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第一項

 深い森の中に人知れず佇む洋館。

 もはやどれほどの年月その場に存在していたのか、緑に侵食されたそれは来る者を拒む要塞であると同時に、去る者を絡めとり逃がさないための檻のようであった。


 そこのいたる道などない。辺り一面に生い茂った草木には境界などというものは存在せず、只々一面に広がるのみである。

 そこを去る道などない。伸びきったツタは壁を覆い、幾重にも重ねられた鉄格子を連想させる。


 そんな廃墟と呼ぶに相応しい場所に何を間違えてたどり着いたのだろうか、二つの影が相対していた。


「やめてください!成功するわけ無いじゃないですか!」


 食ってかかるのはまだ幼さの残る女性。いや、少女といった方が適切だろう。見た目12〜3歳の女の子だ。

 肩甲骨辺りまで伸びた赤い髪は毛先に行くほど癖と色が強くなっており、少女の怒りと共に今にも燃え出してしまいそうなほどに真赤な髪だ。更に相手を見つめる瞳、まるで大粒のルビーをそのまま押し込めたような真紅の瞳。丸く大きなその瞳にせがまれてたじろがない男性はいないだろう。しかし、生憎と相手は女性であった。


「はぁ〜。もう決めたんだから、駄々をこねないで欲しいわね。だからそんな顔しても駄目。私の覚悟はもう決まってるの」


 大きなため息とともに答えたのは長い銀髪の女性。身に纏った純白のドレスは簡素ながらも高級感に溢れていた。一目で特権階級の人間であると誰もが理解するだろう。

 そんな銀髪の女性は屈み込むようにして一心不乱に何らかの作業を続けている。


「冷静になってください!単身でマルクトにパスをつなげるなんて、できる訳ないじゃないですか!最高の術者が100人がかりで組みあげる大魔術ですよ!禁術ですよ!」

「大丈夫、大丈夫♪勝算はあるわ」


 切迫した印象の少女に対して軽い返事を返す銀髪の女性。それでもその表情からは緊張が見え隠れする。

 銀髪の女性はナイフを手にし、自分の長い髪を徐に切り落とした。


「セフィリア様!」


 驚愕に目を見開く少女。ただでさえ大きい瞳がこぼれ落ちてしまいそうだ。

 しかしセフィリアと呼ばれた銀髪の女は更に続け様にナイフで手首を切り裂く。滴り落ちる血液は床に散らばった銀の糸の染み込んでいく。


「今、私に差し出せるもの全てを使ってパスをつなげる。これでもイエソドに残る最後の純血の一族よ。命をかければ術者100人分ぐらいの力は持ってこれる」

「駄目です!本当に死んじゃいますよ!」

「この程度で死ぬなら遅かれ早かれ死ぬわ。なら、多少の博打も悪くないと思わない?」


 こんな状況で笑って見せるセフィリア、既に術式は発動していた。止めることは叶わない。むしろ無理やり止めれば、そのフィードバックで逆に死にかねなかった。


 小さい部屋の床一面、はたまた壁、天井に至るまでまるで蛇が走るかのように文様が広がっていく。紫と黒の蛇がせめぎ合うようにして部屋を徘徊し描かれる魔方陣。


「紫と黒、イエソドとマルクトの色……」


 額に汗を流しながら笑を浮かべるセフィリア。形が固定された陣が光を放つ。


「後は何が出てくるか…ここからは賭けね…」


 もはや見守ることしかできなくなった少女は潤んだ瞳をセフィリアに向けながら身動き一つせずに固まっていた。紫はイエソド、黒はマルクトを表すとされている。マルクトは黒以外にもレモン色やオリーブ色、小豆色でも表されるのだが選択された色は黒。黒が悪いと言うわけではないのだが紫と黒で編まれた魔方陣が光輝く様は余りにも不気味であった。


「成功してまともなものは出てきませんよ。…こんなの」


 少女がそんなことを口走った瞬間、光が跳ねる。


 術式が完成され光が収まるのに時間はかからなかった。ほんの数秒だ。そして二人の目の前には今までこの部屋にはなかったであろう物体。膨大な量の光に包まれたために一時的に視力が低下してしまい直ぐには確認できない。だが、セフィリアは確かに何かを呼び込めた確信めいたものを感じていた。


「やった!せいこ…う?」


 視力が戻り改めてまじまじと現れたものを見つめるセフィリア、そこにあったのは………一本の腕。


 ピッタリとした黒い袖に包まれているものの明らかに腕であるとわかる見本のような人間の腕の形をした物体。指先から肩までそろった綺麗な細腕であった。


「…嘘」


 膝をつき項垂れるセフィリア。そうしている間にも手首からは血が流れたままである。


「セフィリア様!傷を見せて下さい!」


 我にかえりセフィリアに駆け寄る少女、承諾を待たずに治療を始める。治療と云っても手を傷口に添えるだけだ、そして何かを呟くと傷は綺麗に消えていた。


「ありがと、ミコット。…失敗しちゃたね」


 笑ってはいるものの明らかに意気消沈している。しかし、たった一人でマルクトから物質を引き出しただけでも驚嘆に価する成果なのだが、如何せん使い道がない。


「セフィリア様…」

「私の価値なんて所詮腕一本程度、ということね。髪と血だけと考えればこんなものか…」

「気を確かに持ってください。こんな無茶をして、生きているだけで僥倖ですよ」


 励まそうとするが、セフィリアは一向に項垂れたままだ。


「せめて」

「せめて?」

「食べようかしら?」


 閃いたと言わんばかりに金色の目を見開いてミコットと呼んだ少女を見つめる。その目はまるで子供のように蘭々と輝いていた。


「………何考えてるんですか」

「あれ?いい考えだと思わない?仮にもマルクトの人間の腕よ。体に取り入れたらすごい力が得られたり得られえなかったり」

「得られても食べないでください!人間の腕ですよ!食べたら人食いですよ!何でそな突拍子もないこと考えつくんですか、常識で考えてください。第一この腕は今の今まで誰かの肩にくっついていたんですよ。いきなり腕が無くなってその人は絶対に困っています。そんな人の腕を食べるなんて正気の沙汰ではありません!」


 あまりの剣幕に気圧されたのか、セフィリアは少し退く。


「そ、そうね。どうかしてたわ。ごめんなさいミコット…」

「わかってくれましたか」


 理解を示してくれたセフィリアにホッと胸をなでおろすミコット。しかし、


「生は無理よね。せめて焼かないと…」

「調理法の問題じゃないです!」


 全く理解されていなかったことから思わず声が大きくなる。


「わ、わかってるわよ。いきなり食べたらどうなるか判らないものね、まずは誰かに食べさせてから…」

「食わせるんかい!」

「あ、どうせならミコットが食べる?あなたに更に力が加わったらすごいことに」

「食べるかぁ!」


 口を大きく開けてクワッと威嚇するミコット。残念ながらその容姿のせいでまったく怖くない。まるで毛を逆立てた小動物。子リスか子猫が威嚇しているようなものだ。

 それを見て突然セフィリアがミコットに抱きついた。


「ちょ、え?セフィリア様?」

「うぁ、もう可愛すぎ。なんでこんなに可愛いんだろ。もう、ハグハグしちゃうんだから」

「やめてください。あ、やめ、そこは、……やめろっていてんでしょ!この馬鹿王女!」

「はうっ!」


 ミコットの拳が鳩尾に突き刺さりひっぺがされる。王女と呼ばれたぐらいであるからミコットの方が身分は下であろう。それでも躊躇のない渾身一撃を決め、ふんぞり返っている少女がそこにはいた。


「いい加減にしてください。消し炭にしますよ」


 少女とは思えない圧を飛ばすミコット。その目は余りにも冷たく、言うことをきかなければ本当に消し炭にされそうな勢いである。


「ごめんなさいでした!」


 あろうことか土下座、それも地面に頭を擦りつけるほどに深く。確かに王女と呼ばれていたはずなのだが威厳の欠片も存在しない。よほど慣れているのか一連の動作は洗練すらされており、土下座だというのに美しさが感じられる。


「はぁ、もういいです。頭を上げてください。仮にも王族なんですから、気安く頭を下げないでくださいよ」


 さすがに呆れぎみのミコット。おそらく日常的なやり取りなのだろう、諦めにも似た表情で窘める。


「そうね、冗談はこのぐらいにして」

「…冗談だったんですか?」

「半分ぐらい。さすがにそんな無茶はしないわよ。多分…」


 半分は本気だったのかと思案すると共に最後の「多分」に引っかかりを覚えるミコット。


「それで、実際どうしましょうか?これ?」

「どうしたものかしらね…これ。仮にも私の命をかけて呼び出したものよ。無駄にはできないし…」

「所詮、腕一本分の命ですけどね」

「最近遠慮ないわね。泣くわよ」


 無駄な会話も混ざっているが、本当にどうしようもないといった感じである。途方に暮れてしまう二人。セフィリアは土下座の姿勢から上半身をお越し、そのまま近くの壁にもたれかかる。隠してはいるが辛そうだ。くだらない発言を続けているので判りにくいが相当疲弊している。


「本当に、大丈夫ですか?」

「どうなんだろ。初めてのことだから判らないけど、体中の力が一気に吸い取られた感じかな。生きてるから問題ないと思うけど」


今になって息が荒くなってくるセフィリア。心配させないように無理をしていたらしい。


「お水、持ってきますね。待てってください」

「ありがとう」


 私がいない間に食べちゃ駄目ですよ、と付け加えて部屋を出ていこうとするミコット。しかし、


「あれ?」


 ガチャガチャとドアノブを回すが一向に扉が開く気配がない。古い屋敷なので立て付けは差ほど良くはないのだが、それにしたところで異常であった。そしてミコットが一つの事に気が付く。


「セフィリア様、ちょっといいですか?」

「ん?開かない?壊しちゃてっもいいわよ。別に使ってない部屋だし」

「壊したら誰が直すと思ってんですかって、そうじゃなくて、これ。この魔方陣、いつ消えるんですか?」

「へっ?」


 セフィリアの行なった術式により浮かび上がった魔方陣、紫と黒で編まれた不気味な文様は未だに部屋中に走っていた。もちろん、扉の上にも一様に広がっている。

 普通は術式が完了すれば魔力で編まれたそれらは消え去るものなのだが一向に消える気配は無い。仮にもイエソドとマルクト、二つの世界をつないだ魔方陣だ。少女の細腕一つで壊せるものではない。


「まだ、終わって…いない!」


 セフィリアが気付き言葉を発すると共に再び魔方陣が光を放つ。光とはいっても紫と黒、辺はどす黒い色に侵食されていく。


「がっ!」


 光が増すと共にセフィリアが勢い良く吐血し、純白のドレスが赤黒く染まっていく。白地に赤と非常に判別しやすいコントラストがミコットの危機感を激しく刺激した。


「セフィリア様!」

「来るな!」


 近づこうとするミコットを間髪入れずに静止する。何故止めたのか自分にも判ってはいない。今の状況を飲み込めてなどいないのだから。


(何よ…これ。まだ、術式は終わってなかった?何らかの干渉で一時的に停止していた?でも、外部からの干渉なんてできるわけ…)


 セフィリアは事態を必死に飲み込もうと思考を巡らす。しかし、そうしている間にも体からは夥しい量の魔力が吸い上げられていく。いや、最早生命力といった方が正しいか、確実にセフィリアの命を蝕んでいた。


「誰よ…術者100人分…なんていったの………全然足んないじゃ…ない」


 遂には精神だけではなく、肉体にまで影響が出始める。白い肌は所々裂け、内蔵が痛むのも実感できた。筋肉が断裂していっているのだろう、微かにプチプチと引きちぎれる音も聞こえる。遂には純白のドレスが均一な深紅のドレスへと姿を変えた。元々この色であったと言われれば信じてしまうほどに綺麗に染まっている。


「死んで…たまるか‥私は取り戻すんだ」


 そんな状態になってもセフィリアの目は死んでいなかった。絶対に生き残るという強い意思が確かに宿っている。彼女はどうあっても死にたくないらしい。


「そんなに、欲しければ………持って行け!」


 大声でそう叫ぶとありったけの力を魔方陣に叩き込む、セフィリアの全身から銀色の眩い光が発せられ充満していた紫と黒の光を飲み込んでいく。


 一時の静寂、光は消え、壁に走っていた紫と黒の魔方陣も消え去っていた。唯一動けるであろう少女、ミコットはまだ何が起こったのかも理解できず辺を見渡している。


 視界に入るのは二つの人影、一つはミコットもよく知る人物。セフィリアという王族の女性、この二人の関係は判りかねるが少なくとも悪い関係ではないだろう。


 そしてもう一つは黒い塊、おそらくは人。だが異常であった。明らかにボロボロである。着ている服は所々破け、見た目からも全く精気は感じられない。生きているのかすら疑わしい。


 もはや半分放心状態でセフィリアへと近づくミコット。こちらも負けず劣らず死体のようだ。この後死体を二体片付けると思うと頭が痛い、などとは考えていないだろう。しかし、葬儀の用意を先にした方が効率的だと思わせる状況だ。


「セフィリア…様?」

「…ギリギリ…だった」


弱々しいながらも返答があり、ミコットの顔が一気に綻ぶ。


「今、治しますね」


 近づけば一目瞭然、セフィリアの体は傷だらけでとても見られてものではなかった。涙を拭いながらミコットは治療を始める。しかし先程より傷の治りが遅い。相当に危ない状態であった。


「大丈夫です…絶対、治しますから」

「ええ…信用‥してる。それより、あれ」


 体を動かすことはできないようで、顔を軽く動かして指し示す。その先には黒い塊。


「多分、マルクトの人間。ですよね…生きてるんでしょうか」

「死体だったら…ノーカウントでお願い」

「無理ですよ…」


 セフィリアはそのまま倒れる様に横になり眠ってしまった。呼吸は安定しており、本当に一命は取留めたようだ。


「寝ちゃい、ましたね」


 死んだように眠るセフィリアを優しい笑で見つめるミコット。

 治療を続けること数分で目に見える傷はほとんど消えていた。もっとも、体の中はどうなっているかは判らない。今後も予断を許さないだろう。


「あとの問題は、あれをどうするか、ですね」


 判断を仰ぐべき術者の意識はない。かといって放って置くこともできない。今度こそは本当の意味でセフィリアが命をかけて呼び出した人間。死んでいるならともかく、生きているのであれば助けなければならない。そうしなければセフィリアが目を覚ました時にとても顔向けできない。


 まあ、死んでしまったら最初から死んでいたことにすれば何の問題もないのだが。この少女はそんなことを考えつくほど腐ってはいなかった。


「…生きてますかー?…意識はありませんかー?」


 意を決して近づくミコット。呼び出された黒い塊はやはり人間であった。

 そこに居たのは黒い髪の男。髪は耳の位置よりも長く、男性としては大分長い部類に入るが中性的な顔立ちのおかげか似合って見える。年齢は20代前半あたりだろうか。ボロボロであるため少し高めに見えているのかもしれないが10代ということはないだろう、とミコットは自分とそれ程年齢が離れていなさそうだと思案する。


 黒に見えた服は血に染まったコートであった。既に血が赤黒く変色しているために黒と思ったようだ。これだけの出血では死んでいるのではないかとミコットに不安が過ぎる。


 呼びかけに何の反応も見せないため揺さぶってみるが、それでも一向に反応はない。拉致があかないので思い切って脈を確認すると、トクトクと脈打っていることが確認できた。よく見れば呼吸もしている。


「生きてる…みたいですね」


 危険はないと判断し、こちらも治療をしなければと服をはぎ取ろうとするミコット、一番上に着ていた大きめのコートは直ぐに脱がすことができたが、その内側はミコットとっては理解不能、複雑に絡み合った幾つものパーツからなっており全く外し方が判らない。


「どうなってるんですか、この服は」


 急がなくてはと服を脱がすのは諦めて傷の手当を優先すことにしたようだ。体全体に無理やり治癒を施そうとする。しかしどうして、ミコットには治療の手応えが全く感じられなかった。


「えっ?この人、怪我してない?」


 見た目は明らかにボロボロであったのに、傷らしい傷はひとつも見当たらない。服が敗れているので返り血のみとも考えにくく、全くもって奇怪な状態だ。


「あ〜、私にどうしろって言うんですか。誰か教えてくださいよ。」


 そんな叫びは誰にも届かず、虚しくこだまするだけであった。結局は二人の人間をベットまで運ぶことになったミコット。運ぶ間に何度も二人の頭をぶつけてしまったのは彼女だけの秘密である。

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