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コーダ 四


「いよいよだな、キンチョーするぜ」エイリーが液晶モニターを眺めながら言った。

「おう、生中継だからな、失敗してもミコの足は引っ張らないようにしないとな」

 雄太はドラムスティックで太ももを叩いて今日演奏する曲の復習をしながら答えた。

 駆け出しのアイドルは皆ここでの単独ライブを目指すと言うHBKホールの楽屋の一室にカティサークのメンバーがお揃いの物販の青いTシャツを着て出番を待っていた。

 今モニターではオープニングの様子が映されていた。ステージに全アイドルが並び、司会者がJGI本選のルールを説明している。出場者は全部で八グループ、各グループには十分の持ち時間が与えられる。審査員とホールの観客、インターネット、生中継を見ているテレビのリモコンからの投票の合計で順位が決まり、優勝者には賞金とテレビのレギュラー番組制作権やスポンサーのコマーシャル出場権などが与えられる。

「さっきトイレ行った時さ、廊下でSHU-ZOとすれ違ったぜ。やっぱ大物はオーラが違うわ」

 キョーイチがギターの指慣らしをしながら言った。SHU-ZOはシスターテイルの後ろで演奏するためにやって来たのだろう。

「シスターテイルのファンのインターネットサイトでは今度発売される新曲をサプライズ披露するんじゃないかって話だったぜ」

 マサトシもベースを漫然と練習しながら言った。

 本選では生演奏を希望するグループが多かったので、交代時間の都合もあってドラムやアンプなどの機材はある程度共有になってしまうが、雄太達も演奏できることになった。

 モニターでは今、出場順をくじ引きで決めていて、金城ミコトは一番最後、シスターテイルの次に演奏することになったようだ。

「トリかよ、ミコも流石にくじ運がツエーな。イカサマでもしてんじゃねーか?」

 と言ってエイリーは不敵に笑った。

 アイドル達はステージから一旦掃け、一番手の演奏準備が始まった。楽屋前の廊下は急に賑やかになり、すぐに淡い緑のドレス風の衣装を着たミコが楽屋に入って来て、エイリーとハイタッチを交わした。自然と皆がミコを迎え入れるために立ち上がった。

「やるじゃんミコ、トリを引くなんてなんかいいもん持ってるぜ」

 エイリーがミコの頭を乱暴に撫でまわす。

「へへへ、シスターテイルの前は嫌だったのでいい順番を引けるように必死で祈っていました」

「そうだな、ウチらはもう真っ向勝負しかねーから、順番はチョー大事だもんな」

「持てる力を出し切りましょう!」

「おおっ!!」五人の声がきれいに揃った。


 本選は滞りなく進んでいるようだ。ミコと競演した事もある「インターフローラ」や「初恋乙女学園」らが派手やかな衣装に身を包み、次々とステージに上がっては

 シスターテイルの順番になった。シスターテイルの演奏が終わってからミコの演奏が始まるまでには長いコマーシャルの時間があり、その間になるべく早く楽器を準備しなければならないので、五人は早めに移動して、舞台袖でシスターテイルを見ながら順番を待つことにした。

 シスターテイルは噂通りに新曲を披露しているようで、雄太の聞いたことのないノリの良いビートのギターポップがホールに流れていた。激しいダンスを踊る四人の少し後ろでゴールドトップのレスポールをかき鳴らすSHU-ZOも実に格好いい。

 その新曲を終えると、バラード曲の「淡雪」が始まった。


もう春なんかこなくていいの

三温四寒でいい

春先の遅い雪

もっともっと降り積もれ


私の春はいつも 別れの季節

新しい出会い きっとあるよと

周りの友達は言うけど

真剣だった恋心

忘れられないの


季節外れの淡雪

手のひらで溶けていく


頬を伝う 淡雪 ひとひら

少ししょっぱい



 情感たっぷりにバラード曲をシスターテイルが歌い終えると、ホールには大歓声が起こった。舞台上の四人は深々とお辞儀をし、幕が完全に下りるまで歓声に応えて手を振り続けた。

 幕が下りると、雄太達はシスターテイルと入れ替わって急いで楽器を準備し始めた。雄太はステージ後方のドラムセットに座り、シンバルやスネアドラムなどの高さや角度を微調整した後、一旦立ち上がってミコのセッティングを手伝おうとステージの中央に近寄った。今回のミコは一曲目は「BE SMILE」で楽器は使わないのだが、二曲目の「Save the GOD!」の時に使うアコースティックギターを小さなアンプに繋いで簡単に音出しした後、ギターをスタンドに立て掛けた。キョーイチ、マサトシ、エイリーも一旦楽器を置いて舞台中央で円陣を組もうと集まった。

 その時、「危ない!」とスタッフの誰かが叫び声を上げた。

 直後に、ステージも後方に巨大な物が落ちたような衝撃とガラスが破砕する音、楽器の不協和音が鳴り響いた。雄太達はあまりの衝撃と音の大きさに一瞬立ち竦んだ後、恐る恐る音がした方を振り返った。ステージの上方の、照明が沢山取り付けられていた金属パイプで組まれた十メートル程の巨大な梁が、丁度ステージ中央のアンプやギター、キーボードなどをなぎ倒すように落下して来たのだった。

「大丈夫か。怪我人は?」

 舞台袖から責任者らしき男が慌ててやって来た。雄太が見る限り怪我人はいないようだったが、ステージ中央には金属の部品やケーブル類、ガラス片などが飛び散り、ギターやベースはなぎ倒されてネックが折れたり、大きな傷が入ったりしているようだ。ミコ達は慌てて壊れた機材やガラス片をかき分けて自分の楽器の元へ駆け寄った。

「なんてこった、ローンがまだ残ってるのに」

 ネックがとれて、弦でボディとかろうじて繋がっているギターを持ち上げながらキョーイチが呟いた。

「請求はできるんじゃないか? ホール側の責任だろ」

 マサトシも破壊された機材を掻き分けてベースを取り上げたが、弦はちぎれて、配線パーツがボディ本体から飛び出している。

「楽器破壊は演奏中にやるもんだろ……カート・コバーンもビックリだぜ」

 エイリーが涙目で呆然としながらも肩をすくめて気丈に笑った。

 雄太のドラムセットは事故現場から少し離れていたので被害はないようだが、他の楽器の惨状を見ればとても演奏どころではない。先程の責任者らしき男はヘッドセットで「CMを伸ばせ」「機材トラブルだっつっとけ」「今までのダイジェストとか予選のV流して間を持たせろ」と切羽詰まった様子で指示を出している。ステージと客席を隔てる幕の向こう側もかなりざわついているのが雄太の耳に聞こえて来た。ミコの方を見ると、ボディに大きな傷が付き、ネックが根元から千切れるように折れたギターを抱えてうずくまってしまっている。雄太は怒りと絶望のあまり叫び出したい衝動を堪えて、責任者の方へ近づいた。

「君は?」男は雄太に気付くと、険悪な表情を雄太に向けた。

「金城ミコトのバンマスです」

「くそ、なんで最後の最後でこんなトラブルが起こっちまうんだ。とりあえずカラオケでもなんでも用意できないか?」男は頭を掻きむしった。

「ネットから落とすにしてもあまり時間がありません」

「イベント自体を今更やめるわけにはいかん、しかし中止にしなければ安全面がどうのこうのと後で何を言われるかわからん。今日は中止にして、君らだけ後日っていうわけにもスケジュール的にも難しいし……君たちの出演はキャンセルで後日スポンサーから特別賞ということでなにか仕事を回してもらうのは……」

「中止は嫌ですっ」

 ミコが後ろで叫んで、ギターを抱きかかえたまま駆け寄って来た。

「一曲だけでもいいですから、やらせて下さい」

 いつも一緒にいた雄太でさえそんな真剣な表情ができたのかと驚くほど、鬼気迫る表情で責任者に訴えかける。

「しかし……」

「幕も下ろしたまんまで構いません、それなら装置の故障とかで事故はごまかせるでしょう? 客席の真ん前ででもやれます、このギターだけあれば大丈夫ですから。それだけで審査してもらって構いませんから、お願いします!」

 ミコは深く頭を下げた。

「うーむ……いいのかい? 君にかなり不利な条件になると思うんだが」

「彼女の言う通りにしてやって下さい、お願いします」

 雄太も横で深く頭を下げる。雄太は不可解な事実に思い当たったがとりあえず黙っておくことにした。


 雄太、エイリー、キョーイチ、マサトシの四人はステージ横の待機スペースの壁に掛けられた、オンエアー中JGIが流れていて、今は健康食品のコマーシャルが放送されている液晶テレビを見つめていた。幕の隙間から見えるステージでは裏方達が機材の片付けをしている。

 テレビ画面が切り替わり、薄暗い幕が下りたままのステージの、ピンスポットを浴びて下手から出てきた司会者を映し出した。

「ええ、大変長らくお待たせいたしました。舞台装置のトラブルで幕を上げることが出来なくなってしまいました。今日登場するアイドルは残り一組なのですが、時間が押していることもあるのですが、本人の希望により、このままで一曲だけ歌うということことになりました。それではJGI本選最後に登場するのは、金城ミコトちゃん!」

 画面は客席の最前列の真ん前でマイクスタンドの前でアコースティックギターを構え、目を閉じるミコに切り替わった。客席から大きな拍手が起こり、やがて静まるとゆっくりと瞼を上げてしっとりと歌い始めた。


美しかった大空は いつしか雲に覆われ

君が流す涙 僕達にふりそそぐ

手を伸ばしても 伸ばしても

君の手をつかめない

まだ行かないで


春色の山を

夏の海を

桔梗が咲く丘を

一面の雪景色を


君と見ていたいから

ずっと ずっと

君のとなりで


何が出来るのか 君を守りたい

何でも言ってよ 君を守りたい

Save the GOD!


雨に澄んだ街並みを

日暮れの岸辺の遊歩道を

赤く色めいた楓を

寒空に見上げたオリオンを


君と見ていたいから

ずっと ずっと

Save the GOD!



 いつも歌うときは微笑を絶やさなかったミコが、かつてない真剣な表情で熱情を込めて歌い終えるとホールにはまるで嵐のような拍手と歓声が沸き起こった。雄太もエイリーたちも感極まって涙を流しているのに気づいた。

 画面ではミコが涙ぐみながら何か一言マイクに呟いていたが歓声にかき消されて何と言ったかはわからなかった。ミコはそっと足元にギターを置き、なぜか客席の後方へと何かを吹っ切るように駆け出した。慌ててカメラがミコを追いかける。ミコは興奮する観客の間を一息に駆け抜けて、後方の扉から勢いよくホールを出て行った。

 それきり、ミコは雄太達の前から、まるで神隠しにあったかのように忽然と姿を消した。


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