サビ 九
九
雄太はクリスマスライブ前の最後の休日、まだ周囲は真っ暗な時間から雄太はコートを着込んで、背中にアコースティックギターのケースを背負い、原付きバイクの足元にギターアンプとカホンを置き、ハンドル部分に猫を乗せて、ミコの友達の加奈子が普段から父親のお手伝いしているという神社へバイクを走らせた。
神社に到着する直前に雄太は一旦原付きバイクを停止させると、猫はバイクから飛び降りて「猫の姿だと超さむーい」と言いながら赤いコート姿の金城ミコトに姿を変えた。雄太はバイクを押してミコと共に神社へと向かった。
神社の鳥居の前にはすでにエイリー、キョーイチ、マサトシが口から白い息を吐き出し、寒そうに缶コーヒーを飲みながらたむろしていた。空は少しずつ明るくなり始めていた。
「おはようございます」「ういーす」と二人は挨拶しながら鳥居の横の駐車スペースにバイクを止め、楽器や機材を担いで鳥居の脇へやってきた。
「おーし、いこーぜ」と言って皆はぞろぞろと神社の中へ入っていった。
大きな社の前では、ジャージ姿の加奈子と、同じくジャージ姿の眼鏡をかけた温和そうな男性が掃き掃除していた。エイリーが「おはようございまーす」と声をかけると男性と加奈子は掃除の手を止めた。
「今日は無理を言って場所をお貸しいただいてありがとうございます。騒がしいかもしれませんが、よろしくお願いします」
雄太はかしこまって挨拶し、一同は男性に頭を下げた。
「いやいや、こちらこそ日頃から娘がお世話になっています。君がミコトちゃんか。間近で見ると動画よりずっと可愛いらしいんだなあ、今日は頑張ってね」
「はい、ありがとうございます」
まずは外国人のファン向けに「正しい参拝の仕方」という動画を撮ろうと、加奈子が巫女装束に着替えて、横からミコがマサトシのカメラに向かって英語で一つ一つ動作の意味などの説明を入れながら参拝を実演してもらった。
その後改めて一同でライブの成功を祈願した。
雄太達はお参りを終えると、境内の片隅に積み上げていたギターや小さな屋外用のアンプやスピーカーなどを広げ始めた。
この後は急遽ミコの公式サイトでかけた募集に応募してきたファンや、加奈子の中学校の友人、雄太達の大学の友人やアイドル研究会にもエキストラとして参加してもらって、ミコが神社でライブするプロモーションビデオを撮影しようということになっていた。加奈子の父親も娘に影響されたのかミコのファンだということで、撮影許可は簡単に下りた。父親は雄太達が撮影したりライブの準備をする模様を眺めていたので、今日は人手不足なので、とデジタル一眼レフカメラで色々な写真を撮ってもらうよう雄太がお願いしたのだが、加奈子にカメラ壊すなよ、とチャチャを入れられながらも快く引き受けてくれた。
雄太はマサトシと簡単な絵コンテを見ながら必要なシーンを撮っていくための進行を確認して、キョーイチとエイリーは機材をセットしたり、神社の倉庫からパイプ椅子を運んできて並べたりしている。ミコは加奈子から借りた巫女装束に着替え、先程から加奈子と共に社の前でずいぶん長い間手を合わせ、目を閉じて祈っている。
五分程二人は祈っていたのだろうか。雄太がマサトシとの会話を終え顔を上げると、二人は祈りを終えて近くのベンチに並んで腰掛けて「ありがとう加奈子ちゃん」「あんな怖そうな人、じゃない、神だって聞いてねーよ」「まあとりあえず加奈子ちゃんのおかげで許可は出たから……」という会話をしているのが聞こえてきたが、雄太には一体何の事だかわからなかった。
まずミコが境内の色々な場所でギターを手に歌っているシーンの撮影をした。もう日もすっかり登った頃には依頼していたエキストラが続々と神社に集まってきたので、メインとなる神社ライブのシーンを撮ることにした。
カメラは今回はカティサークのメンバー全員が演奏するのでアイドル研究会にお願いしていた。彼らにはマサトシを通じて色々と協力してもらっている。曲にあわせて観客が合いの手を入れるコールを作ってもらったり、観客もミコと一緒に盛り上がれるようにと振付けを考えてもらったりもしていた。カメラマン役の者たちにミコは「よろしくお願いします、キレイに撮ってくださいね」と握手しながら愛嬌を振りまいている。
今日のミコは普段より一段と輝いて見える。神社という環境のせいなのだろうか。ネクフェスでシスターテイルと共演した時に、他の神の神域に入ると力が弱くなるようなことを言ってたような気がするが、今日は逆に水を得た魚のようだ。もしかしたら先程長い間祈っていたのが関係あるのかもしれないな、と雄太は思った。
境内には百人程が集まっていた。雄太達が楽器や機材のセッテイングの最終確認をしている間にミコがマイクを手に話しはじめた。
「みなさん、今日はギャラも出ないのにお寒い中お集まりいただいてありがとうございます。新曲のプロモーションビデオの撮影ということで、作成した動画は来年のオーディション番組でも流れるでしょうし、ネットにアップロードすれば世界中の人が見ることになります。なので今日はカメラの前では必要以上に盛り上がって下さい。馬鹿みたいに盛り上がって下さい。意味もなくダイブするぐらいに盛り上がって下さい。それでは準備も出来たようですので、さっそく始めたいと思います……Save the GOD!」
ミコはギターを構え、力強いストロークで前奏を弾いた後に伸びのある暖かな歌声を、寒色に包まれた冬の境内を濃やかに塗り替えていくように力強く響かせはじめた。
「
美しかった大空は いつしか雲に覆われ
君が流す涙 僕達にふりそそぐ
手を伸ばしても 伸ばしても
君の手をつかめない
まだ行かないで
春色の山を
夏の海を
桔梗が咲く丘を
一面の雪景色を
君と見ていたいから
ずっと ずっと
君のとなりで
何が出来るのか 君を守りたい
何でも言ってよ 君を守りたい
Save the GOD
雨に澄んだ街並みを
日暮れの岸辺の遊歩道を
赤く色めいた楓を
寒空に見上げたオリオンを
君と見ていたいから
ずっと ずっと
Save the GOD
」
後日、マサトシが自宅で動画を編集しながら「あれ、こんな人いたっけ?」と呟いた。
観客の方へカメラを向けた映像には、どう見ても暴力団の幹部か殺し屋にしか見えないオールバックの強面の男が最後方にチラチラと映っていたのだ。大学の知人にはもちろん、エキストラに自ら募集してくるようなファンの中にも見た覚えがない。近所の人が紛れ込んだのだろうか。
「ミコちゃんってファン層広いんだなぁ……」




