6 ブラックウッド家
家に帰ると、義母が目を輝かせながら、今か今かと待っていた。
その様子が少し可笑しくて、でも、少しだけ嬉しくなる。
「おかえりなさい、アリスちゃん!エレノア様とのお茶会は楽しかった?」
「ええ、とても楽しかったです」
私は画材道具をそっと背中に隠す。
エレノア様のお茶会に招待されたと言って、家を出てきたのだ。
まさか、アーサー様を脱がせて絵を描いていたなど、とても言えるはずがない。
「そう!良かったわ!エレノア様は、どんな方だったの?」
「明るくて、楽しい方でしたよ。とても親切にしていただきました」
「アリスちゃんが良い子だからよ!あなたの良さがわかるなんて、エレノア様は見る目があるわね」
(・・・・・・それ、絶対に外で言わないでね)
実の娘相手でも、ここまで親ばか全開な人は、そういないと思う。
ましてや、私は養子だ。
どこをどう間違えたら、こんな溺愛コースに入るのだろう。
「お義母様、ルーク様たちに舞台を観に行こうと誘われたのですが、行ってもいいでしょうか?」
「え?」
「ウィンダム家のルーク様とエレノア様。それから、ベルモンド家のアーサー様がご一緒に・・・」
「まぁ!アリスちゃん!お友だちがたくさんできたのね!?」
「え、ええ」
「なんて素晴らしいの!」
義母はその場でくるくると嬉しそうに回ったかと思うと、次の瞬間には感極まったように涙をこぼし、さめざめと泣き出した。
(・・・・・・言わなければよかったかもしれない)
お洒落で社交的な義母。
私は引きこもって絵を描いているだけで幸せなのに、義母はそんな私をずっと心配していた。
喜ぶ気持ちはわかるが、ここまでとなると、さすがに異常ではないだろうか。
「あの・・・」
「チャールズたちにも、知らせてくるわね!」
声をかけようとその瞬間、義母がぱっと顔を上げた。
それはそれは、見事な満面の笑み。
(・・・あ、これ、駄目なやつだ)
きっと義母は、これから叫ぶ。
家族全員を招集しようと、大声で叫ぶ。
「お義母様、お待ちくだ・・・」
「あなた、あなた~!チャールズも!!アリスちゃんの一大事よ!!!」
(・・・・・・なんで、そうなるの!?)
私が友人と観劇に行くくらいで、一大事にしないでほしい。
だが、義母の「アリスちゃん」の一言で全員が即座に集結するのが、我が家の恐ろしいところである。
義兄は仕事中だったのだろう。
珍しく眼鏡をかけたまま現れた。
少し遅れてきた義父は、庭にいたのだろうか。
息を切らしながら、額と頭の汗をしきりに拭いている。
苦労したせいだろうか、父の頭にはもう一本も髪が残っていない。
「みんなに重大なお話があります」
義母が大げさに告げると、全員で私を囲んだ。
前には義母、横には背の高い義兄と義父に挟まれ、小柄な私は逃げ場がない。
「あ、あの、お義母様・・・」
「アリスちゃんが、お友達と観劇に行きます!」
「えっ!?」
「そうなのか!?」
義父たちは驚いたように目を見開いたが、やがてハンカチを取り出し、それぞれそっと目元を拭いはじめた。
その様子を見ながら、母はうんうんと、いかにも嬉しそうに頷いている。
「・・・・・・アリス、よかったなぁ」
「楽しんでくるんだぞ」
(・・・・・・泣くほどのことかしら?)
涙混じりに、私の肩を優しく叩いてくる。
私が友人と出かけるのは、そんなにも嬉しいことなのだろうか。
「というわけで、今から家族会議を始めます!」
(・・・だから、なんでそうなるの!?)
意味が分からない。
だが義母は、全員を席に着かせ、ものの数分でなぜか私のドレスを新調することが決定した。
「なぜドレスを新しくする必要が・・・?」
「アリスちゃんのお出かけ用のドレスが少ないでしょう?だから買わないとね」
「いいえ、そんな機会はないので必要ありませんよ」
基本私は引きこもって絵を描いているのだ。
そんなに沢山ドレスがあっても、宝の持ち腐れである。
それに、ブラックウッド家は生活には困っていないが、金持ちではない。
「これから、お友だちと遊びに行く機会が増えるかもしれないからね」
「母上。折角だから、もう何枚か追加しておいた方がいいと思いますよ」
「そうだな。備えあれば憂いなしだからな」
「じゃあ、決まりね」
義母が嬉しそうに手を叩く。
(・・・次の予定なんて、ないんだけど!?)
義母の心底嬉しそうな顔に、思わず頬が引き攣る。
友人なんていない。
いや、そもそも必要だと思ったこともない。
私はただ、引きこもって絵を描いていたいのだ。
「じゃあ、今からお店に行きましょうね」
気の早い義母は、もう席から立ち上がった。
お洒落な彼女は、私のための装飾品に、まったくお金を惜しまない。
一緒に買い物に行くと、ついはらはらしてしまう。
「メイジー」
すると義父が、少しだけ厳しい声を出した。
家計を管理する立場として、義母の暴走を止めてくれるのではないかと期待してしまう。
「なぁに、あなた?」
「ドレスは、最高級のものを」
「もちろんよ!アリスちゃんに似合うよう、最新流行のものを仕立ててもらうわ!」
(・・・・・・だめだわ、これは)
そんないいものを作ってもらっても、着ていくところなどない。
お金の無駄である。
常識人の義兄なら止めてくれるかと顔を見れば、彼はおもむろに口を開いた。
「母上」
「あら、チャールズも何かあるの?」
「変な虫がついてもいけませんし、露出は控えめにしたほうがいいですね」
(・・・義兄も駄目だった!)
思わず頭を抱える。
私のことになると、この家の人たちはとことん甘くなる。
こうなると、何を言っても無駄である。
結局そのまま義母に連れられて、新しいドレスを誂えることになった。
帰宅後も騒ぎは収まらなかった。
義父は、私が迷ったときのためにと、劇場周辺の地図を書いて渡してきた。
義兄は観劇の注意事項を次々と並べ立て、義母はメイドのクロエと私の髪型についての会議を始めた。
食事の席でも、話題は観劇のことばかり。
舞台を観るのは私だけなのに、義父たちのほうが浮き足立っているようだった。
そして当日。
ルーク様たちが迎えに来たとき、なぜか一家総出の見送りになっていた。
義父は「遅くならないように」と何度も念を押し、義母は「アリスちゃんをよろしくお願いします」と涙ぐみながらエレノア様の手を取り、当の本人たちを驚かせていた。
さすがに義兄は黙って立っていたが、ただ観劇に行くだけなのに、見送りに出ていること自体が異質だ。
(・・・・・・・・・勘弁してほしいわ)
まるで子どもの初めてのおつかいである。
そんなふうに見送られて、顔から火が出そうになる。
お願いだから、もう少し普通に送り出してほしかった。
だけど、これこそがブラックウッド家なのである。
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