アウトロ
春休みが終わり、一学期が既に始まっていた。神社の敷地内の参道に何本かある桜の花も散り始めていたので、清掃のために加奈子はバレー部の朝練前だけでなく、学校の帰りも掃除に立ち寄り、無駄な抵抗と知りつつもひとけの無い参道を何度も竹箒で往復しながら思いつめた表情で考え事をしていた。
中学三年生の新学期がスタートし、クラス替えが行われて加奈子とミコは同じクラスになったのだが、まだ一度もミコは学校に姿を見せていない。担任の教師の説明では和歌山の祖母の容態が悪化したので一時的に和歌山に帰っているということなのだが、加奈子はミコが神様だということを知っている。ミコが学校に来ない本当の理由を加奈子は一人で考えてみたのだが、一向に答えが浮かんでこなかった。
手がかりは無いに等しいが、原因として考えられるものはやはりJGI本選以外に考えられない。
加奈子はJGI本選をテレビで見ていたのだが、ミコの出番の直前、舞台装置のトラブルと司会者によって説明はされていたが、ミコが登場する前にかなり間が空いたのも変に思えたし、「Save the GOD!」を歌い終えて画面から走り去った後、結果発表の時にミコは急な体調不良ということでステージには現れなかった。優勝の盾は青ざめた顔をしたマネージャーのエイリーさんが受け取っていた。加奈子は後から知ったのだが、その番組放送終了直後から、インターネットの掲示板上では金城ミコトが会場から忽然と消えた、と噂になっていたのだ。体調不良と発表はされたが会場に救急車などがやって来た形跡もないし、会場内で誰かを探し回るスタッフを目撃した、と掲示板には書き込まれていた。
それに加奈子が一番気にかかっていたのが、歌い終えた直後の、ミコが歓声にかき消されて聞こえなかったつぶやきの唇の動きが「サヨナラ」に見えた事だ。
加奈子は昨日、思い切ってエイリーに電話をかけ、疑問をストレートにぶつけてみたのだ。本当にミコは消えてしまったのかと。
「……ああホントさ、ドコ行っちまったのかこっちが教えて欲しいぐらいだよ。仕事先もどれだけごまかし切れるかわかんねーし。あ、当たり前だけどゼッテー黙っててくれよ」
と焦りと諦めが複雑に混じり合った口調でミコの正体を知っている加奈子には正直に答えてくれた。親しくしていた人達にも行き先はわからないらしい。
一体ミコはどこへ消えたのか。このまま消えたままなのか。
加奈子は制服のポケットからミコにもらった御守りを取り出してじっと見つめ、深く溜め息をついてポケットに戻し、陽も暮れて来たのでそろそろ家に帰ろうかと参道から奥の社に掃除道具を片付けに戻ろうとした時、鳥居の方で原付バイクが停止する気配がし、少し間があいて神社の入り口の方から聞き覚えのある話し声が近づいてきた。
「さっさと来いよ、ユータ」
「参道の真ん中通るなってエイリー、真ん中は神様の通り道だっていってたじゃん。機嫌損ねられたらどうすんだよ」
「おう、悪りい悪りい。あれ、加奈子ちゃん」
参道に現れたのは雄太とエイリーだった。
あまり明るくない境内の灯りでぼんやりと照らされた社の階段に三人は並んで腰掛けて、真剣な面持ちで話し込んでいた。
「誰もホールの廊下から屋外へ出たのを見た人はいないんですね」
「ああ、それにホールの防犯カメラも見せてもらったんだけど、ホールから飛び出してきて、そのまま見切れて他のカメラには何も映ってなかったんだ」
「ホントに煙のように消えちまったんだゼ」
「でもミコの出番前にそんな事があったんですか。それってもしかして……」
「まあ証拠はネーんだけど、タイミングが良すぎだろ? ぜってー照明落下させたのはのはアヤヒメの仕業だぜ。ケガの巧妙でミコが勝ったからそれはそれでよかったんだけどな。で、その後のミコの行動がユータの言った通りだとしたら」
「ああ、ミコが以前俺に言っていたんだ。神様が人間世界ではしてはいけない事というのがあって、ミコはそれをしてしまった。だから地上から消されてしまったんだと俺は思う。怒りからなのか悔しさからなのか、それとも俺達の期待に応えるためなのかはわからないけど……アヤヒメに壊されたギターを神通力で蘇らせてしまった」
「そんな……」
加奈子は目を潤ませて口元を押さえた。
「せっかくJGIの優勝賞金でミコの望みだった社を建てられるようになったっていうのに」
雄太が上を見上げて無念そうにつぶやいた後、しばし三人の間に重苦しい沈黙が訪れた。
「で、今晩はなぜここに?」
加奈子は場の雰囲気を振り払うように明るく言った。
「おお、そうだった。困った時の神頼みってヤツをしてみようと思ってサ。ミコを消したのがカミサマなら、お願いすればまたコッチに戻してくれるかもしんないじゃん」
エイリーは屈託のない笑顔を浮かべた。
加奈子は翌日から早速行動を開始した。ボーイフレンドの吉田やミドリなど、加奈子の知る限りの学校にいる金城ミコトのファンに、ミコが早く学校に戻れるよう神社に祈りに来てくれと呼びかけ、自らはお百度を踏むことにした。時間の許す限り、ミコが戻ってくるまで、百で足りないのなら二百でも三百でも。
雄太達も公式サイト上で、プロモーションビデオを撮った聖地へミコが復帰できるのをお祈りしに来てください、と呼びかけ始めた。
その甲斐あって、神事の時以外は閑散としていた神社が少しずつ賑わいを見せ始め、土日には明らかに熱心なファンと思しき物販のTシャツを来た者やコスプレをした者が、中には外国人までが参拝に訪れるようになった。あるときは駅前の路上ライブで知り合ったアーティストが境内に集って弾き語りライブをしてくれる事もあった。なので休日には加奈子とエイリーが巫女装束を着て、社の脇の小さな店屋を開けて御守りや絵馬、ついでに金城ミコトのグッズなどを売りながら日に日に増えてゆく参拝客を案内することになった。
(金城ミコトが早く学校に戻れますように)
(ミコちゃんの歌がもっと聞きたいです)
(このまま引退だけはしないでください)
(ミコちゃんに元気をたくさんもらいました。そのお返しが出来るのなら……)
参拝に訪れた人は、思い思いに祈りを奉げていった。
今日も加奈子は登校前、朝靄のかかる神社にやって来ていつも通りに掃除を済ませた。以前より小さなゴミは増えて掃除が大変になったが別に気にするほどではない。それよりも木にたくさんのおみくじが括り付けられていたり、奉納される絵馬の数が増えたりしていることの方が加奈子は嬉しかった。
加奈子は掃除道具を片付け、学校へ向かう前にいつも通りに二度柏手を打ち、手を合わせて祈った。
(ミコが早く戻って来ますように……)
「そんなに真剣に祈られちゃうとかえって出辛いじゃない」
聞き覚えのある声に加奈子がハッとして顔を上げると、正面の社に、初めて加奈子の前にミコが姿を現した時と同じ場所に、制服を着たミコが照れ笑いを浮かべて立っていた。
「お待たせ、それともただいま、かな? 加奈子ちゃん」
加奈子はミコに駆け寄り、泣きながらきつくきつく抱きしめた。




