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恋を描けない伯爵令嬢 ーその絵は嘘をつかない  作者: 夏つばき


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7 聖女、それとも悪女


馬車に乗り込んだ途端、エレノア様が目を丸くして言った。


「アリス様のご家族は、アリス様をとても大事にしていらっしゃるのですね」

「お恥ずかしいところをお見せして、すみません。友人が少ないものですから、私が友人と出掛けると言ったら、感激したようで」


「あら、少ないのですか?」

「ほとんど家から出ないので、多い方ではありませんね」

「では、ぜひ私とお友だちになってください。私、アリス様とお友だちになりたいと心から願っていましたの」


エレノア様からの思いがけないお願いに、思わず息を呑んだ。

公爵家令嬢であるエレノア様なら、わざわざ私と友だちにならなくても、きっと周りには素敵なご令嬢たちがいくらでもいるはずだ。


「え、ええ。では、よろしくお願いします」

「よかったな。エレノア」

「ええ!お兄様、アリス様を紹介していただいて、本当にありがとうございます」


隣で複雑そうな顔をしているのは、アーサー様だ。

エレノア様がどうして私を気に入ったのかはわからないが、その眩しい笑顔は、どうせならアーサー様に向けてあげてほしい。

しょんぼりと肩を落とした姿は、まるで叱られた大型犬のようで、思わず慰めてやりたくなる。


「それにしても、アリス様はご家族と似ていないんですね」


エレノア様の疑問は、本当に何気ないものだった。

私と義父たちは、体格も髪や目の色も、どれひとつ似ていないのだから当たり前だ。

けれどその瞬間、ルーク様たちの眉が、わずかに寄った。


(・・・・・・もしかして、知っているのかしら?)

私の生い立ちは、隠しはしていないが、公にもしていない。

でも、本気で調べれば、すぐに辿り着く過去だ。


(・・・全部を話す必要はないわ)

詳細まで語れば、空気は暗くなるだけだ。


だからこそ、笑顔を崩さず軽やかに話す。

そうすれば聞く人も肩の力を抜けるだろうし、何より自分が楽だ。


「私は養女なんですよ」

「まあ、そうなのですか?」

「ええ。幼い頃に両親を亡くしまして。母の兄だったブラックウッド伯爵が私を引き取ってくれたのです」

「そんなお辛いことがあったのですね。知らずに聞いてしまって、申し訳ありません」

「いいえ。そんなことないですよ」


不幸な事故だった。

両親の死は、空気が悪くなったことが原因だった。

寒かったらから薪を焚きすぎたのか。それとも、煙突が詰まっていたのか。

村の年寄りたちによれば、昔にも同じような不幸な事故があって、人が亡くなったことがあるらしい。


話題を変えようとしたのだろうか。

ルーク様が、ふと私のドレスを褒めてきた。


「アリスちゃん。そのドレス、とても似合っているね」

「本当に素敵ですわ。アリス様は、青色がお似合いですね」

「ありがとうございます。実は、今日のために義父が誂えてくれたんです」

「そう。いいお義父上だね」


(・・・・・・本当にそうだわ)

義父といい、義母といい、私のためにいろいろ気を配ってくれる。

義兄も口では厳しいことを言うけれど、実際は私が困らないように、さりげなく手助けしてくれる。

裸は見せてくれないが、絵の参考にするための医学書を手配してくれたのは義兄だ。


(・・・・・・・・・母は、ブラックウッド家に泥を塗ったのにね)

肖像画を描きに訪れた父と恋に落ちた母は、婚約者がいながら駆け落ちした。

本人たちは、それで幸せだったのだろう。

だが、後に残された義父の苦労は、想像に難くない。


私に縁談の話が来ないのは、引きこもりがちな性分もあるのだろう。

だが、理由はそれだけではない。

母の一件が、今もなお影を落としている。

半分は平民の血を引き、平民として育った私は、貴族社会ではどうしても敬遠されてしまうのだ。


「今日の舞台、楽しみだよね」

「あら、そうなのですか?ルーク様は、あまり乗り気ではないかと思っていました」

「エレノアに『お兄様には必要な舞台です』と言われたからね。一度きちんと見ておくよ」

「それがいいと思います。女性は、怒ると怖いのですよ。お兄様はこれを観て、女性の怖さを勉強してください」


エレノア様が悪戯っぽく微笑むと、ルーク様は苦笑いしながらアーサー様の肩に手を置いた。


「やれやれ、困ったものだな。俺たちは今日、エレノアにやり込められに来たようなものだな」

「私には、関係ないけどな」

「アーサー!一人だけ、いい顔をしようとして」

「そんなことはない」

「ふふふっ。今日の舞台、楽しみですよね!」


明るい笑い声を響かせながら、馬車は静かに進んで行く。


正直、貴族の友人は面倒だと思っていた。

でも、こうして話してみると、案外悪くないものだ。

余計な詮索もされないし、過剰に気を遣われることもない。

人と接するのは苦手だったけれど、この三人なら一緒にいても苦ではなかった。



◇◇◇


「さあ、着きましたよ」


意気揚々とエレノア様が劇場の階段に足をかけたその瞬間、前から妖艶な美女が降りてきた。


陶器のように白い肌、真っ赤な口紅。

黄金色の巻髪は丁寧に結われ、髪に挿された深紅の薔薇が、その美しさを際立たせている。

そして何より ーー女性らしい曲線美。

女性の私ですら、思わずくらくらするほどの艶やかさだった。


「あら。ルーク様」

「ああ、スカーレット。久しぶりだね」

「本当に久しぶりよね。最近サロンで貴方の顔をお見掛けしないから寂しいわ」


(・・・お知り合いだったのね)

二人の親密な空気に気づき、私はスカーレット様に軽く会釈をした。

そのあと、さりげなくルーク様から少し距離を置く。


「ごめんね。仕事が忙しいんだよ」

「そんなこと言って。他の方と遊ぶのが忙しいんでしょう?」


軽くルーク様を睨むスカーレット様。

その視線に射抜かれたのか、彼は小さくため息をついた。

見渡せば、劇場にいるほとんどの男性の視線が、彼女に注がれている。


「そんなことないさ。俺が、君に嘘をつくと思う?」

「本当に?じゃあ、お仕事が終わったら、今度うちのサロンに遊びに来てね」


スカーレット様は、ルーク様の胸元を人差し指でなぞった。

その仕草に、周囲の男性たちがごくりと息をのむ。

彼女はゆっくりと視線を巡らせ、最後にアーサー様へにっこりと微笑んだ。


「アーサー様もね」

「・・・・・・ありがとうございます」


スカーレット様は、私にちらりと目を遣っただけで、そのまま去って行く。

気づけば、何人かの男性が彼女を追っていた。


「ああいう女性が、社交界では強いのよね」


エレノア様は、その背中を見送りながら小声で囁いた。


「私たちに挨拶もせずに通り過ぎるなんて。本当に感じの悪い方ですわ」

「そうですか?私は気楽でいいですけど」

「男性にだけ愛想を振りまくなんて、あまり気分のいいものではありませんよ」


(・・・それなら、エレノア様から挨拶をすればいいのに)

公爵令嬢のプライドが邪魔するのだろうか。

それとも、どこかに侮蔑があるのか。


「自分が美人だと鼻にかけているのでしょうね」

「確かに綺麗な方でしたよね。絵のモデルになってほしいです」

「そうですか!?」


エレノア様の驚きの声に、アーサー様はすぐさま反応した。


「エレノア嬢、そんな大声を出してどうしたのだ?」

「アリス様が、スカーレット様をモデルに絵を描きたいなんて言うから!」

「ははっ、アリスちゃんらしいね」

「スカーレット様には、『ユディト』が似合いそうですよね」


彼女をモデルに「ユディト」を描けたら、最高だろう。

敵将ホロフェルネスを誘惑し、殺害するユディト。

どんなに妖艶で魅力的なユディトが出来上がるだろう。


「へぇ!意外だね。踊りで誘惑してヨハネの首を求める『サロメ』じゃなくて『聖女ユディト』なんだ?」

「自分で道を切り開いていく人に見えたので」

「ふぅん、アリスちゃんの見方は面白いね」


サロメもユディトも敵の首を取るが、絵画の世界では真逆に描かれる

サロメは官能的に。ユディトは高潔に。

彼女の見た目はサロメだが、その中身はユディトに見えた。


「・・・・・・アリスちゃんは、何を基準に人を見ているの?」

「さぁ・・・?見えたままを、そのままですが」

「ふぅん、そうなんだ」


自分の思考を言葉にするのは、得意ではない。

だがルーク様は眉を開き、柔らかく微笑んだ。


「いいね、アリスちゃん。アリスちゃんの目は、確かだよ」


「・・・・・ありがとうございます」

「そろそろ行こう。舞台が始まってしまう」

「そうですね」


劇場の扉を開けた瞬間、目の前にはまるで別世界が広がっていた。

柔らかな照明がステージを照らし、壁には装飾が煌めいていた。


期待と興奮。

ほんの少しの恐ろしさを胸に感じながら、私は劇場へと足を踏み入れた。



お読みいただき、ありがとうございます。


作中に登場するユディトは旧約聖書外典、サロメは新約聖書の物語をもとにしています。

なお、ユディトを聖女とみなすかどうかは、宗派によって異なりますので、あらかじめご了承ください。


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