすらと汗をかいているのが見えるが、不快な体臭はせず、かすかに甘い臭いが漂っているのが雄太には感じられた。

「ん、そんなに見つめてどうしたの?」ミコは小首をかしげる。

「あ、いや……どんな歌が合うかなって」

「期待してるわよ、よろしくね」


 駅からは原付バイクで二人乗りして帰った。もちろんミコには猫の姿になってもらった。雄太の膝の上に後ろ足を載せ、器用にハンドル部分にしがみついて周囲を眺める様子はどこか楽しそうに見えた。


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