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第六項

この小説はだいぶ前に書いたものを適当に直して掲載しています。矛盾点などあるかと思いますが気づいたら直していきますので軽い気持ちで読んでいただければ幸いです。また、更新が極端に遅いのは仕様です。たまに大量投下しますが規則性はありません。

 それは確かに木製の箱だった。

 ただの箱、A4サイズの資料がゆったり入る程度の大きさだ。幅は10cmほどで振ってみると音がする。何かが入っているのは間違いない。

 しかし開けることができない。鍵がかかっている訳でもない。かかっていれば無理やりにでもこじ開けようとしていただろう。否、現にこじ開けようとはしている。だがやはり開かない。その箱には継ぎ目というものがいっさい存在していなかったのだ。


「何だこれは」

「私が聞きたいですよ。何なんですかこの箱。って箱で合ってますよね?」


 タヴとミコットは既に途方にくれている。

 箱の表面はしっかりと磨かれており、ニスのようなものでコーティングされていた。一見、ただの木片と見間違えてしまいそうでもあるが中には明らかな空洞、何か入っているのは間違えない。はたしてどのようにして作られたのか、全くもって不可解な代物である。


「壊すか」

「いいんですか?大事なものが入ってたりしません?」

「それが分かれば壊さないだろ」


 タヴ自身が抱えていたとはいえ彼にその記憶はなく、実際に目にして自分のものではないという確信も得た。自分のもので無い以上最悪壊れてしまっても痛ではない。


「まあ大事な物なら他人に渡さないだろ。壊れても自業自得だ」

「横暴ですけど同意します。というよりこのままだと気になって眠れません」

「まだ随分日が高いだろ」

「私は看病続きでほとんど寝てないんですよ」


 タヴは先ほど起きたばかりであるが、ミコットはこの三日間寝ずの看病を続けている。床に伏せていたのが自身の主と異世界からの客だ。彼女としてはとても寝ていられる状況ではなかったのだろう。


「開かなかったら寝なくて済むな」

「永眠させてあげましょうか」

「いや、三日も寝てれば一週間ぐらい寝なくて済むから遠慮しておこう」

「計算おかしいですよ」

「しかし壊すとして、どう壊したものか」


 手持ちの手榴弾をつかえば木っ端微塵にできそうだが、さすがにそんなことに使えるほどの数はない。どうするかと考えているとミコットが声をかける。


「私がやりましょうか?」

「できるのか?」

「私は炎の魔術が得意なんです。相手は木ですから楽勝ですよ」

「ああ、だから赤いのか。そうだな、折角だしお願いするか」

「…赤いのは関係ないです」


 タヴとしても実際に魔術というものをその目で見ておきたいとは思っていた。良い機会だとミコットに全て任せることにする。


「ふふふ、ついでにたまった鬱憤を晴らさせてもらいます。消し炭にしてくれますよ」


 何やら物騒なことを口走るミコット。


「消し炭にしちゃ駄目だろ。中身が分かるぐらいには手加減してくれ」


 タヴは一抹の不安を覚えながらも止めることはしない。いくら物騒なことを口走っても所詮人間一人の行為だ。魔術というものがどのようなものであれ、それ程の大事にはならないと高を括る。


「室内ですし座標指定の空間爆発でいいですね」

「えらく物騒だな」

「普通の術師にはなかなか手の出ない高度な術式です」

「小さいのに色々できるんだな」

「……頭吹き飛ばされたいんですか」


 相変わらずのタヴに苛立ちを覚えながらもミコット箱タヴに渡す。


「ん?まさかこのまま持ってろとか言わないよな。それとも頭の上に乗せろとか……」

「それでもいいですけど後始末が面倒になるのでやっぱりよしておきます。軽く放り投げてください」


 床や机に置いたままでは周りにも被害が出かねない。ミコットとしては魔力制御に自信があったこともあり空中での爆破を選んだ。空中に放り投げて目標だけに魔術を行使するのは彼女にとって難しいことではない。外に出て安全をはかるなどしても良いがそれは時間の無駄でしかない。


「頭は取れないぞ」

をです!」

「冗談なのに怒るなよ。いくぞ」


 言葉と同時に箱を優しく放り投げる。なんだかんだ余計なことを口走ってもやることは理解しているのだ。それを見て疲れを感じながらもミコットは魔術の行使に集中する。


 軽く右腕を前に出し掌を上に向ける。

 魔術といっても面倒な呪文などは必要ない。規模の大きいものや大魔術と呼ばれるものは一概にそうとは言えないが、今使うのは単なる攻撃魔術の一種だ。

 意識下で術式を編み魔力を流す。術式というのはある種の回路であり、術式に魔力を通し視覚化された陣を魔方陣という。


 ミコットの掌の上に現れた魔方陣、三つの輪っかが不規則に回転し光り輝いている。

 魔力というエネルギーにより活性化された術式、魔方陣はその式が持つ意味にしたがってエネルギーを消費し、現象を具現化する。

 ミコットは一つ目の輪っかに発火、二つ目に座標指定、三つ目に範囲制御の意味を持たせて一つの魔術を作り出している。ただ爆発させるだけではないため、それなりの難易度に分類される魔術だ。


(……イグニッション・ケージ)


 ミコットは心の中で術名を呟いた。本来これすらも必要なく魔術は発動するが、術者がイメージを明確にすることでその精度は上昇する。

 そして放り投げられた箱がミコットの狙った位置に来た瞬間……


 爆炎と轟音が部屋を包んだ。


(………あれ?) 

 

 空気を伝わる振動に思わず怯む。その熱量は離れていても肌を焼いてしまうかのようだ。


(………あれれれ?もしかしてやっちゃいました?)


 立ち込める煙で辺を確認することは叶わない。そんな中ミコットは自分が引き起こした大惨事に目をぱちくりさせていた。そしてやはり疲れが溜まっていたのかとここ二、三日の忙しさを思い起こす。

 

「いやいやいやいやいやいや」


 そこに煙を手で払いながら近づいてくる影。当然タヴである。彼とてこれほどの惨事になるとは思っていなかたろう。やや困惑気味だ。


「どうしました?」


 自分のミスに気付きながらも何事もなかったふうに振舞うミコット。幸いタヴは魔術を知らない人間だ。誤魔化せる。


「どうしました?じゃない!やりすぎだろ!っつか生身の人間が出せる火力じゃないだろ!」

「そんなこと言われてもこのぐらいの火力は当たり前ですよ」


 澄まし顔で答えるが内心穏やかではない。多少高度な術式ではあったか彼女が失敗するようなものではないのだ。

 また、この程度の火力が当たり前というのも一応嘘ではない。戦いになればこれ以上の破壊など日常な世界でもある。


「………俺いらなくないか?」


 タヴはその言葉を間に受けて自分の存在意義が希薄になっていくのを感じる。彼からしてみれば魔術が使える国民全員がロケットランチャーを常に装備しているようなものだ。危なすぎて出歩く気も起きないだろう。


「マルクトではこの程度の爆発も起こせないんですか?」

「いや、まあ道具があればできるだろうけど……」

「無いんですね…何で来ちゃたんですか」

「俺が聞きたいわ!」


 残念そうにタヴを見つめるミコット。不足の事態ではあったがこれによりミコットの中でもタヴの必要性がわからなくなってしまった。少なくとも戦闘で役立つとは思えない。


「ま、まあ、私は魔術師としては上位に入りますから比較的強い部類ではあります。一般の術師からしたら連発できるようなものじゃありません。魔術のイメージを掴んでもらうために少し派手なのを使いましたし」

「な、何だ。そういうことか。それならどうにかなるな」


 数に限りがあるのなら今までの戦場と差ほど変わらないかと、無理やり自分を安心させる。しかし、ここぞとばかりにミコットが余計な一言。


「けど、敵は私より上手でしょうから、戦いになれば今以上のが絶え間なく襲ってくるとは思います」

「……短かったなぁ俺の人生」


 もはや死が確定した気分だ。


(……逃げるか)

「逃げないでくださいね」

「心を読むな」


 本当に考えてたんですかとミコット。これは逃げられないなと思いながらタヴは現実に意識を戻す。  


「つか、これじゃあ箱も木っ端微塵だろ」

「……少し気張りすぎましたかね」


 当初の目的を思い出し我に帰る二人。辺の煙もだいぶ晴れてきたところだ。ミコットの渾身?の一撃をくらった木製の箱を探す。そして、それは部屋の角まで吹き飛ばされていた。


「…マジか」


 タヴは呆れるしかないといった感じで呟く。果たしてそんなことがありえるのだろうか。標的の箱は傷一つなく完全な状態でそこに転がっていた。 


「………そんな!私のイグニッションで無傷!?」

 

 これにはミコットも驚愕を覚えずにはいられない。失敗したことで威力も予定より大きかったはずだ。だというのに無傷。彼女にとっては信じられない光景だ。


「何なんですか!この謎物質は!今のは軽く竜の鱗に穴を空けることができる威力ですよ!」

「何てもん室内でぶっぱなしてんだよ!」


 思わずツッコミを入れるタヴ。とはいえ竜の鱗の硬さなど見当もつかないのでいまいち威力が判断できていない。


「マルクトの物質はそれだけで硬いのかもしれません。もしかしたらタヴさんも……」

「……目が怖い。試すなよ。あと、俺のいた場所にこんな特殊合金並みの木片なんてないからな。こんなものがあってたまるか」


 的にされてはたまらないと否定するタヴ。可能性が無い訳ではないだろうがさすがに生きているタヴで試すことはできない。


「謎ですね」

「そうだな。あれじゃないか?ピンチになると開いて都合のいいお助けアイテムが出てくるとか、秘められた力が覚醒しないと開かないとかそういう物語に出てくる重要品的な何か」


 お手上げといった感じで適当なことを吐かすタヴ。その表情はどこか諦め気味だ。


「そんなのがあるならピンチにならないように前もって渡したり、覚醒する必要なしに解決するものが欲しいですよ」

「小さいのに枯れてるなぁ」

「現実に演出は必要ありません」

「演出は現実を潤すもんだぞ」

  

 などと適当な会話の繰り返す。そしてタヴは部屋の角に転がった箱を回収するとそれを一瞥して急に黙り込んだ。


「……待てよ。一つ分かったことはある」


 何かに気付いたのか、その表情は打って変わって真面目なものだ。その目は何か重要なことを嗅ぎつけたような鋭さがある。


「何か分かったんですか?」


 そんな真面目な様子にミコットは期待を膨らませる。彼女にわかったのはその箱がとてつもなく頑丈であることのみだ。自分では見落とした重要な情報を読みとったに違いない。


「これは俺にとって最高の装備になる」

「はい?」


 予想していたのとは違う答えにミコットは間抜けな声を上げてしまった。それでもタヴの顔は真面目なままだ。 

 

「ミコットは上位の魔術師なんだろ。そんなお前に壊せないものだぞ」

「……盾の代わりにでも使うつもりですか」


 ミコットは期待した自分が馬鹿だったと肩を落とす。どうやら頑丈なこと以外何も分かってないらしい。それでもタヴは自信たっぷりに続ける。


「中身はこの際何でもいい。盾として使ってたらそのうち穴でも空くかもしれないしな。そしたら問題解決だろ」

「気の長い話ですね。それに見た目が悪すぎますよ」

「見た目より命優先だ」

「私の見せた魔術が相当堪えたみたいですね」


 ミコットの見せた魔術の威力は軽く人間を木っ端微塵にできるものだ。その印象が酷く残っていたのだろう。何よりもまず保身、タヴの頭にはそれしかなかったのだ。


「そんなことより薬だったな」

「あ、逃げた」


 そんな情けない自分の発言に気付いてかタヴは無理やりに話を変える。


「正直手の打ち用もないし、装備も整ったからさっさと出発するか」


 箱に関してはこれ以上は望めないとの判断だ。そもそもタヴのものではない。幾らかの装備も手元に戻ったのだ。目的は終えている。


「持っていても無駄そうですけどね」


 ミコットは置いてあったタヴのナイフを手に持ち言う。見たところそれなりの品のようだがとても魔術士相手に使えるものではない。


「俺の精神安定剤みたいなもんだ」

「犯罪者の台詞ですよ。それ」

「ほっとけ」


 タヴは笑いながら精神安定剤(刃物)を回収する。頼りなくても一応彼の命綱だ。一通りの装備を纏める終えるとタヴはそのまま部屋を後にしようと扉に手を伸ばす。


「あれ?この箱、じゃなくて盾は持っていかないんですか?」


 ミコットは箱が置きっぱなしであることに気づいた。最高の装備だと言っていた割に適当な扱いである。


「ん、ああ。言ってはみたが実際邪魔だよな。持ち手もないし」


 そう言ってタヴはそのまま部屋を後にしてしまった。


「結局何もわからず終いですか」


 タヴが後にした部屋でミコット一人箱を見つめる。


(やっぱり……傷一つない)


 改めて見た箱はやはり無傷。だがミコットにはそれ以上に気になることがあった。

 ミコットは再び箱を放り投げる。仮にまた失敗したところで今は一人。気にすることはない。


(イグニッション・ケージ…)


 先ほどと全く同じ術式を、全く同じ手順で使う。いつも通りの手応えに確信を持ちその結果を見定める。


 空中の放り投げられた箱を中心に広がる輪っか、箱を閉じ込める様に現れたそれは本来のこの術式の姿だった。


 そして爆発音、先程のような爆音ではない。包まれた範囲を限定的に爆発させる術式だ。あのような大火力が出る訳がないのだ。


「……ちゃんと…使えた…」


 では何故さっきは失敗した?そう思いながらもミコットは答えを出すことができなかった。



 ◆◇◆


 タヴは部屋を出て真直ぐに正面入口へと足を運ぶ。洋館の構造は既に把握済みだ。 

 

 そこは広いエントランスホールになっていて中央には二階へ伸びる大きな階段。ミコットからは立入り禁止と言われている。二階は女性専用らしい。おそらくは床に伏せたお姫様が居るのだろうとタヴは軽く二階に目を送りながら考える。


「しかし、可笑しなことになったもんだな」


 実際に魔術を目にして、タヴは本当に知らない世界に来たのだなと実感していた。

 そして、改めて何故自分が召喚されたのかを考えていた。


「……どうして俺だったんだ」


 そっと呟くも答えどない。それは視線の先に居るであろう召喚者へ向けた言葉。そして、


「いや…本当に俺だったのか?」


 タヴは左腕を見詰める。まだ違和感が拭いきれないが確かに自分の腕として機能している細い左腕。 


「まあいい。まずは借りを返すとするさ」


 そうしてタヴは異世界での一歩を踏み出した。

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