異物
「あれ、ウェンディは?」
「そういえば居ないね」
集合した生徒二人の言葉に、担任であるアザリエはピクリと耳を動かす。
「(遅刻かな? ……あれ、なんか魔力が見つからない……?)」
何故なのか? その答えにたどり着いた瞬間、ほほに一筋の汗が伝った。
「(ま、まさかね……。ウェンディがあの子にであったとも限らないんだし……)」
自身に言い聞かせても、嫌な想像は意思に関わらず肥大化していく。
悩んだ末にポケットから通信機を取り出すと、手の空いている教師へ連絡をかける。
「……あ、すいません。ちょっと頼みたいことがあるんですが――――」
『着いたね』
扉を開けた先には大きな空間があり、電気が落ちているため薄暗い。
だが、中央に設置された薄く輝く巨大電池の周りはその光で寺せれており、ウェンディは周囲を警戒しながら近づいてい行く。
『さっきの授業の続きなんだけど、異界へ繋がる鏡には”進度”が付けられてるんだよね』
「進度」
『そう。そもそも異物を回収する理由は、その異物が世界を滅ぼすほどの脅威に成長する可能性があるからなの。こっちの世界にも被害を及ぼしかねない危険物、そりゃあ回収したいよね。さて、ここで質問です。進度とは何を指しているでしょう?』
「……異物の成長度?」
『正解!』
会話をしながら歩いていたウェンディは、あと数歩まで近づいたところで地面が小さく揺れていることに気付く。
その揺れは徐々に大きくなり、やがて立っているのすら困難なほどに激しさを増した。
先ほどのヨモギの言葉に嫌な予感を感じたウェンディがいち早く異物を回収するべく跳躍しようとするが、踏み込んだ瞬間に床が盛り上がり、下から巨大な鉄の手が姿を現した。
「なっ!?」
『さぁ、大物の登場だ。魔女になるって言うなら、これくらいは倒して見せな』
巨大な手は電池を掴むと、続いて現れた胴部の胸元へと収納する。
「―-ー—ーーッ!!」
緩慢だった動きが速度を上げ、光を得た頭部は重い咆哮を叫ぶ。
巨大な人型の鉄の塊の繋ぎ合わせ。その姿は異界へ落とされる寸前に見た、鏡に映っていた機械そのものだ。
何倍あるかも分からないほど巨大な相手に、ウェンディは震えるナイフを握りしめ構える。
「上等」
宣言と共に敵が動き、その腕を大きく振りかぶる。
「!」
当たれば危険ではあるが、避ける機動力があれば隙だらけの攻撃。
ウェンディは大きく一歩飛びずさって回避して見せると、その腕へ飛び乗り敵の頭部へと走り寄る。
だが、そう簡単にことが運ぶ筈もない。
「クソッ」
走っていた巨大な腕に無数の穴が開き、そこから機械仕掛けの球体が射出される。
その球体は何に触れずとも一人でに爆発し、周囲一帯を腕もろとも吹き飛ばした。
ウェンディはとっさの跳躍でぎりぎり回避に成功したが、爆風によって空中の滞在時間が増え足場を失ってしまう。
そんな状況を見逃される筈もなく、爆発を受けても傷一つ追っていない腕による二回目のパンチが繰り出された。
今度は回避叶わず、ウェンディは殴り飛ばされ部屋の壁へと突き刺さる。
「ゲホッ、ゲホッ……!」
――やばい、今のをもう一度受けたら死ぬ!
その考えは正しく、魔力による身体強化で骨折こそ免れたものの体へのダメージは激しい。
あと一度でも受けたら文字通り叩き潰され、確実に死ぬ状態。体は動きの精細さを失い、痛みで施行も鈍くなっている状況で――――
「…………よし」
ウェンディは冷静に敵を見据えた。
――異界があるってわかって、変に浮足立っちゃってた。
――いいパンチ受けたおかげで目が覚めた。
ポケットから出した紐で伸びた髪を後頭部で縛り、ボロボロの手でナイフを掴み直す。
――思い出せ。あれくらいの猛獣と毎日戦ってたときの感覚を。
「ふーっ……」
大きく息を吐きだし、体から力を抜く。
その直後、全力で床へと飛び降りた。
敵は行おうとしていた攻撃を中断し別の動きに切り替えようとするが、その動きが完了するよりも速くウェンディの投擲した瓦礫が右腕の関節部分へと着弾する。
続いて投げられた二、三発目の瓦礫も頭部、肥大腕関節へと辺り、刻まれた魔術によって爆発を引き起こす。
ウェンディは視界と攻撃を奪うと巨体の背後へと回り込み、その頂上へと視線を向ける。
――やっぱり、見間違いじゃなかった。
流れるような動作で新たに大きな瓦礫へと触れると、カバンと同じ要領で浮遊させ足場を作る。
腕を駆けたときのような迎撃対策であり、弾を敵の弱点へと持っていく二重の用途。
それが役割を果たす場所、即ち”うなじ”へとたどり着くと、そこに張られたはりぼての鉄の表皮を掴む。
「一か所だけ色が違ったからね。急いで取り繕ったのかな?」
そのまま力任せに引きはがすと、隠されていた弱点が露出した。
細い管が何本も敷き詰められており、その奥には骨替わりの金属が見える。
「首にあるなら、動物の欠陥と同じで重要なはずだよね?」
そう言うとウェンディは手に持った瓦礫を管の隙間へと敷き詰め、首へと伸びてきた巨大な手を飛び降りて逃れる。
敵の巨大な首を吹き飛ばすほどの爆発が一帯の空気を衝撃で震わせ、敵は膝を着いて力なく倒れ伏す。
浮かせていた瓦礫へウェンディが着地すると、戦いが始まってから黙っていた声が脳内に響いた。
『お疲れ様。異界攻略、達成だ』