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コーダ 三


 雄太はいつもの駅前でアコースティックギターを抱えて路上ライブをするミコを、小さなステージの傍で眺めていた。この頃のミコは学業を理由に路上ライブは控えていたのだが、ミコの中学校は春休みに入り、いよいよJGIの本選が一週間先に迫っていたので、久々に演奏することにしたのだった。本選では生バンドの演奏が許されているのでリハーサルスタジオに入って練習しようかと雄太は提案したのだが、カティサークの演奏レベルは十分だし、今は人前でリラックスして演奏したいとミコは言った。要するに今更ジタバタしても仕方がない、と。

 JGI予選の活躍のおかげで楽曲のダウンロードやCDの販売は好調だったし、ミコの演奏テクニックはギターの専門誌でも取り上げられるほどで、そのおかげで全国チェーンの楽器屋のイメージキャラクターの仕事も入ってきた。ユウプロの銀行口座は順調に数字を伸ばしていたので、雄太とミコは母と相談して、今夏にでも田舎の神社に寄進して社を建てて貰おうということになった。少しでも立派な社を建ててもらうためにはJGIの優勝賞金はなんとしても獲得したいところであった。

 しかしシスターテイルの人気ぶりは相変わらずで、JGIの優勝予想サイトなるものがインターネット上にあって、そこでも一番人気はシスターテイルで、二番人気の金城ミコトとかなり差が開いていたのが雄太達の不安を掻き立てるのであった。

 寒さも少しやわらいで、ミコの歌を聴く観衆の着ている服も春めいた明るい色に変わってきていた。その中に一人、季節外れのタンクトップにミニスカート姿の色っぽい少女が、ゆっくりと最前列に進み出てくるのに雄太は気付いた。

(ああっ! あの子はシスターテイルのアヤヒメじゃん!)

 雄太はなぜこんな所に彼女がいるのだと我が目を疑ったが、豊満な肢体と超然とした美貌は確かにアヤヒメだ。

 ミコもアヤヒメに気付いたようで、演奏中の「ラブ・ミー・テンダー」を一番で止めた。するとアヤヒメは、さもそれが当たり前であるかのようにミコのステージに上り、マイクスタンドの前に進み出た。

 ミコは笑顔を絶やさずに一歩下がってマイクを譲り、無言で森山直太朗の「さくら」を爪弾き始めた。ミコの小川のせせらぎを思わせる流麗なギターに、アヤヒメの幽艶な歌声が絡み合ってゆく。ステージの周囲だけでなく、駅周辺全ての雑音が全て消えてしまったかと錯覚するほどの圧倒的な二重奏だった。雄太も観衆も息を呑んで今をきらめく二大アイドルの奇跡の共演に聴き惚れた。


 その後、いつものラーメン屋で雄太とミコとアヤヒメの三人は席に着いてラーメンを啜っていた。

「これが家系ラーメンって奴? 美味しいわ。家ではいつもきしめんか味噌煮込みうどんばかりなのよねぇ」

 などと言いながらアヤヒメは無邪気に箸を進めている。一方ミコは無表情で油そばを啜っていた。

「アヤヒメさん、一応JGIでは敵の俺達が言うのもなんだけど、一人でこんな所にやってきて大丈夫なの?」

「なあに、ちょっと息抜きにね。ミコさんがプレシャスレーベルの契約を更新しなかったって聞いたから、ちょっと悪いことしたかしらって様子を見に来たの」

「元々レーベルの社長はシスターテイルと契約したかったんでしょ? 結果的に私達の契約の邪魔をした形になったからって別にあなたが気に病むことはないわ」

 ミコは平静を装っているが、二人の間の空気がピーンと張り詰め、今にも弾けそうになっているのを雄太は察し、何も喋れなくなってしまった。

「どうしてもあたし達と契約したい、なんなら他のアイドルはうっちゃってシスターテイルを全力で推してやるって言うから断り切れなくって。そこまでしなくてもあたし達の実力があればどうにでもなるのにねえ」

「……」

 ミコが黙り込んだので、三人はしばらく無言でせっせと箸を動かした。

「ご馳走さま。ところでミコさん、さっきの共演は良かったと思わない? あなたもそう思ったでしょ」

 アヤヒメは箸を置いて、二人の方へ艶やかな笑顔を向けた。

「え? ……あ、まあ……」

 雄太はミコを気にしながら小声で答えた。ミコは食べ終わった油そばのつけ汁の表面に浮いた油を箸でくっつけて一つにする作業に没頭している。

「あたしの歌と踊りがあって、あなたの歌と演奏があればアイドル業界どころか音楽業界を牛耳ることだって簡単だと思うのよ」

「何が言いたいんですか?」

 ミコはアヤヒメを緊張した面持ちで正面から見据えた。

「ソロだとアイドル業界でやりにくいだろうと思って、あなたをスカウトしに来たのよ」

「はあ?」雄太は思わず変な声を上げた。

「シスターテイルに入れてあげても良くってよ、ミコさん」

 アヤヒメは高慢に笑った。

「考えても見なさいな、元々あたし達が争う必要なんて全然無いんだし、あたし達は借金返済が捗るし、あなたにだって信者が増える、WINーWINの関係じゃない。だからさあ」アヤヒメはテーブルの上に身を乗り出して囁いた。

「JGIの優勝はシスターテイルにお譲んなさい」

 パーンと乾いた音が店内に鳴り響いた。ミコが出し抜けにアヤヒメの頬を平手打ちしたのだ。

「馬鹿にしないでください。私はシスターテイルには入りませんし、JGIも全力で戦います。私一人でアイドル活動しているのならそれもありかもしれません。いや、それが一番いいことなんだと思います。でも今は、雄太さんやエイリーさんや、私を応援してくれているみんなの夢を背負っているんです。その思いを裏切るような真似はできません」

「フン、人なんてすぐ歳取って死んじゃうし、神を敬い奉る事も忘れた恩知らず共ばっかりなのに、なんであなたはそんなに人間世界に肩入れするのかしら。さっぱりわからないわ」アヤヒメは赤くなった頬を気にする様子もなく肩をすくめて立ち上がり、悠然と店を出て行った。

 しばしの間店内に気まずい沈黙が訪れたが、

「怒らせちゃいましたね、お金も払わずに出て行ってしまったわ。奢るなんて一言もいってないのに」

 ミコはペロッと舌を出して微笑んだ。

「しかしビックリしたよ、いきなり平手打ち喰らわすなんてさ、やるじゃん」

「へへ、私だってやる時はやるんだから。おそらくアヤヒメさんは悪気があるのではなく、本気で名案だと思って提案をしてきたのだと思います。確かに私とアヤヒメさんが組んだら誰にも負けないでしょうし、二人が潰し合うことなくアヤヒメさんはJGIを確実に勝てるし、私も損はしないんだからきっと提案を受け入れるに違いないと思って今日ここに乗り込んで来たんだと思います。悔しいですけどシスターテイルがJGI優勝の大本命なのは事実ですから」

「これでアヤヒメは本気でかかってくるだろうな、強敵をさらに怒らせちまったんだから」

 雄太はため息混じりで言った。

「私もやる気が出てきました。絶対シスターテイルには負けませんから」ミコは拳を握り小さくガッツポーズをした。

「大将、ソバ追加で!」


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