サビ 一
一
ネクスト・アイドル・フェスティバルが終わって、その模様がダイジェスト版ではあったが数日後にCSの有料放送でオンエアーされ、出場アイドル一組につき一曲分ではあるが動画サイトにも無償で公開された。大人数のユニット方式のアイドルが多い中で今時珍しいソロ活動、歌唱力で勝負するアイドルとして金城ミコトの名前が全国のアイドルマニアに知られることになった。もっともシスターテイルの人気には敵わなかったが。
ユウプロの方にも若干ではあるが放送分の出演料が振り込まれ、同時に仕事や取材の依頼も徐々に増えてきた。雄太はすでに大学が始まっていたので、マネージメントはエイリーに任せることにして、自分は忙しい合間を縫って曲作りに励んでいた。
ミコの中学校でも自然と教師達にアイドル活動の事は知られることになったが、雄太の母が責任を持って学業に影響が出ない範囲で活動させる、ということで学校側の了解を取り付けた。
「まあ、雨には勝てネー、しょうがねぇ」
今日は夕方から路上ライブの予定だったが、エイリーのスマートフォンにたった今、駅前振興会から中止の連絡が来たところだ。十月中旬なのに、季節外れの台風が四国に上陸していて、その影響で日本列島の広範囲に大雨を降らせていた。神奈川県では昼過ぎまでは風が強いだけで晴れ間は覗いていたのだが、開始直前になってとうとう雨が降り出したので、公園で待機していたエイリーとミコは、ギターケースを抱えて慌てていつも立ち寄るラーメン屋に避難してきたところだ。店内はミコ達の他に客の姿はなく、間も無く台風は温帯低気圧に変わるだろうと、店内のテレビで映っているニュース番組の音声がよく響いていた。エイリーは生ビールと餃子、ミコは油そばを注文した。
「今日はせっかくミコのソロ弾き語りデビューだったのに、残念だったなぁ」
最近はカティサークのメンバーも学校で忙しく、エイリーもマネージメントに忙しいのを見て、ミコが自分で弾くと言い出したのだ。最初に路上ライブを始める時には、ミコがあまりになんでも出来すぎるとかえって反感を招くのではないかと雄太達は考えたので、バックバンドプラス歌という形を取ってスタートしたのだ。相談の結果、超絶テクニックは封印して今日からは一人で弾き語ることになっていた。
「エイリーさん、メールをお願いしたいのですが」
油そばを少しずつ啜りながら、エイリーに言った。ミコは携帯電話を持っていないので、エイリーか雄太が窓口になっているのだ。
「ん、誰に?」
「加奈子ちゃんに、今日のライブは雨で中止だって」
「オッケー」
エイリーが餃子をアテに生ビールを飲みながら、スマートフォンを操作してメールを送った。
「じゃ、チョイと仕事の話しよっか」と言ってエイリーはビジネスバッグから手帳を取り出した。
「明日の土曜日は朝からオレのダチとグッズのデザインの打ち合わせ。夕方からベイエリアのミニFMラジオにゲスト出演。日曜日は朝からファッション雑誌の撮影。三時から神奈川芸術大学の学園祭でコンサート」
「はい」ミコはエイリーの後方のテレビを見つめながら返事をした。
「で、新しい仕事の依頼が来てて、アイドル雑誌のグラビアとインタビュー、ちょっと先だけど遊園地のイベントでミニコンサート、アキバの小さなライブハウスでアイドルイベント、ケーブルテレビで地方の祭りのレポートに……まあどれも大したギャラは出ないんだけどサ。あとクリスマスに新横浜のFMラジオ局主催でライブイベントが」
「全部やります」
「え? いいのかよ、内容も聞かなくてさ……シスターテイルが人気で焦るのもわかるんだけどさ、ゆっくりやってかないと、学校だってあるんだぜ」
「確かにそれもあるのですが、のんびりやってもいられないんです」
ミコはエイリーの後ろのテレビを指差しながら言った。ニュースは西日本の豪雨被害を伝えていた。
「さっき和歌山県の各地で土砂崩れが起こっていると言っていました。被害地域には、私が本来守護していなければならない場所も含まれていました」
エイリーは無言で頷いてミコに先を促した。
「もちろん私が現地にいれば被害はなかった、とは言い切れませんが、ある程度は防げたはずです。やはり私の不在期間が長いと災害も起こりやすくなってしまうようですね。もしも信者を獲得出来ずに存在が消えてしまったら……死者が出るような大災害に繋がりかねません」
「わーったよ。まあなるべく負担にならないように仕事入れていくから、任せときな」
エイリーはどんと自分の胸を叩いた。
「はい、よろしくお願いします」ミコはぱあっと表情を明るくしてちょこんとお辞儀した。
「ははは、照れくせーからイイって。しかしなぁ……」
エイリーは手帳を眺めて長いため息をついた。
ミコから先日のアヤヒメとの対話の内容をあとで聞き、今後の計画を練り直した。その結果、手帳に記していた、出演交渉しようとしていたイベントの多くにバツ印がついていた。それらはシスターテイルの出演が決まっているものだった。また、先方からイベント出演の誘いがあってもシスターテイルの出演が決まっているものについても丁重に断りを入れていた。しかし地道に活動して行くのならともかく、アイドルとして成功の階段を急いで駆け上って行く必要があるのなら、いつまでも彼女達を避け続けているわけには行かず、いずれ真っ向勝負しなければならなくなる事は明白だった。
「でもカミサマって案外おっかねーもんなんだな、邪魔をするなら潰しに来るってさ。アヤヒメはなんつったっけ? アメノウズメノミコトだっけ」
エイリーはテーブルに肘をつき、スマートフォンを操作してアメノウズメノミコトの事を調べはじめた。
「仏教やキリスト教のような聖人君子とは全然違いますねえ。もちろんいい神様もいるんですが人間よりも性格の悪い神様も多いですよ。有名なところではアマテラスが天岩戸に隠れたのもスサノオが大暴れしたのが原因ですし、因幡の白兎の話だって最初兎をひどい目にあわせたオオクニヌシの兄たちは、兎を助けてヤガミヒメと結婚したオオクニヌシに逆切れして二回も殺してます」
「スサノオってパンクだなぁ、馬の皮はいだり御殿で糞撒き散らしたり、糞食わすなっつって女神を殺したり」
「強力な神通力を持っているからそれだけ横暴な振る舞いもできるわけですね。アメノウズメノミコトはスサノオのようにかなり格の高い神ですから私のような小物は簡単にあしらえると思われても仕方ありません」
悔しそうにミコは言った。
「天の岩戸の前で踊ったカミサマか、古事記でも超有名シーンじゃん。だから歌も上手いし踊りも妙にエロいのか」エイリーはスマートフォンを見ながらつぶやいた。
「そうですね、よく芸能の神様としても祀られていますし、強敵です」
「ミコはそういう有名なカミサマじゃないんだよな」
「うう、エイリーさん、痛いところをついてきますね。なんせ神様は八百万といわれるぐらい多いので古事記に名前は出てませんが、これでもけっこう古いですし、神通力だってアヤヒメさんほどではないですがそれなりにあるんですから」と言ってミコはぷんと横を向いた。
「ああ、ごめんごめん。別にミコがアヤヒメに負けてるって言ってるわけじゃねーんだけどさ。ほら、自分らの立ち位置を確認するのは大事じゃん。それにミコだって負ける気はねーんだろ」
「はい、伊達にニ千年以上も琴や琵琶を弾いたり、土地の祭りのたびに人の姿で謡ってきたわけではないですし、雄太のおばあさんと共に洋楽を学んだ経験もあります。絶対に負けませんから」
ミコは土砂崩れのニュースが流れているテレビ画面を凛とした瞳で見つめ、決意を新たにしたように小さくうなずいた。




