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藍色の創世記  作者: 星霜
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プロローグ

 これが、俺にとってのすべての始まり。

 誓いも、悔し涙も、覚悟とともに絶対に忘れない。忘れては、いけない。





 穏やかな昼下がり。涼やかな風に身を任せ、草の上で寝転ぶと、雲一つない青空が視界に広がる。ゆったりと目を閉じれば、遠くに鳥たちの鳴き声が聞こえてくる。

「平和だなあ……」

 欠伸を噛み殺し、目を強く開閉してみる。しかし眠気に負けかけた時、遠方から張り上げた声が届いた。

「おーい、ユウ!休憩は終わりだとよ!」

 俺は仕方なく重い体を起こすと、隣に置いていた剣をゆっくりと持ち上げる。この重量感には、なかなか慣れない。

「今行く!」

 俺も倣って声を張り上げ、重い身体を叱咤して駆けだした。


 ここはカメル王国辺境の村、ヴェルノア。緑豊かで一見平穏な場所だが、国境に面しており、獣による被害が絶えないところでもある。

 俺の家は、そんなヴェルノアの管理を任されている、所謂貴族であった。しかし王都貴族に連想されるような優雅な生活を送っているわけではなく、むしろ国境最前線で戦うことを役割としている。衣食住の不安こそないが、決して裕福であるともいえない。

 大人になったら、命を危険にさらしながら戦いに身を投じることになる。厳しい訓練は、未来への保険だ。

「ただいま戻りました!」

 急いで訓練場に戻ると、先程呼び戻してくれた次兄・キャメロがいた。俺は三兄弟の末であり、長兄とも次兄とも5年ほど年が離れている。

「休めたか?午後も厳しくいくからな!」

 そう豪快に笑ったのは、ヴェルノア騎士団の教官・キース。座学の類は兄や母が教えてくれるが、剣と魔法に関しては専門の人に教わるべきだというのが、家の方針である。父も専門の人に違いはないのだが、なにぶん忙しいらしく、職権を乱用して騎士団から連れてこられたのが彼である。キースは騎士団でも新米騎士の指導を担っているそうで、俺たちにも様々なことを教えてくれている。

「基礎は午前やったからな。午後は手合わせだ」

 キャメロと剣先をあわせて向かい合う。背丈は相手の方が随分高いが、威圧感は全くない。

「はじめ!」

 教官の声に反応して、初めに動いたのはキャメロだった。右から鋭く胸あたりを狙ってきたので、冷静に弾く。体勢が崩れたところを見計らい、彼の胸元に飛び込んでいった。キャメロは背丈が高く、手足が長いためリーチはあるが、接近戦に滅法弱い。数度と打ち合うことなく、俺の剣先はキャメロの腹をとらえていた。

「ありがとうございました」

 互いに頭を下げ挨拶を終えると、教官からいくつかの指摘と助言がとんでくる。それを聞いていくつか質問し、それがなくなればまた兄と向き合う。


 次兄は身体の扱いが苦手で、剣の扱いは既に俺の方が上手いし、魔法にいたっては素質がない。しかし頭の良さは家族の中でも群を抜いており、俺には理解のしようもないような難しい研究をしているらしい。以前、研究資料なるものを見せてもらった事があるが、何が書かれているのか全く理解出来なかった。


「おや、精が出るね」

 しばらく打ち合ってると、最近では珍しい声が聞こえた。振り向くと、長兄・シルバーが立っていた。黒地に、青と金の刺繍の複雑な装飾が施されたローブ……魔術師の装いだ。

「シル兄、帰ってきてたんだ!」

 シルバーは文武両道を絵に描いたような人で、魔術の扱いにも長けている。優秀な魔術師のみが集まる機関に所属しており、最近はそちらの任務で忙しくしているようであった。機関はその存在こそ知られてはいるが、その実態については謎に包まれている。守秘義務があるらしく、シルバーも任務内容について口にすることはなかった。

「ああ、やっとひと段落ついてね」

 そう微笑んだシルバーの顔には、疲れが滲んでいた。

「かなり大きな任務だったから、しばらく休みを貰えてね。しばらくは家にいるからな」

 シルバーは近づいてくると、いきなり俺の頭をわしゃわしゃと撫でた。

「わ、やめろ!」

 あわてて手を振り払い距離を取ると、シルバーはいたずらっ子のように笑っていた。その様子があまりにも楽しそうで、俺は文句を言うに言えなくなってしまった。

「あはは、いいな。帰ってきたって感じがする」

「……シル兄、任務は大変?」

「大変じゃないと言えば、嘘になるかな」

「嫌になったら帰ってくればいい。騎士団も大歓迎するだろうよ」

 俺よりよほどへばっていたキャメロは、寝転がったまま会話に入ってきた。少し離れたところで、教官は大きく何度も頷いている。

「いいや、嫌なわけではない。任務について詳しくは話せないが、やりがいがあって悪くはない毎日だ」

 家に帰れないのは寂しいけどな、と言いながら両手で頭を狙ってきたので、俺は必死に抵抗する。

「じゃあ、久しぶりに魔術を教えてよ」

「お、いいぜ。今日はもう遅いから、また明日な」

 シルバーは攻撃の手を止め、快諾した。


 次の日。

 キャメロと剣を交えた場所で、今日はシルバーと向き合っていた。魔術というものは、教えるのも教わるのも簡単なことではない。特別な資格を持っていない者が教えることは国法で禁止されているし、そもそも魔術は素質がなければどんなに訓練したところで全く使えない。『機関』に所属しているシルバーも、教えられるのは基礎までだそうだ。それ以上のことを教えるには、国の定める試験を受け、合格する必要がある。

 しかし、俺はまだ基礎を固めきれていない自覚がある。基礎さえ教えてもらえるのであれば、十分だ。

 シルバーは人差し指を軽く動かしただけで、遠くに置いてあったはずの桶を飛ばせて運んでくる。地面にふわりと置かれた桶を見ると、大量の水が入っている。

「では、まずは水の操作術からいこうか」

 シルバーの言葉に頷き、俺は手のひらを水に向け集中する。魔術はイメージを現実世界に描写するものである、細部まで想像する力をつけろ。魔術師を志す者は誰しもが、最初にそう教わる。俺は桶の水がひとりでに丸くなって、宙に浮く様子を想像する。


 魔術と括られ言い表されてはいるが、その実態は未だ謎に包まれている。大抵の魔術は、先達が「やってみたら出来た」から始まっているため、理論が曖昧なままのものがとても多い。昨今は研究が進み、様々な応用魔術があらゆる分野で活躍しているが、そもそもの『魔術とは何か』が未だ解き明かされてはいない……らしい。酒が入ると、シルバーはいつもこの話を繰り返すのだ。そしてキャメロが、自分に魔術の素質が無いことを嘆くまでがいつもの流れである。

「ユウ、集中」

 思考が逸れたことを見抜かれ、咎めるように声が飛んでくる。俺は再度集中して、水と向き合う。手のひらですくうように、水の一部だけが宙に浮く。それがきれいな球体になって、その向こう側にシルバーの姿が見えて……。

「よし、上出来だ」

 シルバーが手を打ち、俺は水からシルバーへと視線を移した。球体がただの液体に戻り、パシャンと軽い音を立てて桶へ戻っていく。

「まだ、集中しないと全然だめなんだ」

「……いや、ユウには素質があるよ。きっと俺より」

「まさか」

 ただの慰めか冗談かと思いシルバーを見ると、彼は想定よりずっと真面目な顔をしていた。

「魔術というのは、残酷なまでに素質が全てなんだ。極めようとするほどに痛感するよ」

「でも俺、まだまだシル兄とは比べものにならないよ。それに、シル兄は今の俺くらいの時に、もっといろんな魔術が使えてたって騎士団の人から聞いたよ」

 卑屈でもなんでもなく、シルバーより自分のほうが優れているとは到底思えなかった。しかし、シルバーは桶を真剣な顔で見つめ続ける。

「これ、見てごらん」

「桶?……別に何も変なところなんてなさそうだけど」

「いいや、最初より少し水量が増えてる」

 シルバーは断言するが、俺は最初の水の量なんて覚えていない。

「気のせいじゃないか?俺は水を増やそうなんてしてないし、そもそもやり方なんか教わってもないし」

「気のせいではないよ。増えてるんだ」

 俺は言葉を重ねるが、シルバーは確信しているようだった。

「水に限らず、何かを増やしたり減らしたりする魔術は、中等魔術以上に分類されている。俺は、流石に教わらずに中等魔術は使えなかったよ」

 たとえそうだとしても、俺は水を増やそうとして増やしたわけではない。むしろ、余計なことをしてしまったのだから単に技術不足なだけなのではと思ったが、今のシルバーに伝えても否定されるだけな気がしたため、黙っていた。


 その後も基礎魔術の訓練は続き、日が傾く頃になると、俺は疲労で立てなくなってしまっていた。

「訓練はしているようだが、やはりまだまだだな。日々、弛まず続けることだ」

 そう総評して、シルバーは満足そうに笑った。俺は疲れた身体に鞭を打って、屋敷に帰るシルバーについていく。

「お、帰ったか!久しいな、シルバー」

 玄関を開けると、いかつい顔の巨漢の男がいた。名をゼノといい、ヴェルノア騎士団団長兼、ヴェルノア辺境伯兼、……俺たちの父親だ。

「父上、ただいま戻りました」

 シルバーが丁寧に礼をすると、父上はニッと笑った。

「いつぶりか、今日は皆で食事が出来るな」

「キャメロは戻っていたのですか?」

「ああ、少し前にな。天候と魔法具の関係性の研究がどうだとか言っていたが、俺にはさっぱりわからん」

「私にも、キャメロの研究内容は理解できるとは思えません」

「そうか?まあ俺にとっては、シルバーもキャメロもすでに手を離れ、自分のやるべき事を見つけた頼もしい息子たちに違いはない」

 無論、ユウジーンも期待している。父上は俺を見てそう付け加えた。

 

 ダイニングルームに着くと、既に母上とキャメロが座っていた。10人ほど座れる大きなテーブルには、銀食器等がセッティングされていたが、料理の類はまだ来ていないようだ。

「お疲れ様。さあ、お食事にしましょう」

 母は穏やかな笑顔で俺たちに席を勧める。

 父上は武に優れた人物であるが、母上は魔術に優れた人物であり、俺たち兄弟は最初に母上に魔術の指導を受けている。もっとも、シルバーは上達が速すぎて、すぐに騎士団の魔術師から教わることになったのだが……。

 皆が席につくと、流れるように料理が運ばれてきた。率先して皿を運んでくる料理長は何も言わないが、俺たちが久々に揃っているのを見て、嬉しそうな顔をしている。

 全ての準備が整ったことを確認し父上は、

「では、我らが神に感謝と祈りを」

 と手を合わせて目を瞑る。俺たちも手を合わせ目を瞑ると、しばらく静寂の時が流れた。

 たっぷり間をとると、父上が「では、いただこう」とゆっくりとした動作で食器を手に取った。俺たちもそれにあわせて動き出す。

「流石、料理長。どれも美味い」

 黙々と食べるキャメロ。

「しかし、長い任務だったな。機関とやらについては詳しくは知らんが、奴らが請け負う使命はどれも重要なものだと聞いている。これからもしっかり励めよ。しかし、不要な無理はするな」

「はい、父上」

 シルバーと父上は久々の会話を楽しんでいるようだった。そしてそれを見つめ、微笑んでいる母上。俺にとっての平和の象徴だ。

「今日はシルバーに魔術を見てもらったと聞いたわよ」

 料理を見渡し次は何に手をつけようか思案していると、母上が話しかけてきた。

「うん、基礎を一通り」

「二人とも、もう私より達者なのではないかしら」

 謙遜しているが、母上は魔術師団でかつてエースと呼ばれていた人物であると聞いている。シルバーはともかく、俺はまだ母上に勝っている点はひとつもないだろう。

「母上もシルバーも俺のことを過剰評価してるよね」

「そんなことないわ。私も自分の魔術に自信があるの。私は他人より優れた魔術師だという自信がね。だからこそ、貴方達がとても特別な才能を持っているって、分かるのよ」

 母上は口調はとても穏やかだが、話はいつも抽象的で理解が難しい。俺は答えに窮して、料理へと目を逸らした。


 皆があらかた食べ終えた頃、父上が一際大きな声を出した。

「お前ら。明後日、騎士団の山狩についてこないか?」

「遠慮しときます」

 間髪入れずに答えたのはキャメロだった。彼が外出を厭うのはいつものことなので、父上は苦笑だけ返してシルバーと俺へ目線を送る。

「是非、ご一緒します」

「じゃ、俺も行きます」

 快諾したシルバーと便乗した俺に、父上は大きく頷いた。

「決まりだな。二人とも明日はゆっくり休め」

 俺が実戦に立ち会える機会は多くない。尊敬する家族が期待してくれているようだし、気合を入れて頑張らなければと、強く思った。


読んでくださり、ありがとうございます。

初投稿ゆえ、至らぬ点も多々ございますが、何卒引き続きよろしくお願いします!

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