蒼白の魔女
三方向から迫る極大の魔力砲。
曲線を描きながら近寄る光の砲弾は三つ全てがウェンディを追尾し、逃げ道を潰すように囲う。
「!」
届くまで残り距離二十メートル。
そこまで至った光の砲弾は輝きを増し、目くらましと共に形を変える。
極大の弾が無数に分裂し、生み出されるのは散弾の時雨。
全方位からの容赦ない攻撃が、ウェンディの体を貫かんと迫った。
「…………」
はじけ飛んだ魔力の粒子が飛び散り、ほんの数秒ウェンディの姿を隠す。
被弾が確定したその光景を見ても、セインは油断することなく新たな魔力弾を杖の先へ装填する。
その事実に、魔力の隠れ蓑の中のウェンディは二が苦く笑った。
――ちょっとは油断してよ!
心の中で叫びながら投げたのは、先ほどの攻撃で砕けた地面の欠片。
空気の抵抗でボロボロと崩れるが、ぎりぎり爆発の術式の発動を満たす体積を維持して飛ぶ。
そして、打ち消すために放たれた魔力砲が当たる直前、生み出す煙幕もろとも消されるよりも早く爆弾としての機能を果たした。
「! (爆発……いや、煙幕か。気付かれた?)」
――ええ、気付いてますよ。
防御と回復のために体から生やした枝を地面へと落としながら、ウェンディは見つけた弱点にニヤリと笑う。
――――「八割程度を剥がしきって――――」
思い出すのは墓守の女性との会話。
温泉に浸かりながら説明された、セインのかかった呪いの話。
――残りの呪い二割がどこ行ったのか……そして、明らかに避けようとした動きから攻撃による対処へ変えた理由。
――動けないんでしょ? 呪いが足に残ってるから!
セインの足は黒ずんでおり、立つ時ですら杖に頼っていた。
立つことで精一杯なのだろうと推測したウェンディは、煙幕が消えるよりも早く背後へと回り込む。
「うん、いいね」
煙の中から届く小さな声。
その言葉の意味は、眼前へ広がった魔力の光で理解させられる。
――マズい…………!
全方位へ放たれた魔力の円状攻撃。
威力は下がっても完全な不意打ちであるソレは、防御の間に合わないウェンディへ少なくないダメージを打ち付けた。
「どんな状況にでも対処可能なのが、シンプルな攻撃手段の強みだからね」
「ゲホッ……苦手なんですよ。魔力を束ねるの」
膝を着きながらもなんとか顔を上げるウェンディ。
その様子をセインは微笑みながら見下ろすも、杖には尚も油断の無い魔力装填が行われている。
「もう詰み?」
「……いいえ? 全然」
「ふふっ。そうだよね」
魔力が溜まった杖が前へと構えられ、ウェンディの顔へと照準が会わせられる。
――……いや、どうしよう。避けられるかな、この体と距離で。
どう考えても直撃する未来しか見えず、頬を汗が伝う。
――いっそ私も撃って相殺する? ……それが一番勝ちに繋がってそう。
――繋がってそう、なんだけど……問題は私の魔力を束ねる技術が師匠に頭を抱えさせるほど下手ってこと。
いかに苦手であろうとも、今は他に手が無い。
それを理解しているからこそ、ウェンディは出来る限り威力を上げるためにギリギリまで指先に魔力を溜めていく。
「…………ギィ」
――?
集中していた耳に届く、覚えのある声。
引き寄せられた視線の先に、もう一つの選択肢が居た。
「――――魔力収束弾」
セインの告げる言葉と共に、杖に宿った光が満ちる。
弾が放たれ届くまで、僅か一秒。
その短すぎる残された時間で、ウェンディは手を伸ばし視線の先に居る存在へ叫んだ。
「ホロア!」
声をかき消す光線の槍。
青い魔力の光が線を描き、地面を真っ直ぐに抉る。
同時に、沸き上がった紫の魔力が、迫った直線を弾き飛ばした。
「!?」
驚くセインの視線の先で、ウェンディは着いていた膝を地面から離す。
立ち上がったその頭には、先ほどまで無かった角が二つ。
指の先には怪物のような巨大な爪が浮いており、黄金の輝きを纏っている。
「え、何? その姿」
「……私もよく分かんない」
「そっか……」
会話をしながらもセインは魔力を再び集め、ウェンディも両手の爪を前へと突き出す。
「ただ……」
「?」
「ちょっと、やり過ぎそうです」
「!」
その様子に嫌な予感を感じたのか、セインは攻撃のための魔力をとっさに防御へと回す。
結果として、その判断は正しかった。
セインが集めていた量よりも濃く大きな魔力がウェンディの爪の先から放たれ、直前上の地面を扇形に吹き飛ばす。
「……いいね! とっても!!」
抉れた地面の中、唯一無事な円柱状の足場の上でセインは嬉しそうに笑う。
その光景にウェンディがホッとしたのも束の間、安堵の笑みを苦笑いへ変えるほどの魔力が辺り一帯の空間へと収束し、合計十二の魔力の弾を作り出す。
密度も大きさも今までのものとは段違いなその砲弾が、一斉に的へと向けて射出された。
「うわっ! ……とと!」
反射でその場から飛び退いたウェンディは、想像よりも速く遠くに跳躍した自身の身体能力に驚く。
――あ、この状態だと筋力も上がってるのか。感覚が……ちょっとズレる!
異常な速度で回避出来ているが、一歩で進む距離が培った感覚とあまりにも違うため何度も着地を失敗し転ぶ。
――……なら!
このままではいずれ当たると確信したウェンディは、走ることを諦め真上へと大きく跳躍した。
「なるほど。確かにそれなら私の攻撃が届くより早く技を繰り出せる。けど――――」
冷静に分析しつつ、セインは放っていた魔力を自身の前方へと集める。
収束した大量の魔力くは弾とは違う形を取り、極大の武器を生み出す。
「星光ノ大剣」
光り輝く巨人の剣が、空に浮かぶウェンディへ切先を向けた。
「出せる? さっき以上の攻撃を」
問われるセインの言葉に、ウェンディは返さずただ小さく笑う。
投げやりでも、勝利の確信があるわけでもなく、胸に湧き上がる喜びを嚙みしめて。
「……ありがとう、先輩」
一言、感謝を告げる言葉。
その言葉を吐くと、ウェンディは思考の全てを今作る攻撃へと切り替えた。
―—制御はホロアが補助してくれてる。今なら出来る、遠距離攻撃!
――爪の先を照準に。角から流す形で集める魔力に流れを作る!
ウェンディの角から溢れた大量の魔力が黄金の爪へと流れ、全ての爪を重ねた先で紫の光を放つ。
全霊の魔力はホロアの力を借りても完全には収束しきれず、溢れた粒子が稲妻のように宙を駆ける。
だが、たとえ未熟極まる技であっても、セインの剣と対抗できるだけの巨大さと密度の条件は満たしていた。
――……そういえば、先輩は技に名前付けてたな。
互いの攻撃が放たれるまでのコンマ数秒。
瞬きの間とはいえ、完全に集中したウェンディの脳に走る小さな思考。
――アズもだっけ? いいな、なんか気合が入りそうで。
――せっかくのホロアとの共同技だし、私も何か…………。
「――――うん。決めた」
小さく呟き、ウェンディは先輩へと届ける自身の技の名を確定させる。
右腕を大きく振りかぶり、叫ぶために口を開け――――
「ホロア・レインセル!!」
呼んだ名に、セインは驚き目を見開く。
魔力の放つ光が突然紫から青へと変わったことではなく、自身の蒼白の杖の名を使ったことに。
そして、わずかに遅れて放った自身の技が砕かれる光景を見ながら、意味を察しておかしそうに笑った。
「あっはは! うん、お見事!!」