道具
「さあ、ここよ」
ひたすら泣きじゃくった後、私はお母さんに連れられてある部屋にたどり着いた。
「ここで、貴方があの部屋から出てきたときのための用意をしてたのよ」
「本当!?」
きっとそれはパーティの用意なのだろう。
絵本で少女がしていたような、豪華な部屋と食事があるのだろう。
そう期待して、私は扉を開けた。
「さあ、中に入って?」
そして、見た。
華やかではある。だが、決してパーティのために飾り付けられたものではない装飾品。
そして、部屋の中央の床に描かれた、見覚えのある巨大な魔法陣を。
「(え?)」
疑問の答えを出せないまま、お母さんに背を押され部屋の中へと進んでいく。
「ここは、最後の実験のための祭壇が置かれた部屋だ」
「……お父、さん」
私たちの後から現れたお父さんが、部屋の扉を閉じる。
暗くなった空間に魔法陣が怪しく光り、私はその上へと立たされた。
「体は九割完成していたんだ。だが、あと一割。精神に関する部分が未完成だった。その一割が、残りの全てを駄目にしてしまっていた」
「お父さん? 何の話……?」
「だが、今日! お前は自分の意思で部屋を出た! 私の命令ではなく、自分の意思で! ああ、ついに! ついに私の研究が証明される時が来たッ!」
興奮して叫ぶ父の背後。
魔法陣の上に、装飾品には見えない赤黒い岩が置かれているのが目に入る。
それが、どうしてもただの岩には見えなくて、理由の分からない衝動に駆られ、私はお父さんに尋ねた。
「お父さん。……あれは、何?」
「ん? ああ、アレはお前の姉だよ」
「……えっ?」
「言っただろう? お前の前に悪魔を作ったと。その時も今回と同じように私たちの娘を使ったんだ」
言葉が脳に入ってこない。
意味を理解することを、心が拒絶している。
「ああ、でも姉と言うには厳密には違うか。正しく言うには、お前の複製元だな」
「ふく……せい?」
「ええ、私たちの間に生まれた子は、とても良い魔術的素質を持っていたの。だから、有効に使ったのよ」
「そうだ。行き詰まった研究を進めるのに非常に適した素材だった。だから、次の段階、最後の工程でも必要になると考え、お前を複製したんだ」
呼吸が荒げていく。
視界が霞み、足に力が入らない。
体から血液が消え、全身が冷えていく感覚に襲われる。
「不思議に思わなかったか? 何故、何も教えられていない自分に充分な知識があるのか。何故、私たちを一目見ただけで親と認識できたのか」
「それ、は……」
「さあ、最後の仕上げだ。この人工悪魔を使えば、私たちの積年の願いが果たされる!」
お父さんの叫びと共に、部屋に魔法陣の放つ光が満ちていく。
その熱が私へと集まり、膝をつき、無意識に、正面に置かれた赤黒い岩に目が行った。
岩もまた光り、私を反射する。
歪な鏡のように。
歪んだ鏡の向こうの私と、瞳が合った。
「悪魔は願いを叶えるもの! たった一度の願望機! 器は完成し、土台は整った! 不出来であろうと、贋作であろうと、これならば機能の範囲内の筈だ! さあ、悪魔よ、我らが願いを叶えよッ!」
「ま、待って——」
「コレを、より優れた存在へと変えろッ!」
それが、父の唱えた願い。
研究の中でたどり着いた、新しい、より優れた人間のカタチ。
既に設計図とパーツが用意されているなら、悪魔の願いの叶え方は自動的にそれを組み立てることになる。
そうして、私は道具として、その役割を果たした。
ただ一つ、誤算があるとするなら。
私が、自分の意思で部屋の外に出ようと思い至った訳ではないということ。
精神など、まだ完成してはいなかったということ。




