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サビ 五


 大学に通う雄太達三人は、講義の帰りにJR横浜駅の駅ビル内のカフェに立ち寄り、通路側の窓際のの席に着いて、ルーズリーフの楽譜、乱雑に歌詞を書いたメモやルーズリーフ、イヤホンを繋いだスマートフォンなどがコーヒーカップがテーブルから落ちそうなほど一杯に広げられていた。

「雄太、お前はアイドルソングの何たるかがわかってない」

 マサトシがテーブルの上の雄太が持ってきた歌詞のメモをこつこつとペンで叩きながら言った。

「はあ、何がわかってないつっうんだよ」雄太が反論する。

「曲はいいんだけどな」

 イヤホンを片耳に突っ込んだキョーイチが言った。

「手拍子しやすいノリのいいリズムになってるし、コールアンドレスポンスを考えた構成もまあまあだ、しかし歌詞が駄目だ。アイドルは世界よ消えてしまえとか、あてのない旅に出たいとか、世間が間違っているとか、戦争反対とか歌っちゃいかん。性的な暗喩も入れちゃ駄目だ」

「うーん、いままでそんな曲しかやってこなかったからなぁ」

 雄太は頭を掻いた。

「アイドルソングの王道は『失恋』『片思い』『応援』そして『無意味』だ」マサトシは断言した。

「そんなもんかなあ、つまらない曲聴いてるんだな、近頃の若いモンは」

「いや、雄太だってピンキャデ聴いてるだろ? それを思い出せよ」

 雄太は単純な六十年代、七十年代の洋楽をベースにしたももいろキャデラックの楽曲を思い浮かべてみた。普段は歌詞を聴き込むことはあまりないが、たしかに恋愛ソングでも普通のアーティストの曲とは違ってアイドルソングでは恋が実る事はあまりないし、青春応援ソングも多い。ただひたすらフルーツの名前を挙げておいしいね、ていうだけの歌もあるし、ももいろキャデラックには往年の洋楽のカバーソングも多いのだが、歌詞の意味を解かっていないという意味では無意味な歌か。

「どうしてもメッセージ性を持たせたい気持ちはわかるけどな。前にも言ったと思うがアイドルは仮想恋人だ。十四歳の彼女が男としょっちゅうくっついたり、政治がどうだの軍隊がどうだの死にたいだの言い出したら嫌だろ? ややこしいメッセージソングはアーティストにまかせときゃいいんだよ」

「今までミコちゃんが歌ってきた楽曲はアーティスト寄りだったからな。歌が上手いからそれはそれで評価は高いんだが、普通のアーティストに埋もれてしまうだろ? そこであえてアイドルソングを歌う事で可愛さが爆発すると思うんだ。だから今回はアイドルならではというキャッチーでポップな曲と歌詞が必要なんだ」キョーイチが言った。

 雄太は一息つこうと冷めたコーヒーを一口啜り、店の外を眺めた。駅ビルの中でも人通りの多いところなので、電機屋や百貨店の買い物袋を下げた人やサラリーマンなどがたえず早足で行き交っている。どこか遠くの方でマライア・キャリーの「ALL I WANT FOR CHRISTMAS IS YOU」がなっているのがかすかに聞こえた。

 バンドで曲を作る時には、それぞれが作って持ち寄ったものをリハーサルスタジオで演奏しながら変更を加えて曲を完成させていくのだが、今回は気合を入れて作る必要があった。

 ミコのミニアルバムを作る際、向こうがプロを雇って用意した曲を歌うのか、雄太たちが作った曲を歌うのかで交渉が少しもつれたのだ。ミコはできれば雄太達の曲を歌いたいと希望したのだが、レーベルの担当者はアイドル向けの曲ではないと突っぱねて来たのだ。もちろんインディーズとはいえ大きなお金が動くので失敗はできない。無名のバンドマンが作った曲なんかを使うリスクを背負うのは御免なのは理解できる。だが、こちらとしても将来的に印税などの収入を考えれば自分達の名前を作詞者作曲者に連ねておきたいところなのだ。

 交渉の結果、ミコの主張も手伝ってコンペティション形式で競い合い、最終的にレーベルの社長に採用する曲を決定してもらおうということになったのだ。

 このチャンスは是非ともモノにしたいところなので、雄太はファミリーレストランのアルバイトも大幅に削って曲作りに励んでいた。このごろは少額ではあるがエイリーに給料を出せるようにもなっていたので、雄太も無理してアルバイトすることもなかったのだが、まだミコが成功を納める保証はどこにもないし、アルバイトを辞めてバンド活動にうつつを抜かしている場合かと父親が怒り出しかねないという家庭の事情もあって、体力的には厳しいがアルバイトを続けることにしたのだ。

 コンコン、と外からグレーのスーツに薄手のベージュのコートを羽織り、ビジネスバッグと大きな白い紙袋を提げたエイリーが小走りで駆け寄って来てガラスをたたいた。今日はユウプロの戦略会議ということで学校があるミコは不参加だが、東京を営業でまわっていたエイリーと、雄太達の通う大学からも近い横浜駅で待ち合わせる事になっていたのだ。

 エイリーはそのまま店内に入り、カウンターで何か注文し始めたので、三人は一度テーブルの上を片付け、追加注文をして休憩を取ることにした。

「お疲れー」

「お疲れ、曲の方はどうよ」

 エイリーはコートを脱ぎながらドスっと椅子に腰を下ろし、荷物を椅子の横に置いて脚を組み、カフェラテに口をつけ、ドーナツを頬張った。

 雄太達の前では相変わらずぶっきらぼうな口調だが、表情が活き活きとしている。ミコと関わる前は、絶えず不満げに周囲を睨むような態度の、見た目も生き様もパンクスそのものだったのだが、ユウプロでミコの営業兼マネージャーとして働くことになり、派手な髪色をやめ、タバコも最近は吸っている気配がないし、心身ともに充実しているようだ。

 日常ため込んだ不満のはけ口として兄キョーイチやその知り合いの雄太とマサトシを巻き込んでパンクアンドハードロックバンド「カティサーク」を結成し、今はミコのプロデュースに忙しいものの、プロデビュー目指して活動していたのだから、末端のほうとはいえ芸能界に関われることが楽しいのもあるだろうし、もしかしたらミコにはパワースポット的癒し効果があるのかもしれない。

「難航中かな、あとでデモ聞いてくれよ」雄太は言った。

「おう、とりあえずグッズのサンプルもらって来たぜ」

 エイリーはカフェラテのカップをテーブルに置き、紙袋からTシャツやブルーのスポーツタオルやラバーストラップなどを取り出してテーブルに並べたので、三人はグッズを手にとって出来を確かめ始めた。

「ちっとは金のやりくりも楽になったきたからな、これもオレのお陰なんだから、給料上げてくれよ」

 雄太達はミコの仕事も順調に増えてきたので、レーベルの社長のツテで銀行から融資を受けて、グッズ製作などに投資することにしたのだった。

「まあ考えとく」可愛らしいピンク色の「えんむすび」と刺繍された御守りを手にしながら雄太は答えた。ここの食費などは交際費で落としてしまえるが、エイリー以外の三人はいまだに無償奉仕だ。まだ事務所を立ち上げて三ヶ月、今はミコのプロデュース専門の事務所で規模も小さいが、このまま軌道に乗ればゆくゆくはミコ以外にもアイドルをプロデュースする時が来るのだろうか、そうすれば就職活動しなくてすむかもしれないな、と調子のいいことを雄太は考えた。

「ほい、請求書」

 エイリーは鞄から伝票を取り出して経理担当のキョーイチの前に置いた。

「グッズ製作を頼んだトコは個人の注文も少数から取り扱ってる会社でさ、コミケ前でこの時期は注文が混みあうつってたけど、なんとか頼み込んで、追加料金なしでクリスマスライブには間に合わせてくれるってさ」

「ありがとう、つーか脅したりしてないだろうな」

「ハハッアイドルがオレならやってるかも知んなかったけど、ミコのイメージを傷つけるわけにゃいかねーからな。新曲オレにも聞かせろよ」と言ってキョーイチからイヤホンとスマートフォンを奪い取り、テーブルの上の歌詞を書いた紙を手に雄太たちの作った曲を聞き始めた。

「俺の曲がアイドル向けじゃないのは置いといて、お前の歌詞は逆にベタすぎないか、マサトシ。春夏夏夏、おにんぎょさんてゆーな、間が持たないからお茶飲みすぎてお腹ちゃぽちゃぽ、恋の脅迫状、卒業までにしたい十の秘め事、ドキドキUNO、だし巻き卵がだし巻けない……」

「いいだろ? 馬鹿にしてんのかっつーぐらい能天気で」

 マサトシは自信たっぷりに笑った。

「ミコのイメージから離れすぎてる気がするんだが」

「アイドルオタは食いつくかもしれんが一般層は離れていくぞ。ミコちゃんはそんな狭いところだけで勝負させる器じゃないだろ? もっとバランスを取らないと」

 キョーイチが腕組みしていい含めるように言った。

 その後も三人はしばらくの間、歌詞を書き直したりメロディラインを考え直したり、アレンジのアイデアを出し合っていた。

「エイリーはどう思う?」

 雄太は熱心にスマートフォンを操作しながら曲を聞いているエイリーに話を振ってみた。

「ん? ああ、曲作りと曲選びはおめーらに任せてっから何も言う事ないんだけどさ、けどオレはこの曲が気に入ったから、こいつは候補に入れといてくれよ」と言ってエイリーはスマートフォンの画面を皆のほうへ向けて差し出した。

 音楽プレイヤーの画面では雄太が作った曲「Save The GOD!」が再生されていた。


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