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第五項

 当面の行動が決定したと言っても、実際のところ準備には結構な時間を要することになった。まずはミコットの提案でタヴの服装を整えることから始まった。これが意外に火がついてしまったらしく整えるというより改造に近い大騒ぎとなった(大騒ぎといって殆どが二人の漫才だが)。


 今まで話し合いをしていた一室に佇んでいる小奇麗な男は素性も判らぬ侵入者ではない、タヴ=ルノアール(偽名)その人である。


「落ち着かないんだが」


 非常に居心地の悪そうな顔をして、タヴはミコットへと不平を漏らす。


 首辺りまであった長めの黒髪は紐で結えられてしまった。細かい作業を行う時などはよく束ねていたらしく、それ程違和感は感じられない。前髪も適度にボリュームを持たせ左右に別けられているので以前より表情が確認しやすくなったが、それと引き換えに切れ長の鋭い眼光も顕になり以前とは別の迫力を可以出している。


 タヴを改造するついでに一般常識の手解きも終えた。しかし、ミコットに於いては大きく精神力を消費、もとい無駄にしてしまったらしく、改造を終えて再び机の上に突っ伏している。


「…大丈夫です。どこからどう見ても、上流階級のちょっといけ好かない性格の悪そうな次男坊辺にしか見えません」


 力のない瞳でタヴを一別したミコットは、何故こんなものが出来上がってしまったのだろうと思いながら正直な感想を正確に漏らしていた。


「言葉の節々どころか全体に悪意が散りばめられているな」

「見た目が変わっても、中身は変わらないんですね」


 余計なお世話だと一蹴してタヴは改めて鏡を覗く。そこにはやはりよく見知った知らない人物が映っている。


 服装はそれ程変わっていない。上着は先ほど借りた刺繍入の男物のシャツ、その上に鈍色のベストを羽織っている。ズボンも所々穴が空いていたので、似たような細身の黒いズボンを代わりを用意してもらった。足首までの黒いショートブーツは自前のものだ。


「上着は無いか?」

「タブさんが着ていたやつみたいのですか?」


その言葉でミコットがコートを預かっていることを思い出す。


「確かコートは預かっていると言ってたが」

「はい。コートと荷物は預かってますよ」

「…荷物?」


タヴは身一つでイエソドに来ていたと思い込んでいたが、召喚時の記憶が有るわけではない。どんな状況で現れたのかを知るのはミコットとセフィリアだけだ。


「俺は何か持っていたのか?」

「あ、そうですよね。いくらタヴさんでも、あの状況で記憶は残っていませんよね」


どうやら何か持っていたらしいと考え、タヴは大した期待はしないで何を持っていたのかを尋ねる。


「どんなものだ」

「木製の箱ですよ。タヴさんのじゃないんですか?」

「いや、俺の物じゃないな」


 タヴの記憶では手ぶらの状態であったはずだ。持っていた装備も、そのほとんどを消費した後であったし、仮に自分のものであったも使えるものがあるとは考えにくい。


「そうなんですか?しっかり抱えてたんでてっきりタヴさんのものだと思ってました」

「抱えていた?俺がか…」


 まったく記憶にないことに違和感を感じながら、タヴは残っている記憶を思い起こす。

鳴り響いた銃声、そしてその後に何かが…


「っつ!」


 突如として頭に激痛が走る。思い出そうと思考を巡らせれば巡らせる程に、記憶に靄がかかっていくようだ。それでも断面的な記憶がいくつか思い起こされる。


「っえ」

「ど、どうしたんですか!?大丈夫ですか!?」


 急に頭を押さえて顔をしかめるタヴに対してミコットは困惑を浮かべながらも心配の意を示す。


「……ああ、少し目眩がしただけだ」


 痛みも引き、心配はないと付け加えタヴは一度考えるのを止めた。


「悪いが持ってきてもらってもいいか?」

「はい、少し待っててください」


 少し不安げな表情を浮かべながらもミコットは了承し、部屋を後にする。


「………」


 タヴはそんなミコットを笑顔で見送る。そして完全に気配が遠のいたのを確認すると、

その場に倒れ込むようにして屈みこんでしまった。


「っくそ!何だこれは!」


 思わず声を荒らげてしまう。

 記憶は相変わらず靄がかかったようにはっきりとしない。考えるのを止めて頭痛も止んだ。しかし、一つだけどうしても納得できない記憶が彼の中に留まっていた。


「どうして……どうしてあそこにいるっ……!」


 蘇った記憶の中の一コマには絶対に居るはずのない人物が佇んでいた。



 ◆◇◆



「お待たせしました」


 ミコットはタヴの持っていたという荷物を手に部屋へと戻ってきた。三度目ともなると遠慮することもなくなったのかノックもせずに中へと入ってくる。


「いや、使ってばかりですまない」

「このぐらいは当たり前ですよ。お客様じゃなくなってもタヴさんが一人じゃ何もできないってことに変わりはありませんから」

「何もできないは言いすぎだろ、まるで子供扱いだな」


 ポリポリと頭を掻きながら答えるタヴ。言い過ぎではあるが、あながち間違えというわけでもないので反論できない。


「とりあえず持ってきましたが、このコートは着れないと思いますよ」


 そう言って差し出されたのは血で染まった赤黒いコート、元の色を判別するのも難しい状態だ。生地もかろうじてつながっている程度で何とか形をとどめているといった感じだ。いったいどれほどの傷を受ければこのようになるのか想像し難い一品である。


「っぷ、何だこれ、酷い有様だな」

「いやいや、何笑ってるんですか、タヴさんが着てたものですよ」


 ここまで酷いとは予想していなかったのだろう。着ていた時は暗がりで確認できなかったのだ。自身の記憶にあるコートとのギャップにタヴは思わず吹き出してしまう。


「いやいや、よく生きてたな。我ながら丈夫すぎるだろ」

「丈夫すぎるって、傷一つありませんでしたよ……って、やっぱり怪我してたんですか」


 タヴの言葉に召喚された時を思い出す。ミコットが確かめた限りでは傷一つ見当たらなかったはずだ。


「ん?ああ、何故か治ったらしい。俺にもよくわからないが召喚に関係あるのかもしれないな」


 それを聞いて少し考え込む様子のミコット。


「どうした?」

「…召喚時に損傷部分が再構成されたってことですかね。でもそれだとおかしいです」

「何がだ?」


 タヴとしては状況的に召喚以外の理由が考えられないのだが、ミコットには何やら腑に落ちない点があるらしい。


「タヴさんの召喚は少し特殊なんですよ。そこに存在するもの、そのものを持ってきているはずですから再構成なんてされる訳がないです」

「召喚ってそういうものじゃないのか、ここにないものを別の場所から呼び出す手段だろ?」


 何を当たり前のことを言っているんだと感じながら、タヴはミコットの話に耳を傾ける。


「一般的な召喚はものを空間を隔てて移動させる術じゃありません。それが可能なら瞬間移動、魔法の領域になります」

「瞬間移動とかはできないのか」


 タヴとしては魔術があるのなら瞬間移動ぐらいできそうなものだ、と感じてしまうがそうではないらしい。


「ええ、離れた位置からの物体の瞬間的な移動は不可能とされています。一般的な召喚はまず意識体の召喚になります」

「意識体?」

「そうです。魔力はそこに記憶等の情報を保管することができるんです。魔力に意識投影したものを意識体と呼びます。これは物体と違ってエネルギーそのものですから離れた場所からの即時取得が可能なんです」

「意識、というか情報のやり取りができるってことか、召喚って感じはしないな」


 インターネットでアップロードされたデータを落とす感じを想像しながらタヴは何となくの理解を示す。


「ええ、それだけだと半分ですね」

「半分?」


 タヴはミコットが『まず意識体の召喚』と言っていた事を思い出す。確かにデータだけ呼び出して連れてきましたでは召喚とは呼べないだろう。


「例えば一匹の犬を呼び出すとします。でも犬の意識体だけを呼び出してもあまり意味はあまりありませんよね」

「まあ、そうだな。特別な情報を持った天才犬なら話は別だが」

「例えに茶々を入れないでください。召喚はそこから更に意識体を入れるための器、つまりは体を魔力で構成するんです。構成された器に意識体が定着すれば呼び出したもの、この場合は犬ができあがります」


 呼び出した意識体はあくまでも情報でしかなくそれ単体では意味をなさない。適切な器を設けて初めて読み込むことが出来るのだ。


「召喚された大元は別の場所に存在したままって訳か」

「はい、でも召喚元と意識体は繋がってますから相手の許可なく召喚することはできません。好きなものを勝手に呼び出すなんてことは基本的にできないんですよ」


 俺は勝手に呼び出されたがと思いながら面倒なのでタヴは口にしない。


「ようするに遠隔操作用の肉体を作るって感じか」

「それは少し違います。召喚したものはその時点で個体として定着するので操作されてる訳じゃありません。分身に近いものと思ってください」


 本体の許可を得て術者の助けとなる存在を作るのが召喚術である。タヴそう納得する。


「なるほど………えらく間接的だな。まあ、それでもその場に居ないものを呼び出せるというのはそれだけでメリットがある。しかし、瞬間移動が無理で俺をここに召喚なんて出来るのか?」

「瞬間移動っていうのは同一空間上の点から点への移動ですけど、イエソドとマルクトはそもそも同一空間上に存在していないので当てはまりません。学者によって意見は別れますけど、隣り合った別の空間に並列して存在しているらしいです。意味不明ですけど」

「意味不明だな」


 世界の在り方など解る訳もなく二人してスルーする。とりあえずはそういうものなのだと理解するしかない。それでもタヴは自分自身がこの世界イエソドに呼び出されたのは特殊なことなのだと実感する。


「それにしても召喚は専門外なんだろ?」

「これはあくまでも触りの部分ですから、正しく説明したら半日以上時間が必要になるはずですよ。今話したのは義務教育の教科書に載ってるものです」

「難しくないか…義務教育」


 国民に必須とされる知識としては些か以上に高度な気がするが、魔術というものが浸透している世界では必要な知識なのかもしれない。タヴはそう考えながらもこの国の教育水準は高そうだと当たりを付ける。


「で、召喚の違いは分かったが結局なんで傷が治ったんだ?」 

「わかりません。ただ、何かがあったとしか言えません。大魔法で他世界からの生物召喚なんて事例はありませんし、術式の副作用かもしれません。術者のセフィリア様なら何かわかるかもしれませんけど…」

「何気に人体実験の被験者じゃないのか俺……」


 理由は分からず終いであったが、五体満足で生きているのだから問題ないかとこの話は切られることになった。結局のところセフィリアが目を覚まさないことにはこれ以上の情報は見込めない。


「さて、検証もいいが荷物の確認もせんとな」 

「そうでしたね」


 タヴは手に持ったコートを一瞥すると、ポケットの膨らみを確かめる。取り出されたのは今では珍しい中折式の型携帯電話、いつもコートに入れている愛用品だ。


「何ですか?それ」


 初めて見るのかミコットが身を乗り出してのぞき込む。それを見てタヴはイエソドには携帯はないらしいと判断する。もっとも似た機能を持った道具はあるかもしれない。


「携帯電話だ。と言っても判らないか、個人用の通信端末と言えば判るか?」

「ああ、マルクトにもあるんですね。イエソドのとはかなり形が違います」


 どうやらイエソドにも通信端末はあるらしい。


「個人の通信端末があるなら執事長と連絡が取れるんじゃないのか?」


 ふと思い、ついてタヴが質問するが返って来た答えは期待したものではなかった。


「イエソドの通信具、リンクって言うんですけど、魔力を媒体にして個人のリンク同士をパスでつなぐ装置なんですよ。その際、パス全体を管理している機関が有りまして、個人の使用をチェックできるんです」

「使えば履歴が残るってことか」

「辿られれば場所も割り出されます」


 どうやら地球で一般に使われている携帯電話と似たシステムが構築されているらしい。これでは迂闊に通信手段は使えない。管理下にないパスを使えるかどうかも聞いてみるタヴだが、行うには高度な知識が必要になる上犯罪だという答えが帰ってきた。


「今更犯罪もないだろうが。まあ、仕方がないな。この件は保留だ」


 必要があれば使うこともあるだろうとタヴは心に留めておく。その時、手に持った携帯電話をいじっていると新規メールがあることに気がついた。三日放置していたが電源はギリギリ残っている。イエソドに来てから届く訳はないので召喚されるまでに届いたのだろう。


差出人 :『仲介屋』


件名  :『Re:』


(…仲介屋か、返信?)


 こ仲介屋というのはタヴに工作員としての仕事を紹介する人物だ。今回タヴが殺されかけていたのもこの人物に紹介された仕事が原因だ。タヴにとっては5年以上の付き合いになるパートナーでもある。


(向こうのことはあいつが上手くやるだろうが……あまり借りは作りたくないんだよな) 


 タヴは取り敢えずメールの確認をする。メールを開くと、


※ロック※ パスワード:_________


 という文字列が現れた。


「…パス付きか、面倒なことを」


 それを聞いたミコットがマルクトにもパスがあるんですか?などとボケたこと言っているが無視をして思い当たる言葉を入れる。


(……わからん。意味のないことをする奴じゃ無いと思ったが)


 メールの中身は依頼の補足か何かだろうと予想する。それでも何故パスワードを登録したのか気になるが今はどうしようもない。差し迫って必要ではないのでこちらも保留にする。他に何もないかと確かめ、一通りチェックを終えると携帯電話の電源が丁度底をついた。


「充電しないとな」


 残念なことにタヴはイエソドに来てから電気関連の製品を見ていない。そもそも存在しているか疑わしいし、あったとしても規格が合うことはないだろう。


「充電って電気式なんですか?」


 無視をされて黙っていたミコットだが、タヴが言葉を発したのをきっかけに質問を再開する。


「イエソドでは電気を使わないのか?」

「場合によっては電気も使いますけど、基本的にはなんでも魔力で動かしますよ。エネルギー効率的に魔力の方が断然上なんですよ。一般生活に必要な分は個人でまかなえますし、お金もかからないので」

「便利だな。確かに電気に代わる高効率エネルギーがあればそちらに移行する。費用もかからなければ尚更だ」


 まだ多くを確認した訳ではないが、文明レベルはイエソドの方が上なのかもしれないとタヴは思案する。これでは本格的に役に立たない可能性も出てきた。

 

「まあ、本命はこっちだがな」

「本命?ですか」


 そう言ってタヴはコートから更に幾つかのものを取り出した。

 投擲用のナイフセット、手榴弾、そして拳銃といった物騒なものだ。


「数はだいぶ減ってるが無いよりマシだ」


 僅かながらに装備が残っていたことに喜びを覚えるタヴ。しかし、この中で一つだけ自分の所有物ではないものが混じっていた。


(やっぱりあいつの銃か…)


 銃を手に取り確かめる。その銃は廃ビルで女が持っていたものだ。月明かりに照らし出されていたのでしっかりと覚えている。


(ということは、あの時落ちたのはこれか、そして偶々俺の手元に転がってきた……落とすことになった理由は、アレなんだろうな………)


 ―召喚


 タヴにはそうとしか考えられなかった。暴れるように左腕を押さえていた女の姿。そして今自分の肩に付いている左腕。女は左利きだったはずだ。もしも召喚されたのが女の方であったのなら混乱して銃を取り落とすのも頷ける。


 装填されている弾を確認すると一発だけ少ない、自分が撃ったものと考えて間違いないだろう。朦朧とした意識の中、コートのポケットに突っ込んで今に至るという訳だ。


「9mmのストックはあまりないか…」


 弾の補給ができる見込みはほとんどない。それでもタヴにとっては頼れる武器の一つだ。大事に使わなくてはと肝に銘じておく。そこにミコットが声をかける携帯電話を取り出した時とは違い知っている反応だ。


「銃ですか?それ」

「ああ、これは分かるのか。こっちにも銃はあるのか?」


 タヴは装備の補充が可能かもしれないと喜ぶ一方で、すぐに規格が合わないだろうと考直し、肩を落とす。


「ありますけど、かなり違う感じです」


 知っている銃とは違うというような反応を見せるミコット。


「イエソドの銃はもっと大振りです。よくそんな大きさで魔力制御機構が入れられますね。玩具みたいです」

「そんなもん入ってない。何の話だ」


 全く話が噛み合わないことに二人揃って首を傾げる。


「魔力制御なしでどうやって弾を作るんですか?」

「作る?弾は込めるもんだろ」


 更に大きく首を傾げる二人。


「え?ああ、なるほど。小型化のために弾だけ別に生成してるんですね。でもそれって効率悪くないですか?」

「話が噛み合ってないな。言っておくが魔術はないんだぞ」

「あっ」

「忘れてたな」


 前提事項を忘れて話していれば話が噛み合わないのも当然だ。迂闊な言動にミコットが顔を少し赤くする。


「でも、それじゃあどうやって弾を飛ばすんですか」

「弾は基本的に鉛の弾芯に銅の被甲をかぶせたもので出来ている。それを火薬を用いて飛ばす感じだな」

「ぷっ」


 タヴが簡単に説明すると我慢できなかったのか、何故かミコットが吹き出す。


「こら、何笑ってる。感じ悪いぞ」

「いえ、済みません。でも火薬って、そんな前時代的、いえ古代文明レベルの代物使ってるなんて」


 酷い言いようにタヴが顔をしかめるが、ミコットの発言が事実だとすればタヴにとっては一大事だ。


「よし、脳天に風穴開けてやるからこっち向け」


 取り敢えず目の前の少女で憂晴らしでもしてやろうかと提案する。


「そんなのじゃ無理ですよ。使い物になりませんって」


 別に構わないですよと言わんばかりに額を突き出すミコット。


「使い物にならないって、魔術絡みか?」


 うんざりした様子で聞き返すタヴ。


「はい、高速で飛んでくる金属の塊ぐらいなら防げるんですよ。割と簡単に」

「冗談だろ、どうやって?」

「魔術障壁、といっても判りませんよね。ある程度魔術を修めていれば、魔力で作った物理干渉できる丈夫な膜を作ることができるんです」

「それで防ぐ訳か」

「はい、火薬式の銃が開発された時には既に魔術の基礎理論が出来上がってたので。検証した結果殆ど防御を貫くことはできなかったんです。命中精度も悪かったりコストもかかったりで、そのまま歴史の中に消えていったそうですよ」


 とんでもない話だがミコットにとっては常識のようだ。せっかく回収した装備が無駄になってしまったとタヴは更に肩を落とす。


「でも、銃はあるんだろ」

「魔力式の銃であって火薬式のものでないんです。魔力で弾となる魔力球を精製してそのまま射出できる武器を総称して銃と呼んでます。作成した会社の名前をとってケルブとも呼ばれてますね。騎士団の特定部隊でも制式採用されてます」

「…何でもありだな」

「普及してますけど牽制目的で使われることが多いです。戦闘用の術を修めた術者なら、遠距離攻撃用の術も持ってますしね。遠距離戦が苦手な術者の補助具としても重宝します」


 魔力というエネルギーが続く限り撃ち続けられる銃と考えればいい。弾を装弾するスキもいらず、弾のコストも使用者でまかなえる。威力がどの程度のものかは不明だが、銃の代替品として使えると考えれば弱くはないだろう。火薬式の銃が廃れるのもうなずける。この情報はタヴの頭を痛くする。ミコット曰く通常の銃弾そのものが効かないということなのだから。銃弾を防げる盾を簡単に作れるのであれば確かに用をなさないだろうとタヴも考える。


「ミコットもその魔術障壁というのを使えるのか?」

「使えますよ。試してみますか」

「…いや、弾を補充できる見込みもないし、効かないなりにも使いようはあるからな。無駄使いはよしておく」


 現状、いくら効かない可能性が高いとはいえ数に限りのある弾は消費したくないというのがタヴの考えだ。


「いざという時に使えなくても困りますよ」

「その時はミコットに頼るさ」

「その時は見捨てますよ」

「………」

「そんな目で見ないでください。銃を使うなら魔力式のはどうですか?」

「魔力とか使えないんだが」

「そうでした。でも覚えれば使えるはずです。教えますよ」


 その言葉にタヴは少し黙って考える。そして、


「いや、いい。遠慮しておこう」


 意外にも拒絶の返答を見せる。戦力が増えるなら普通覚えたいとおもうだろう。それでなくても魔術という未知のものを覚え、使えるのなら使ってみたいと思うのが人情というものだ。しかしタヴはそうではなかった。


「どうしてですか?そんなに大変じゃないですよ」

「今から学んだとして、それなりに使える様に成るかもしれないが、それは所詮付け焼刃だ。本職にはとても敵わないだろう。普通に使う分には構わないが戦いを前提に考えたら無いほうがいい。戦いに併用したところで扱いきれるとも思えんしな。俺には今まで培ってきた技術がある。それだけで十分だ。足りない部分はミコットや他の誰か得意な奴がやればいい。単純に情報、相手が魔術で何をできるのか、どうやって戦闘に使うのかを学ぶ必要はあるが、自分で使えるようになる必要性は感じない」


 都合良く力が手に入ったとして、安定して使える保証もない。必要なときに必要な分だけ活用できなければ技術や兵器に何の意味もないのだ。いきなり魔術など学んでもその域に達することはできないだろう。余計な混乱を招くだけと、タヴは敢えて魔術の習得を断った。


 タヴは自分ができることをよく知っている。背伸びはしない。自分にできることを確実にこなすことが仕事の達成につながることを誰よりもよく学んできた。云うなればそれこそが自分の最大の武器だと自覚している。


「タヴさんがそう言うならいいですけど。気がむいたら言ってください。教えますから」

「時間があったら頼む。もっとも、そんな時間はないだろうがな」

「余計な仕事が増えるから遠慮、とかじゃないですよね」

「………そんな訳ないだろう」


 実は半分当たっていると感じながらもミコットには気づかれないよう真面目な顔をする。


「…タヴさん……」

「出来ることは多いに越したことはないんだ。今はそうしている時間が惜しい。違うか?」

「真面目に最もらしいことを言われると嘘臭く聞こえるのはタヴさんだからでしょうか」

「そんな目でみるな」


 実際、銃が使い物にならないならタヴは魔術を学ぶべきだ。しかし、それは余りにも無謀なことでもあった。身に付けることが無謀なのではない。タヴが言ったようにそれを使って戦わなければならなくなることが無謀なのだ。


 スポーツのルールだけ学んでもプロに勝てない。誰にでもわかることだ。ビギナーズラックがあったとしても継続して勝てることはまず有り得ない。同じ土俵で戦おうという発想がそもそも間違っている。仮に身に付けるにしても、状況を確認した後自分に必要なものだけ習得するのが現実的だ。その上で自分の土俵に敵を誘い込む。それがルールのない殺し合いで生き延びる術。魔術師の土俵などでは決して戦ってはいけない。ここが異世界だろうが何だろうがタヴのやることは変わらない。自分にできる方法で効率良く殺す。それだけだ。


「近接は効かないのか?ナイフは結構得意なんだが」

「そういえばさっき串刺しにされそうになりましたっけ」


 頭の上を通り過ぎていったナイフを思い出し嫌な顔をするミコット。


「普通の刃物はあまり効きません。これも障壁で防げます。ただ使用者による魔術付与や刻印の刻まれた武器なら効果的です。魔術師の殆どが使用しますね。というより武器をより効果的に使うために魔術の訓練を受ける騎士が多いと言った方がいいでしょうか」


 どうやら刃物は調達する必要があるとタヴは考える。元々魔術の付加された刃物ならタヴにも使うことができるだろう。


「しかし騎士か、俺のいた所では火薬類の発達で一気に衰退したからな、見たこともない」

「騎士がいなくて国が守れるんですか?」


 イエソドでは騎士が国防の要である。騎士と云っても甲冑を身に纏った時代錯誤の戦闘集団ではない。剣技を磨き、魔術を習得し、その身を兵器にまで昇華した兵隊だ。


「イエソドの騎士がどんなものか知らないが、国を守るための兵隊はいる。もっとも、騎士のように誇りを持った連中じゃない。国を守るために戦う奴なんて殆どいないしな」


 騎士と誇りがイコールでつながるのはタヴの勝手なイメージでしかないのだが、イエソドでもその価値観は同一だった。タヴの意見は極端なものだが彼の周りにはそういう人間しかいなかったのも事実。その環境がこの男の性格を大きく歪曲させたのかもしれない。


「じゃあ、何のために戦うんですか?」


 戦うための理由、おそらくはミコットにもあるのだろう。根本的な質問だが、その質問が持つ意味は大きい。だから、


「…死にたくないから、かもしれないな」


 タヴは当たり障りのないことしか答えられなかった。多くの戦場を後にした彼にも結局のところ分かりはしないことなのかもしれない。

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