表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/29

Bメロ 九


 雄太はバックステージパスをもらってはいたが、今日はミコにとって初めてライバル達と共演する日だ。当然世に出て間もないミコには他のアイドル達に較べてファンが少ないので、少しでも見栄えが良くなるようにパスは使わず客席から見守ることにしたのだ。

 ほぼ正方形のオールスタンディングのホールは七割ぐらいの混み具合だ。男女比は八対二ぐらいだろうか。ミコの友達の背の高い中学生が最前列に陣取っているのが、法被を着たり思い思いの原色ファッションやタオルやサイリウムなどのグッズで武装した群衆の向こうに見えた。

 前方のステージはまだ緞帳がおりていて、スピーカーからは何かのアニメソングが流れている。雄太は客席後方の左の壁際に立って周囲を観察した。出場アイドルが変わったことを知らなかったのだろうか、それとも元から知らないのか「金城ミコトって誰?」という声がちらほら聞こえる。ミコがネクフェスに出ることが公式ホームページなどでアナウンスされてから、動画サイトに投稿したミコの路上ライブの動画のアクセス回数はかなりの勢いで増えていたし、先日テレビの情報番組で「今、話題の駅前アイドル!」と取り上げられてからは、アイドル情報誌や地元のコミュニティ誌の取材依頼なども入ってきたし、こちらからの売り込みも門前払いからとりあえず話は聞いてくれるようにはなったとエイリーは言っていた。急いで作った入場客に配るフライヤーに動画のアドレスを載せておいたので、それをスマートフォンで見ている者も散見された。

 雄太から少し離れた所では折りたたみのテーブルを二つ並べて今日出場するアイドルのCDやグッズが販売されていた。他のアイドルはTシャツ、タオル、サイリウム、キーホルダーにステッカーなど様々なグッズが売られていたが、ミコはCDしか用意していない。さっきからチラチラと様子を伺っているが積み上げたCDの高さに変化はない。CDが売れなくなった今の時代、アイドルやアーティストにとって物販は生命線だと言われているし、これから人気が出てくれば色々グッズも作らなければ、と雄太は心の中にメモしておいた。やっぱり御守りとかお札は作るべきだろうか?

 やがて後方の扉が閉まり、客席の照明が落とされた。アニメソングは局の途中でフェードアウトして、エイリーとミコが相談して決めたという入場SEのマーヴェレッツ「PLEASE MR POSTMAN」が流れ出す。雄太は人混みを縫ってステージの近くへ進んだ。キョーイチとマサトシを発見したので、その後ろに雄太は立った。

 緞帳がスルスルと開き、スポットライトを浴びたミコが中央に立っていた。今日はエイリーの知り合いのゴスロリ衣装のデザイナーに低予算で頼み込んで作成したピンクのゴシックメイド風ドレスだ。

 前方からは熱烈な声援があがるが、後ろの方は様子見の拍手程度しか湧き起こらなかったが、まあ仕方ないだろう。SEが止まり、一曲目の雄太たちの曲だったがミコ用にアレンジしなおしたロックナンバーの「GO FORWARD」が流れ出す。


振り返るな(DON’T LOOK BACK)

考えるな(DON’T THINKING)

とにかく GO FORWARD

ひたすら GO FORWARD


とにかく今の私達には

立ち止まっているヒマはないの

自由へのゲートが閉まる前に

君の元へ急げ


邪魔するもの全部 飛び越えて

かかとをあげて

髪を振り乱して

全力で


GO GO GO FORWARD!

つまずいても

ヒザを擦りむいても


ライバルに追い越されても

下を向くな

GO GO GO FORWARD!



(あれ? 何かおかしいぞ……)一曲目が終わり、MCが始まっていたが、雄太はそれどころではなかった。ミコはいつも通りに自己紹介を進めているが、さっきからどこか表情がおかしい。はじめはさすがのミコでも緊張しているのかとも雄太は思った。しかし歌も振り付けも普通にこなしてはいたのだが、覇気にかけるというか、ミコ自らが楽しんでいる、という感情が伝わってこないのだ。

 舞台袖に目をやるとエイリーも心配そうにミコを見つめている。やはり毎日ミコを見ているものには伝わっているようだ。

 ライブはどんどん進んでいく。客席は初めてミコを見る客がほとんどのわりには盛り上がってはいるのだが、雄太は「いや、ホントはもっとすごいんだってば!」と叫びたい衝動に駆られるほど、いつものクオリティーには及ばなかった。

 雄太はまだ四曲目の途中だが、一旦ホールから出て、使うつもりはなかったバックステージパスをポケットから取り出し、首から下げて関係者入口から足早に舞台袖へ向かった。そこにいたエイリーの肩をそっと叩き、舞台袖を一旦離れて、楽屋の前の方の廊下へ連れていった。

「どうしたんだ、ミコに何かあったのか?」

 雄太は小声でエイリーに尋ねる。

「いや、オレにもわかんねーけど、シスターテイルのリハを見てからなんか急にビビりはじめたつーかなんかおかしいんだ」

 そこへ、廊下の向こうから巫女装束を煌びやかにアレンジした衣装に身を包んだ四人の少女達があらわれ、「よろしくお願いしまーす」と頭を下げながら雄太達の横を通り過ぎて舞台の方へと消えていった。

「今のヤツらだよ。ヤツらを見てからなんかおかしくなって、聞き取りにくかったんだけど私の他にも神様がどうこうってブツブツ言ってたり、リハもトチりまくったりさ」

 雄太はズボンの後ろポケットからスマートフォンを取り出し、シスターテイルについて検索してみた。



 シスターテイル。愛知県XX市のXX神社の本物の巫女によって、神社のアピールのためのローカルアイドルユニットとして結成。最初は神事の時だけの活動だったが、随所に和風癒しテイストを詰め込んだオリジナリティ溢れる楽曲が受けて人気に火がつき、活動範囲も次第に広がって行き遂に東京進出を果たす。メンバーはアヤヒメ(十六、リーダー)、スズ(十七)、エマ(十五)、マモリ(十四)の四人組で、アヤヒメ以外の三人は実の姉妹。キャッチコピーは「アイドル戦国時代に吹く神風」



「あ、ミコッ」

 シスターテイルのメンバーと入れ替わってミコが覚束ない足取りでこちらへ戻ってくるのをエイリーが見つけ、慌てて駆け寄った。ミコはそのままエイリーの胸に倒れこんだ。

 二人は急いでミコを楽屋へ運び込み、椅子に腰を降ろさせた。意識はあるが呼吸が荒く、顔は雪のように白い。

「まいった……他の神の結界で動くのが……こんなにキツイなんて……」

 エイリーはミコにペットボトルの水を飲ませ、冷水に浸したタオルを額にのせた。

 エイリーの前でオカルト的な話はまずいんじゃないかと雄太は思ったが、苦しそうなミコを無理やり止めるわけにもいかないし、いずれは全て話さないといけないなと思っていたので、黙っておくことにした。

「おそらく……いち早く会場入りして、お清めをしてここを自分の神域にしたのだと思います……力を存分に発揮するために」

「なに言ってんのかよくわかんねーけどシスターテイルの連中になんかされたんだな、クソ、ブッ飛ばしてやらあっ」

 エイリーが掌に拳を打ちつける。

「はあ……すいません。もう大丈夫です、大分回復しました」

 ミコは何度か深呼吸した。少し頬に赤味が戻ったように見えた。そしてミコは額にのせたタオルを取り、瞳をギラっと輝かせてエイリーと雄太を見つめて言った。

「雄太さん、エイリーさん。強敵が現れました。シスターテイルのアヤヒメは私と同じで神です」

 ぽかんとしているエイリーに、信じてもらえるかはともかく、雄太は大まかにミコの正体と目的について話した。

「フーン、なるほどな。信者集めにいい方法だと思ったらライバルがすでに前を走ってたってわけか」

 どうやら真面目に受け取ってくれたようだ。

「どうやったらあの子がカミサマって分かんだ?」

「私達は生き物から発する生命力が見えるんです、わかりやすく言うとオーラですね。それが神様だととてつもなく巨大なんです」

「北斗の拳みたいなヤツか」

「あの子も見た目は普通なんだけどなあ、人は見かけによらず、いや、神か」

「それを言うなら私だって見た目は普通でしょ」

「それもそうだな」

「まあ今日のライブも普通のアイドルに比べたら上出来だったよ」

 雄太はミコを力づけるように言った。


 ミコも普段の元気を取り戻したので、私服に着替えるために雄太は一旦楽屋を追い出された。

 雄太はスタッフが忙しそうに廊下を行き交う中、邪魔にならないように扉の前に立ってスマートフォンでインターネットの掲示板を開き、ネクフェスの感想の書き込みが早速上がってないかをチェックした。

 掲示板では書き込みは時間軸で並んでいるので、スクロールさせて初めの方から読んで行く。「ミコたんかわゆす」「メイド服似合う」「歌ウマイヤバすぎwww」などの好意的な書き込みが多いが、「緊張してるのかな、ちょっと元気ない」「体調悪いのかな?」という書き込みもあったが、概ね成功と言って良いだろう。それより驚いたのがシスターテイルの人気ぶりだ。「踊りが超カッコイイ」「アヤヒメ様超美形」「シスターテイル最強伝説キター」「さっきの子もよかったけどシスターテイルの前には霞んで見える」「後からやる人カワイソス」などと絶賛のコメントばかりだ。あらかた書き込みを読み終わると、シスターテイルが廊下を興奮した表情で息を弾ませながらこちらへ歩いてきた。

「お疲れ様でしたー」と雄太に頭を下げて通り過ぎる。雄太も「お疲れ様」と返した。

 彼女らは自分たちの楽屋に入って行ったが、一人だけ楽屋に入らずに雄太の方へ、先程までステージで激しいパフォーマンスをしてきたとは思えないほど確たる足取りでやってきて、ミコの楽屋の前にたたずんでいた雄太の正面で立ち止まった。

「あなた、金城ミコトとやらのマネージャーかなにか?」

 先程までの愛嬌の良さは何処へやら、まるで大物女優のような尊大な態度の美少女が雄太に言った。キリッとした太い眉毛と長い睫毛、彫りの深い目鼻立ちと小さ目の唇、陶器のような滑らかな肌が精巧なビスクドールのようだ。綺麗な黒髪は少し乱れ、汗で濡れた頬や額にくっついているがそれがかえって妖艶さを感じさせる。多分アヤヒメという子だな、と雄太は思った。

「あー、一応ミコトの事務所の社長ですが」

「彼女と二人きりで少しお話をしたいのですが、よろしいかしら?」

 一応問いかけの体をとっているが、答えは聞かなくてもわかっている、といった圧倒的な雰囲気だ。一体なんだろう、宣戦布告でもしてくるのかと雄太は内心動揺したが、それを表情に出さないように努めつつドアをノックした。

「おーい、ミコー。開けてもいいかー」

 どうぞ、という声が扉の向こうから聞こえたのでそっとドアを開けて、顔だけ中に突っ込んだ。

「えーと、アヤヒメさんがミコと二人きりで話がしたいってここに来てるんだけど……」というと、中にいたミコとエイリーの顔にさっと緊張が走ったが、ミコはすぐに落ち着いて「ええ、構わないわ。エイリーさん、心配ご無用です。私もそうしたいと思っていた所ですから」ときっぱりとした口調で言った。

 エイリーはちょっと不服そうに楽屋を出て、アヤヒメの方をジロッと睨んでから向かい側の壁に腕組みしてもたれかかったが、アヤヒメは全く気にする様子もなく中へ入って行った。雄太は扉をそっと閉めて、一瞬聞き耳を立てようかとも思ったが、廊下の突き当たりのソファーにエイリーを引っ張っていき、自動販売機でコーヒーを二本買ってきて、腰を下ろした。


 二人は茶色の折りたたみ机を挟んで向き合って座っていた。ミコは気を利かせてお茶受けやペットボトルのお茶を机に用意したがアヤヒメは全く目に入っていないようだ。

「はじめまして、かしら。神無月にも会ったことないと思うけど」

 アヤヒメが切り出した。

「そうね、出雲には何度かいったことあるけど、見覚えはないですね。私は紀伊の土地神に過ぎませんから目立つことはないですし」

 ミコは緊張した表情で答えた。

「ま、あたしも合議には滅多に行かないけどね、うちの神社は縁結びには関係ないし」

「じゃあ改めてよろしく、天之宇受売命アメノウズメノミコトよ」

「ヤマトムタケヒメノミコトです。よろしく」

「ごめんなさいね、結界は苦しかったでしょう?」アヤヒメは足を組んで、いきなりさばけた態度になった。

「まさか私以外の神が来るとは夢にも思わなかったから。あの子たちに作らせて見みたんだけど、はなかなかのモノだったでしょう?」

「あの子たちって、あなたのお仲間ですか」

「そ、あの子たちは私が祀られている神社の神主の娘達なの。情けない話だけど神主が借金作っちゃって、宝物庫からこっそり宝を持ち出してはお金にしてるけど、全然借金は減らない。で、今度は私の御神体を他の神社に売ろうとしたのよ。流石にそれはちょっと待て、と雷を落としてやったわ。何かいい方法はないかと考えたんだけど、あの子達結構可愛いから私と組んでアイドルをやればいいんじゃないかと思いついたの」

 少々わざとらしい身振りを交えて喋り立てた。

「そんな事情があったのですか。アイドルなんて思いつくの私だけだと思ってたのに」

 ミコは少し残念そうな表情を浮かべた。

「で、あなたはどうしてアイドルをやっているのかしら?」

「田舎の村なので過疎と高齢化が進んで、このままでは土地神として存続できなくなるぐらいに信者が少なくなってしまったの。アイドルのファンって熱狂的な信奉者が多いからその人達を私の信者にしてしまおうと考えたの」

「そんなの別にいいじゃない、過疎やら環境破壊で神が去った土地は多いわ。でもそれは人間の選んだ道よ」

 アヤヒメは冷酷な表情で言い捨てた。

「私はもう少し人間を信じていたいんです。人間が好きだから」

「ふーん、ま、あたしもそんなに人間は嫌いじゃないけどね。でも結局いつも裏切られるのはあたし達の方、それも含めて人間が好きっていうのなら何もいうことはないわ」

 アヤヒメは肩をすくめた。

「あなたもそれなりに訳ありってことなら、どうやらあたしの縄張りを荒らすなと言っても聞いてくれなさそうね?」

 アヤヒメの問いかけにミコはまっすぐアヤヒメを見つめて小さく頷いた。

「まあ仕方ないわね。あたしに関係ない所でやる分には構わないけど、あたしの前をちょろちょろしてくるのなら」アヤヒメは立ち上がって人差し指でミコの心臓を指さし、「遠慮なく潰すわよ」と啖呵をきって悠然と部屋を出た。ミコはアヤヒメが出ていった扉へ向かって右手を突き出し親指を下へ向けて立てて、舌を出した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ