灰の記憶
窓の無い部屋。
唯一の出口である扉には鍵が掛かっていて、内側から開けることは出来ない。
そんな牢屋みたいな小さな空間が私の居た場所で、幼い私が知る世界の全てだった。
「おはよう。アズレイユ。今日も頑張ろう」
朝はいつも、お父さんが部屋にやって来る。
お父さんは魔術師で、私は実験のための道具。
床に描いた魔法陣の上で魔術で体を固定させて、私を解剖する作業を始める。
「〜〜ッ!」
切って、広げて、中身を一つ一つ確かめて。
昨日の実験の成果を確かめる。
体の自由が効かないから、私は痛みに叫べない。
泣けない。
奥歯を噛み締めることも、身を捩ることも出来ない。
早く終わってくれと願いながら、誤魔化すことの出来ない痛みに耐え続ける。
「……やっぱりダメか。昨日の調整も、もうメチャクチャになってる」
「……ッ!」
「何がいけないだろうねぇ」
お父さんがそう呟くと、実験が終わる。
閉じて、繋げて、体を元通りに直して。
中身を昨日と同じように調整し終えると、お父さんはもう私に話しかけることなく部屋から出て行く。
「ハァ……ハァ……」
そして、残されたのはボロボロの人形。
お父さんの修復は完璧で、傷は残らないし、痛みもない。
だから、涙は出ない。
心がただ、次の朝を怖がるだけ。
「(……読まないと)」
積み重なっていく恐怖。
壊れそうになる精神。
それを誤魔化せたのは−−−−
「(本……本を……)」
鏡も、ベットも、何も無い部屋に唯一置かれていたもの。
少女が妖精と旅をする、一冊の絵本だった。
「……いいなぁ」
少女は妖精と出会い、不思議な世界を旅して、やがて綺麗なお城へとたどり着く。
そこで幸せな毎日を送る、私とは真逆の物語。
自分以外の誰も居ない部屋で、一度も外に出してもらえず、毎日が明日への恐怖で塗り潰されてしまう私とは。
「わたしも、いつか……」
何度も何度も読み返した物語。
言葉も、絵も、全て覚えてしまった物語。
「?」
その物語の最後、少女が幸せな毎日を送る絵の後ろに、ある筈のないページがあった。
何も描かれていない、真っ白な一ページ。
その真ん中に、父のものでも私のものでもない、見覚えのない文字が書かれている。
『こんにちは。アズレイユ』
『私は、君を外に連れ出しに来た悪魔だ』




