ゆき
しんしんと やわくふるわた いちめんに みやれどあるは すいへいせん
「ここにしようかな。」
銀世界の中に腰を下ろした。ふかふかの雪が腰を守ってくれる。あまり冷たさは感じない。リュックも下ろして一息つく。周りには人一人おらず、静寂が私に寄り添ってくれる。ここまで順調だ。次に進もう。一つ、大きく息をしてゆっくりと意識を呼びだした。
パッと意識が覚める。辺りを見渡すと少し黒い。久々だったがうまくいったようでホッとする。成功した。スタスタと歩くと一人の少女が現れた。彼女は私を見ると、すぐさま口を開いた。
「もう!なんで全然来なかったの?ずっと待ってたのに!」
「ごめんごめん、ちょっと色々あったから。」
「知ってるけど!ちゃんとしてよ!」
彼女は怒ったような口ぶりでツインテールを揺らしている。腰に手を当てそっぽむいているが、その割には嬉しそうだ。いつも通りの彼女の様子に少し嬉しい。そんな軽口を叩いた後で、彼女は不意に私に尋ねた。
「で、今回はどうしたの?」
いつも通り尋ねられる。私って可愛くないかも、あの人と仲良くなりたい、そんな乙女チックな相談に乗るのが彼女の役割だ。私の話を聞いた後で私を褒めた後キャイキャイするのがお約束になっている。この間も可愛い髪型の相談をした。普段ならこれで正解だけど、今回は違う。私は穏やかな口調で告げた。
「ううん、挨拶に来たんだ。」
彼女の瞳が揺れる。それでも全て察したようで、彼女も穏やかな表情になった。
「そっか。やっとだね。」
それを最後に、心地よい無音が生まれた。どちらともなく座って寄り添う。私と彼女は、ただただ緩やかな時間を共有した。今までと同じように心地よい時間だった。そっと彼女の手に手を重ねる。彼女の手はどこかひんやりしていた。しばらくして、おもむろに立ち上がり彼女の方を向いた。
「そろそろ、彼のところにいってくる。」
「うん、いってらっしゃい。」
笑顔の彼女に見送られながら、再び歩き出した。振り返ることはできなかった。
一人でひたすら真っ黒な空間を歩く。目的地にいくにはただ歩く以外の方法がない。無音の中ただひたすらに歩いていく。心が揺らいではいけない。全てを終わらせるんだ。そう思いながら歩く。結構歩いたな、なんて思っていると扉を見つけた。目的地だ。扉の前できちんと深呼吸する。伸びをして余計な力を抜く。扉を見据え、しっかりとドアノブに手をかけた。大丈夫、そう唱え注意深く扉を開けた。
ふわり、と紙の匂いがした。視線の先の少年は大きな本棚のそばにそっと立っている。中に入って彼に歩み寄った。懐かしく心地よい空気にだんだん体が馴染んでいく。一歩一歩確実に進み、彼の前に来て声をかけた。
「あいにきたよ。」
彼は私を見ると微笑みながら、本を閉じた。読書をしていたようだ。分厚くて古い。彼はいつもそのようなタイプの本を読んでいる。
「うん、いらっしゃい。どうしたの?」
凪いだトーンで話しかけられる。いつも通りの温度だがどこか含みがある。彼は全てを知っている、と悟った。それでも自分で伝えなくてはならない。意を決して彼に話し出した。
「もうぜんぶおわらせようとおもって、それできたの。」
少し言葉に詰まってしまい、下を向いた。少しだけ緊張する。手が震えた。唾を飲んでもう一度口を開く。
「だから、いっしょにきて。」
恐る恐る顔をあげると、彼はより一層微笑んでいた。とても優しい表情に私まで綻ぶ。
「うん、もちろん。」
相変わらずの声色でそう言い、手を広げた。ピンときた私は彼に思い切り抱きついた。離さないように、離れないようにと強く抱きしめた。彼はそんな私を見て少し考えた後、また微笑みを浮かべ抱きしめ返した。あってたことに安堵する。よかった、と思うと同時に彼が私の内側へと消えていく。完全に消えると同時に意識が落ちた。
ぱっと意識が覚める。辺りを見渡すとまっしろだ。久々だったがうまくいったようでほっとする。成功した。これで準備は整った。もう、後悔はなかった。上着を脱いで義手もはずす。代わりに、バイオリンを出してしっかりと抱えた。ゆっくりと雪の上に倒れ込む。ふわふわのわたのような感触が心地よい。そろそろ終わらせよう。一つ深呼吸をして、目を瞑った。