サビ 十
十
ジーンズと赤いシャツ、白のダウンジャケットにニット帽を被りリュックを背負った加奈子は、腕時計と周りを気にしながら、駅前のロータリー内の公園を行ったり来たりしていた。
(まだ十一時四十五分か。ちっと早く来すぎちまったかな)
初めて男子と待ち合わせする加奈子は、今朝から緊張で頭がおかしくなりそうなので待ち合わせ時間の三十分も前に集合場所についてしまったのだ。
噴水前では休日だからなのか、昼間から誰かがギターを手に弾き語りを行っていて、十人程がそれを聞いている。加奈子も観客に加わって時間を潰すことにした。山下達郎の「クリスマス・イブ」が聞こえてきた。待ち合わせ場所でその曲はやめてくれよ、と加奈子は頭の中でツッコミを入れた。また加奈子は落ち着きなく周りを見回す。噴水の隣には大きなクリスマスツリーが立てられ、加奈子のような待ち合わせと思しき人達がその傍らでぼーっと突っ立っていたり、スマートフォンで写真を撮ったりしていた。
「もう来てたんだ、早いじゃん」と、加奈子の後ろから声がした。振り返るとをシンプルな濃紺のブルゾンを着た吉田が立っていた。
「まあ時間には厳しいほうだから」
心臓がドキドキしている。顔が赤くなってないといいんだけど。
「赤レンガ倉庫ってここからどれぐらいかかるんだ? 開演は四時からだっけ。集合時間早くないか?」
「さあ、一時間もかかんないんじゃね。向こう着いたらイロイロ観るものありそうじゃんクリスマスだし。んじゃ行こうぜ」
加奈子は仮にもデートに誘って来たんだからプランを考えとけよ、と思ったが、吉田も多分デートなんて初めてだから仕方ないかと小さくため息をついてスタスタと改札口へ向かって歩き始めた。吉田も慌てて並びかけて来た。
加奈子と吉田の二人は昼ご飯を食べたり、赤レンガ倉庫の周りをブラブラと歩いて開演までの時間を過ごした。途中、加奈子の携帯電話に「コスモワールドの観覧車乗った?」とか「ランドマークタワーのクリスマスツリーは綺麗?」と、ミコからのメールが入って来た時には殺意を覚えたが、残念ながら本人が目の前にいないので、次にあった時にはどんな痛い目に合わせてやろうかと頭の片隅で考えるにとどめて、ベイエリアの散策をとりあえずは楽しんだ。
赤レンガ倉庫のホールでは、今日参加するアーティストの代表曲が順番に流れていた。一般の歌手も参加するとあって今までのアイドルだけのライブと違い多彩な客層だった。カップルは多いし、オシャレな人も多い。ステージの真ん前あたりでは法被を着てサイリウムやグッズを持った人たちも以前よりかなり増えてはいたが、今日は少数派だ。加奈子はどのあたりでライブを見ようかと周囲を眺めていると、人混みに押されて少しふらついてしまった。すると吉田が加奈子の手をそっと握り、ホールの前の方へとゆっくり引っ張って行こうとした。加奈子は何も言わずうつむいて後をついて行った。
やがてホールの照明が落とされ、渋い声のDJがクリスマススペシャルライブのスタートを告げた。オープニングのSEが流れる中、カティサークのメンバーが登場して位置につき、続いてサンタクロース風の赤白の衣装を来たミコが軽やかな足取りで現れるとホールには拍手と歓声が沸き起こった。
ミコはステージに用意されていたフェンダーテレキャスターを肩からかけて、マイクスタンドの前に立って勢いよくまくし立てた。
「メリークリスマス! トップバッター金城ミコトでーす。カップルで来た人達も、そうでない人も、メチャクチャに熱くしちゃうよー!」と煽って「聖しこの夜」を大胆にロックアレンジした曲を演奏し始めた。
前方に詰めていたミコの熱烈なファンはもちろん大盛り上がりだし、後ろの方でなんでアイドル風情が出て来るの、といったふうに冷めた目で見ていた者も、あの小さな体のどこからパワフルかつ美しい声が出て来るのかと驚きの表情を浮かべ、ミコの歌声に徐々に惹きつけられていった。間奏ではベンチャーズのように有名なクリスマス曲のフレーズを次々と早弾きで弾いて目と耳の肥えたマニアも唸らせ、一曲目を終える頃にはホール全体を熱気で充満させることに成功した。
チラリと加奈子は横を見た。吉田も興奮した表情でステージに立つミコを見つめていたが、加奈子の視線に気付いたのか加奈子の方を見て照れた表情を浮かべ、また視線をステージへ戻した。
続いてミコはギターをスタンドに下ろし、新曲の「BE SMILE」を歌い始めた。ミコはアップテンポの明るい曲に合わせて観客を煽ろうとステージ上を所狭しと動きまわり、額の汗を輝かせながら活き活きとした笑顔で歌い踊っている。今日のミコは絶好調のようだ。
ホールの興奮は高まる一方で、最後のバラード「Save The GOD!」を歌い終え、アコースティックギターを置いて「メリークリスマス」と一言だけ囁いてミコがステージから降りたあとも、ミコの歌声に酔いしれた観客の拍手はしばらく鳴り止まなかった。




