レイヤー6 入稿確認
三日目の朝。
空気は静かで、無駄な音がない。
後美洋蔵は、整え終えた原稿を机の上に並べていた。
順番、向き、余白。
すべて確認済み。
手は止まっている。
やるべき作業は、すでに終わっている。
扉が開く。
「……もう来ていたのか」
研究員が入ってくる。
目はまだ完全に覚めていない。
机の上の原稿を見て、動きが止まる。
「完成、しています」
洋蔵は淡々と言う。
「最終確認も終えました。問題ありません」
研究員はゆっくりと近づき、紙を手に取る。
ページをめくるごとに、表情が変わっていく。
「……揃っているな」
「はい」
「どこを見ても、違和感がない」
「それが正常です」
短い返答。
しばらくの沈黙の後、研究員が顔を上げる。
「で、これをどうする」
洋蔵は一拍置いて答える。
「入稿します」
「……入稿?」
また知らない言葉だった。
「最終データを、使用可能な状態で引き渡す工程です」
机の原稿を指す。
「これは設計図です。このままでは現場では使えません」
「では、どうする」
「複製と展開です」
紙を一枚持ち上げる。
「同一品質で複製し、必要な場所に配布する。
誰が使っても同じ結果になる状態にします」
研究員は考え込む。
「今までは写本師に任せていた」
「品質は揃っていましたか」
「……いや」
「なら、揃えます」
即答だった。
「そのための基準も用意します」
別の紙を差し出す。
そこには、線の太さ、間隔、配置ルールが細かく記されている。
「これは……」
「再現手順です」
「誰がやっても同じになるように」
研究員はゆっくりと息を吐く。
「そこまでやるのか」
「やらないと崩れます」
視線を外さない。
「設計は、再現できて初めて意味があります」
部屋の空気が静まる。
やがて研究員は頷いた。
「分かった。手配する」
「お願いします」
洋蔵は軽く頭を下げる。
納期は、今日。
だが作業はすでに完了している。
残っているのは、正しく届けることだけだ。
机の上の原稿を整える。
後美洋蔵、45歳。
異世界出向中。
仕事は最終段階へ進む。
仕上げたものを、
正しく世に出す。
自分の仕事が全体の
どこからどこまでなのか
俯瞰で見るようになる




