レイヤー4 修正は?
校正を終えた紙が、机の上に戻ってくる。
赤い印がいくつか入っていた。
線のわずかなズレ、文字の間隔、意図と異なる読み順。
後美洋蔵は一通り目を通す。
「……想定内です」
小さくそう言って、ペンを取る。
向かいの研究員が口を開く。
「これだけ整っていても、まだ直すのか」
「直します」
即答だった。
「完成に近いものほど、細部の影響が大きくなります」
紙を一枚めくる。
「ここ、交点がわずかにズレています。使用時には問題なく見えても、魔力の流れが歪む可能性があります」
「……そこまで分かるのか」
「分かるように作っています」
淡々とした口調。
線を引き直す。
文字間を詰める。
不要な余白を削る。
作業は静かで、迷いがない。
研究員はその手元を見ながら言う。
「最初から完璧に作れないのか」
ペンが一瞬止まる。
「無理です」
短い返答。
「人間が作る以上、必ずズレます」
再び手が動く。
「だから、直す前提で作る」
「……前提、か」
「はい」
紙の端を軽く押さえる。
「初稿、校正、修正。この流れで精度を上げていきます」
「一度で終わらせるより、回数を重ねる方がいいと」
「結果的には」
迷いのない答えだった。
やがてペンが止まる。
「一旦、ここまでです」
差し出された紙は、明らかに先ほどより整っていた。
線は揃い、文字は均一に並び、全体に無駄がない。
研究員が受け取り、ゆっくりと頷く。
「……違うな」
「はい」
「同じ術式のはずなのに、別物に見える」
洋蔵は静かに答える。
「別物です」
わずかな沈黙。
「精度が違えば、結果も変わります」
研究員はその言葉を咀嚼するように黙り込む。
やがて顔を上げる。
「これで終わりか」
洋蔵は首を横に振る。
「もう一度、校正を入れます」
「まだやるのか」
「はい」
当然のように答える。
「修正後は、新しいズレが生まれる可能性があります」
深く息を吐く研究員。
「終わりが見えないな」
「見えています」
洋蔵は静かに言う。
「納期がありますから」
その一言で、空気が引き締まる。
三日という期限。
その中で、どこまで精度を上げられるか。
ペンを置き、紙を整える。
後美洋蔵、45歳。
異世界出向中。
仕事は単純だ。
直すべきものを、直す。
それだけだ。
何が正しいか
何が間違いか
考えながら修正する




