虚ろの屋敷
悪魔。
召喚によって現れ、召喚者の願いを叶える存在。
神様とは違い、願いに信仰も在り方も関係ない。
ただ、悪魔の求めた対価を払うか否かがすべてを決める。
魔術師にとっては一生に一度の万能の取引相手。
あの日、私が望んだのは――――。
屋敷の中は清掃が行き届いており、ほこり一つない。
そんな人気のなさと反比例した屋敷をウェンディと墓守の女性の二人は歩く。
「ここがアズって子の記憶だとして、先に行くにはその子を見つけないとね。幽霊じゃないから私が鍵を作ったりも出来ないし」
「ここではまだ黒いのは見てないし、早く見つけ出せれば危険はないかも――――」
ウェンディが言い切るよりも速く、歩いていた通路の壁が大きな音と共に壊される。
空いた大きな穴から出てきたのは二人の倍以上の身長を持った巨大犬。
体にはちょうど今はなしていた黒いのがまとわりついており、瞳はいかにも空腹な様子で血走っている。
「……ごめんなさい」
「……うん。タイミングは偶然だろうけど、完全に物語のフラグだったからね、今の」
苦笑いを浮かべる二人の後ろで再び壁が弾け飛び、新たな敵が姿をさらす。
――今度は猫? ペットがあの黒いのに呑まれた?
新手である猫は現れると同時にウェンディへと飛びかかり、鋭い爪と牙で肉を引き裂こうとする。
それを避けるべく下がった先には犬が待ち構えており、追い込まれた先で挟み撃ちを食らう形となった。
「屈んで」
「!」…
聞こえた言葉が飛来する閃光に気付かせ、ぎりぎりで姿勢を低くしてその攻撃を躱す。
光の弾丸は空に尾を引き、軌道上に居た二匹の獣を貫いた。
「あっぶな……ん?」
煙立つ指を見せながら得意げに微笑む墓守の女性。
あと一瞬反応が遅れれば巻き込まれて貫かれていたことを理解していたウェンディは苦言を呈そうとしたが、自身の体が沈む感覚に口を閉じ下を見る。
そこには液状に変質した床が着いた手足を飲み込む光景があり、底なし沼のようなそれは浮かび上がるのを否定し、体の全てを叫ぶ間もなく引きずり込んだ。
「むむ。横槍入れてもなお彼女にご執心? ……いや、殺意の籠った瞳が向けられてた」
体に穴をあけながら威嚇をする二匹を前に、墓守の女性は指先に無数の光を出現させる。
「お邪魔虫扱いされてる気分だなぁ。————そんなお姉さんでもよければ、来な。ペットくんたち」
「イタた……背中に何か当たった。……本?」
床から天井へと突き抜けた先で、ウェンディは明かりの無いくらい部屋へと落ちた。
その部屋には無数の本が床に散らばっており、奥に本の山の上でうつむく影が一つ。
――……そっか。君が連れてきてくれたんだ
犬や猫と同じく黒い何かで塗りつぶされているが、顔が見えずともウェンディは理解していた。
級友の一人、アズレイユであることを。
「任せて。絶対助ける」
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