連れて来られた理由
「あ~っ。あったかーい!」
暖かな湯が体をほぐし、墓守の女性の口から抜けた声を出させる。
ウェンディもまた露天風呂に半身を浸からせており、疲労が取れていく感覚を味わっていた。
「これは~一体~……?」
張っていた気が溶け、気を付けていたウェンディであっても快楽に声が伸びる。
「んー。……私は幽霊の協力を得られて、今は彼らの記憶の際現にお邪魔させてもらってるの。君もここに入ってきたときに見たんじゃない? 最後の眠りにつく瞬間の記憶を」
「あー。そっか、他人の記憶だから体が……」
夢でうまく体を動かせない感覚と同じだったことを思い出し、その説明に納得するウェンディ。
だが、目先に疑問が晴れたことで新たに浮かぶ根本的な疑問が一つ。
「そもそもさ、なんで私はここに居るの? 先輩のこと知ってたし、グルなんだよね?」
「いやいや、私もあの子に巻き込まれた側だよ。突然来て、突然約束押し付けられてさ」
温泉の中から手を出し、掬ったお湯が落ちていく様を見ながら墓守の女性は語り出す。
過去を覗くような、遠くを見つめる瞳で、今に至る出来事の話を。
「一年前、あの子は私の管理する墓地へとやって来た。背中に死にかけの子を連れてね」
「死にかけ?」
「うん。後輩って言ってたから、君たちの一つ上の先輩じゃないかな? セインって名前なんだけど」
――一つ上……二年生?
――先生に二年は居ないって聞いたけど……居られなくなったっていう意味だったのかな。
「初対面の私に向かって、ヨモギくんは殺意すら感じそうな権幕で言ってきたんだよ。『この子を一年、意識だけでも保たせろ』って。泣いちゃうかと思った」
「約束というか、脅迫……」
「その脅迫に屈して、私頑張りました。幽霊さんたちの力を借りて、今にも大地に帰りそうな魂を他の魂を何層もの檻にして閉じ込めるの。私はそれを維持する係。起きてる間はお墓の手入れを、寝ている間はここの調整をって感じで」
「すっごいブラック……でもない? こうして温泉に浸かれるし」
頭に疑問符を浮かべて尋ねるウェンディに、女性は手を振って否定した。
「いや、全然。そのセインって子、呪われててさ」
「呪!?」
「憑かれてるって言うのかな。どす黒いのが魂に覆いかぶさっててさ、それが檻の役割をしてる幽霊たちに悪影響与えるの。記憶が侵食されたりとか」
「あー……」
その言葉に、ウェンディはその世界に来た直後の出来事を思い出す。
祖父を介護する青年が、突然真っ黒の怪物になったことを。
――確かに、あんなのが出てくる記憶じゃ満足に休めないなぁ。
「なんとか魂のケアで悪影響を消し続け、原因の呪いを少しづつ分離して、今では全体の八割程度を剥がしきって悪霊的な感じのやつへと変えました」
「へー。……ん? じゃあその悪霊的なのを私が倒せばいいの?」
「いいや? それならたぶん、表でヨモギ君が戦ってるよ。彼女と約束したのは、新しく連れて来た子をセインくんと会わせることだし」
「……あの人、いっつも説明無しに私を使うな」
二人そろって同一人物にもたらされた苦労からため息を吐く。
そして、十分温まった体で湯から出ると、世界が再び白一色へと移り変わる。
二人の体も髪も完全に乾ききっており、衣服を身に纏ってポツンと浮かんだ扉の前へと立っていた。
へ掃守の女性は懐から一本の鍵を取り出すと、ドアノブへと差し込んで回し開く。
「君が拾ったのは中層への入り口の鍵。この鍵は中心のセイン君の元へと向かうためのもの」
「私が帰るには、まだ残ってる二割の呪いをなんとかすればいいの?」
「うん、正解。彼女と会って何が起こるのかは知らないけど、あの子にとっては最後の会話だ。無駄にしないようにね」
語る墓守の女性の言葉は重く、ウェンディは緩んだ気を引き締めて開かれる扉の奥を見つめる。
「…………あれ?」
だが、前に立つ女性から漏れた不思議そうな声に、踏み出した一歩の続きを止めた。
「どうしました?」
「いや……変だな。ここから先は記憶の侵食を受けないように、ただの通路の景色になってる筈なのに」
扉の先に広がる景色は通路などではなく、位の高さが感じられる屋敷の一部屋。
華やかな装飾が施されているのにどこか暗い雰囲気を放つその部屋を見て、ウェンディの脳に一つの影がよぎる。
――?
――……なんだろう。この悲し気な雰囲気、どこかで――――。
「――――あ」
掴んだその影の正体は、一緒に墓地へとやって来た少女の姿。
「アズの……記憶?」