私は彼女のかわいいを独り占めにしたい
高校生になって初めての水族館。
水族館といえばデート。
私、井上みゆは今日人生初デートに来ている。
――好きな女の子と。
「ねえね、あの魚みゆに似てない?」
ぺたぺた歩いてるんだか泳いでるんだかわからない魚を指差してにこにこしてるのは私の好きな女の子、青木まい。
いつもニコニコしている私の好きな女の子。
「えぇ…カエルアンコウって…」
なんとも微妙すぎる魚に似てるといわれて反応に困る。
「え、かわいいじゃん。ほんと、みゆみたい…かわいい。」
水槽に顔がぶつかりそうになるぐらいじーっとカエルアンコウを見つめてる顔は、とても綺麗で可愛くてカエルアンコウに嫉妬してしまいそうになる。
まいは、かわいいという言葉をあまり口にしない。
女子高生なんてみんな何かしらかわいいーっていってそうなものなのに。
そんなまいの貴重なかわいいが魚に向けられ続けるのはおもしろくない。
私にとっては、まいが言う「かわいい」がすごく貴重に感じる。
だから、つい、もっと私に向けて欲しくなってしまう。
「ねぇ…カエルアンコウと私、どっちがかわいいと思う?」
素直に聞いてみた。まいがどう返してくるのか、少しだけ期待して。
「んー、どっちも!かな」
まいはめちゃくちゃいい笑顔で、またしても曖昧な返事をしてきた。
その笑顔があまりにも自然で、あまりにも無邪気すぎて、ちょっとだけがっかりしてしまう。
「どっちがって聞いたのに…」
がっかりついでに不貞腐れた言葉が漏れてしまう。
「えと、いやごめん、さっきの照れ隠し…みたいな?」
「へ?」
まいの言った言葉の意味が理解できずにはてなマークが頭に浮かびまくる。
照れ隠しってカエルアンコウに?
「だからさ…、みゆはかわいーよ。カエルアンコウより」
いつものにこにこ顔とは違う、照れて頬が少し赤くなったまいが視線をそらしながら言った。
「え…本当!?冗談じゃなく?」
「まじまじ、本当だよ…。はい、もういいでしょ?」
頬を赤くしたまままいが私をにらむ。
拗ねたように言うまいは新鮮だ。
その後は水族館をすべて回り終わっても、まいは「かわいい」を口にすることはなかった。
「水族館、久しぶりに来たけど楽しかったね!」
いつものにこにこ笑顔でまいが言う。
「うん、楽しかった。また来たいなー…」
二人で。と心の中で付け足す。
きっと今日をデートだと思っているのは私だけ。
女同士の友達と恋人の境界線は滲んでいて、よく見えないと思う。
でも、今日まいからもらった「かわいい」という言葉は、私を熱に浮かせる。
その言葉が、どこか遠くに消えてしまわないように、大事に心にしまっておこうと思った。