レイヤー1 異世界に出向
目が覚めてから、どれくらい時間が経ったのか分からない…。
木の天井
硬い寝台
見慣れない衣服
状況を一つずつ確認するたびに、「ここは元の世界ではない」という現実だけがはっきりしていく。
後美洋蔵——45歳
DTPデザイナー
それだけは、はっきりと覚えていた。
それ以外は曖昧だ。
だが、仕事の感覚だけは消えていない。
部屋の扉が軋んで開く。
入ってきたのは、粗末なローブを着た男だった。手には分厚い本を抱えている。
「目が覚めたか。倒れているところを拾ったんだが……お前、どこの者だ」
「後美洋蔵です。それ以外は……分かりません」
男は眉をひそめる。
「記憶はあるが、身元は不明か。厄介だな」
机の上に本が置かれる。革張りの魔導書。
洋蔵は自然と手を伸ばし、ページを開いた。
円の中心がずれている。
線の間隔が揃っていない。
文字の配置もバラバラだ。
一瞬で分かる。
「……これ、設計が甘いですね」
男が反応する。
「設計だと?」
「このままだと、魔法が安定しないはずです」
「……その通りだ」
短く答えた男の声には、わずかな緊張が混じっていた。
洋蔵は机に向かい、インクと羽ペンを取る。
「少し直します」
円を引き直す。
中心を合わせる。
線を均一にする。
文字を整列させ、余白を調整する。
作業は無意識だった。
数分後、紙を差し出す。
「これで試してください」
男は半信半疑のまま、図に手をかざす。
次の瞬間、安定した火が現れる。
揺れず、暴れず、均一に燃え続ける炎。
沈黙。
「……なんだ、これは」
「整えただけです」
洋蔵は淡々と答える。
男は本を閉じ、強く言った。
「ついてこい。報告する」
外に出ると、石造りの街並みが広がっていた。
ローブの人間、鎧の兵士、荷車。
完全に異質な世界。
歩きながら、男が言う。
「俺は魔導師ギルドの研究員だ。お前は——後美洋蔵だったな」
「はい」
「お前は“出向者”だ」
その言葉に、洋蔵はわずかに目を細める。
「元の所属も分からんが、使える人材だ。なら現場に回す」
会社と同じ理屈だった。
洋蔵は小さく息を吐く。
異世界でも、やることは変わらない。
整っていないものを、整えるだけだ。
「了解しました」
その返答は、かつて何度も口にしてきた言葉だった。
後美洋蔵、45歳。
異世界にて、業務開始。
ここはどこ?




