墓守の女性
「……ん?」
パチパチと何かが燃える音に、ウェンディは閉じていた瞳を開く。
――暖炉?
目の前には暖かな空気を送り出す暖炉があり、眠っていた体は柔らかな毛布を掛けられて椅子に座らされている。
――私、さっきまで墓地に……。
「おはよう、おばあちゃん!」
記憶を遡っていた脳に届く、知らない声。
聞こえた方向へ振り向いた先には小さな男の子が経っており、手には暖かそうな飲み物が入ったコップを持っている。
ウェンディは罠の可能性を考慮して警戒するが、その意思とは関係なしに腕がコップを貰おうと前に出た。
「ありがとうね、ユイぜル」
口も腕と同じく勝手に動き、知らない名前を紡ぎ出す。
――なにが…………ん?
震える手が一人でにコップを口に近づけていく感覚を味わっていると、視界の端が黒くにじみ出していることに気付く。
何だろうと不思議に視線を動かした瞬間に景色が消え、持っていた筈のコップも跡形も無く消えた。
そして、椅子に座っていた筈の体は、いつの間にかベットに横たわっている。
「爺さん、元気かい?」
「…………あぁ」
「水、飲むか?」
「…………あぁ」
少年は青年へと変わり、呼び名も”おばあちゃん”ではなく”爺さん”だ。
――夢? にしては、妙にリアルな……。
「じ、じい、爺さあああああああ」
――?
優しい表情で水をコップへ注いでいた青年の口が大きく開かれ、壊れたような声を漏らす。
その手から落ちたコップが床に染み込み、黒く変色して広がっていく。
――これは……マズそう。
嫌な予感を感じても、横たわる体はウェンディの意思に従わない。
ただ見ることしかできない目の前で、水は膝を着いた青年の体にまで染み込み、人の原型だけを残した怪物の姿へと作り替えた。
「アッ、あああ、あアあああアッ!」
怪物へと変わった青年は両腕を振り上げると、ベットへ向けて力任せに振り下ろす、
鈍器を化した腕はウェンディにこそ当たらなかったものの、寝ていたベットをくの字に叩き折った。
――これは、本当にマズい……!
――手だけちょっと動かせるけど……うん、無理! 防御も反撃も出来るワケない!
焦った視線の先では怪物が再び両腕を振り上げており、今度はベットではなくウェンディの体がへし折られるのは確実だ。
その未来を回避するため、唯一自由に動く瞳で解決策を必死に探す。
真上には怪物。
右には怪物の足。
左には壁。
――なにか! なにかっ…………あ。
寝ている状態では、胸から下は見えなかった。
だが、怪物によりベットが真ん中でへし折られたことで、腰が曲がりその下にまで視線が届く。
そして、そこに存在する奇妙な形の鍵に気付いた。
――――「鍵を探すといいよ」
思い出すのは沈む意識の中で聞いた先輩の言葉。
指の先にあるその鍵が状況を変える物だと確信し、震える手を無理やり伸ばす。
――あと、もう少し……ッ!
声も出ず、振り下ろされる両腕を避けることも出来ない。
一秒後には胴体をs潰される恐怖の中、ウェンディは掴むための一ミリに全力を注いだ。
そして――――
「…………………………あれ?」
指先が鍵を掴む感覚と共に、景色が新しく移り変わる。
今までとは違う真っ白な空間の中、座り込んだウェンディは自身が声を出せていることに気付く。
「今のは、いったい……」
「教えましょうか?」
「!?」
突然背後から聞こえた声に、数秒前まで命に危機に瀕していたウェンディは驚き跳び上がった。
その場から飛び退き、自由になった体で臨戦態勢を取りながら声のした方へ視線を向ける。
「わあ、猫みたい」
そこに居たのは、金の髪と丸眼鏡が特徴の女性。
女性はパチパチと拍手をすると、その手を上へと上げて敵対の意思が無いことを示す。
「君、境界科の子でしょう? ヨモギくんが連れて来た」
「……もしかして、墓守の人?」
「そうそう! 察しが良くていいね!」
女性は嬉しそうに微笑むと、ウェンディに後ろを見せて歩き出す。
「ついて来て。目的の場所まで案内してあげる」