痕跡
私はいつも、暗くて狭い部屋に居た。
外に出ることは出来なくて、外からやって来るのはお父さんだけ。
お父さんはいつも、私で実験をした。
私の体を作り変える実験を。
肉を、骨を、体の全てを切り裂いて。
どれだけ「痛い」と叫んでも、何度「やめて」と訴えても、その手は止まってくれない。
何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、部屋に来るたび私に地獄を味わわせる。
ある日、お父さんが「最後の実験だ」と言って、私を部屋の外に出してくれた。
数年振りの部屋の外は眩しくて、私はやっと許されたんだと喜んだ。
そんな私の体を、お父さんは、躊躇することなく−−−−
「ここらへん、だよね?」
アルカナと別れ、友が居ると言われた方角へと歩いてきたウェンディは今、薄暗い屋敷の中にいた。
街が夜中のせいもあって、窓から陽の光が差し込むことのない廊下はひどく薄暗く、幽霊が出てもおかしくない雰囲気を醸し出している。
−−−−あ〜。……アルカナ連れて来れば良かった!
−−−−世界が終わるとかなんとか言い残して消えないでよ! こんな怖い場所なら無理矢理にでも一緒に来たのに!
腰が引けた歩きで廊下の端をゆっくりと歩きながら、恐怖を紛らわすために心の中で後悔と不満を叫ぶ。
そうしている内に廊下に並ぶ三つの扉の内の一番手前の扉へと辿り着き、ウェンディは数秒置いて覚悟を決めてから、震える手でドアノブを掴んだ。
−−−−なんか……初めてアズに会ったときを思い出すな。図書館での背後取り。
−−−−いいよ、アズ。今なら驚かしも許します。だからどうかアズが出てきて。出てきて下さいお願いします!
鍵のかかっていないドアノブは最後まで回りきり、扉はゆっくりと引かれ開く。
そして、明かりのついていない真っ暗な部屋の中を、扉を盾にして恐る恐る覗き込み−−−−
「誰ですか?」
背後から、女性の声がした。
「ダアアッ!?」
限界まで達した恐怖に叫びをあげ、忍びを思わせる動きで部屋の中へと一瞬で跳躍するウェンディ。
片手を着きながら着地し、もう片方の手でいつでも迎撃可能な警戒をしつつ、心臓の鼓動がうるさいのを感じなら自身が飛んできた扉の場所を見た。
−−−−?
疑問符を浮かべたのは、扉の向こうにいる者に欠けているものがあったから。
暗くて色を視認することは出来ないが、ロングスカートの洋服を身に纏い、立ち姿には品が現れているそのシルエット。
だが、決定的なものが足りない。
一番上にあるべきもの。
つまり、顔の上半分。
頭が。
「だれ、デすか?」
鼻から下しかない顔で、同じ言葉を先程よりも拙く繰り返す。
まるで、壊れた人形のように。
「ひッ!」
二度目となる恐怖の声は、今度は驚きではなく身の危険の感知によって発せられた。
正体不明の顔半分の怪物は、口を限界まで吊り上げて笑みを作ると、右腕を直角に振り上げる。
その腕の先、開かれた五本の指が不自然に膨れ上がっていく。
ごきり。
そんな奇妙な音がしたと認識した瞬間には、頭のない怪物の攻撃はウェンディの眼前へと迫っていた。
皮を破って出てきた、大量の黒い肉。
それが標的を押し潰さんとばかりに迫る。
−−−−なッ!?
魔術のようなものを予想していたウェンディは、予想外の物理攻撃に咄嗟の反応が遅れ、その一瞬の隙に黒い肉の中に飲み込まれた。
獲物を飲み込んだ黒い肉は勢いを殺さず部屋の壁へとぶつかり、肉だけでなく骨も混ざったその塊は、砲弾となって分厚い壁を難なく貫く。
「こ、の……ッ!」
壁にぶつかった衝撃により、肉の拘束が一瞬、わずかに緩んだ。
その隙を突いてウェンディは黒い肉の外へと抜け出し、壁を抜けた先の空間、その床へと着地する。
壁を抜けた先にあったのは、儀式のような紋様が床に刻まれた大広間。
黒い肉は今度は貫通することなく向かいの壁に激突、ウェンディは自身が長方形の大テーブルに着地したことを認識する。
−−−−……? 追撃が来ない?
橋のように壁から壁へと伸びた黒い肉は、新しい攻撃の動きを見せることなくボトボトと崩れ落ちていく。
やがて全ての黒い肉が床へと落ちるも、空いた壁の穴から顔半分の怪物は出て来ず、壁越しに攻撃が飛んでくる気配もない。
「何だったの、アレ? ……触れられたんだから幽霊じゃないよね?」
半分願望混じりに呟くウェンディ。
着地と同時にとった迎撃態勢を解き、ゆっくりと立ち上がる。
そして、大テーブルの上から床一面をぐるりと見回し、その眉を顰めた。
「どう見ても……魔法陣」
床に描かれている紋様は明らかに意味を持ったものであり、にも関わらず誰もその場に居ないということは、既にその魔法陣は使われた後だということ。
−−−−嫌な予感がするなぁ。……ん?
その魔法陣の端に、赤黒い岩のような物が置かれていることに気付く。
人の腰ぐらいの高さはあるその岩の他に、魔法陣の近くに置かれた物は無い。
−−−−召喚物か。あるいは触媒か。
ウェンディは大テーブルから降りると、その赤黒い岩へと近付いていく。
−−−−やっぱり、この魔法陣にもう魔力は残ってない。私が魔力を放出でもしない限りは安全かな。
−−−−それは、コレも一緒な筈。
一応の安全確認として砕けた壁の破片を投げてぶつけるが、赤黒い岩は何の反応も示さなかった。
−−−−やっぱり、罠じゃないか。まぁ、罠だったらこんなとこに仕掛けないよね。
ウェンディはそう結論付け、人差し指の先で一回、赤黒い岩をツンとつつく。
その瞬間、ピシリと亀裂が走り、岩が砕けた。
「へっ?」
岩は粉々に砕け散り、床に散らばる破片。
建造物侵入及びに器物破損を行った極悪魔女は、そんなつもりはなかったとばかりに慌てふためく。
−−−−えっ? え、ウソ、壊れた!? なんで!?
−−−−壁の破片、強くぶつけすぎた? あるいは劣化が進んでたとか!?
罪悪感から頭を抱えるウェンディ。
その前方で、床に散らばった岩の破片が突然光り出した。
「え、なんで急に魔力を帯びて…………魔力?」
−−−−−−−−『私が魔力を放出でもしない限りは安全かな』
−−−−『魔力を……』
脳裏に甦る、つい数秒前の自身の言葉。
「待っ−−−−」
止める間もなく、岩の破片の輝きは魔法陣に魔力を流し、その空間を光で包んでいく。
そして、ウェンディの体もまた、光りの中へと消えた。




