平穏な休み
青い空。
綺麗に整備された浜辺。
水面が反射する日光に目を細め、魔女たちはその海岸へと足を踏み入れた。
「海だ―ッ!」
叫んだラマがいの一番に砂へと足を踏み入れ、他の観光客の荷物が置かれていない場所を目指す。
――来ちゃった。本当に……。
そのビーチがあるのはスノーホワイトから遠く離れた観光都市。
だが、ウェンディたちは数分前まで境界科の寮にいた。
――――「異界? だいじょーぶ、精度百パーセントの予言しに占ってもらったから!」
――――「少なくてもこの夏季休暇中は緊急性の高い異界は出て来ないよ」
ノアと一緒に帰ってきたアザリエからそう説明された直後、足元から突然燃え上がった炎が全員を包んだ。
その炎がスザクに使われた瞬間移動のものだとウェンディが気付いた瞬間にはもう遅く、炎が消えた先にあったのは見渡す限りの海の景色。
手にはいつの間にか海水浴用の道具が握らされ、あまりにも唐突に魔女のバカンスがスタートした。
「それにしても、海か……」
立てたパラソルの日陰に座りながら、ウェンディは一人静かに呟く。
――今朝ノアが先生に呼び出されてたのは、この道具の召喚を頼まれてたからかな。
――水着のサイズなんていつ測ったのやら。
視線の先には浅瀬で水を掛け合いはしゃぐ仲間の姿があり、目を細めて眩し気にその光景を眺める。
「ウェンディは泳がないの?」
背後から聞こえて来た声の主は、両手にペットボトルを握ったアズ。
片方のボトルをウェンディへ差し出すと、右隣の位置へとビニールシートに腰を下ろす。
「ありがと。……ちょっと怖くて」
「? すごいカナヅチってこと?」
「いや……なんてい言うんだろう……暗い?」
「暗い…………暗い?」
「ん~」
眩しい海を見て不思議そうな顔をするアズにどう説明したものかと、ウェンディは顎に手を当て考える。
――ゾワゾワ……どんより? ……いや、じっとりかも。
言いようのない感覚にもどかしさを覚得えていると、アズとは逆方向から誰かが近寄ってきたことに気付く。
誰だろうと視線を向け――――一秒前への後悔と共に顔をしかめた。
「あはは。面白い顔」
笑いながら左隣りへと座ったのは、初対面のウェンディ相手に獅子の子を谷底へと落とすような真似をして見せた最初の先輩、ヨモギ。
彼女も手にペットボトルを握っており、開けた蓋から炭酸の抜ける音が漏れる。
「おっとと。……知ってる? ここ、近くに墓地があるんだよ」
「墓地?」
「そう。山の中にね。一年前ここに来た時に見つけて、そこの墓守の人ともう一度来るって約束したんだ。だから、今年はここがバカンス地」
どんな危険を持って来たのかと身構えていたウェンディは、予想とは違う普通の話に目を見開く。
――……あれ。もしかして今回、本当にただのバカンス?
海ではラマたちと混ざってもう一人の先輩であるスザクも遊んでおり、少なくとも何かを仕組んでいる様子ではない。
危険物そのもののような先輩たちにも夏季休暇は休むものという常識があったのかとウェンディが驚いていると、炭酸を飲み干したヨモギが「よっ」と勢いをつけて立ち上がる。
「せっかくだし、一緒に会いに行かない? 墓守の子に」
「あれ、ウェンディたちどこ行ったんだろう?」
「ん? あ、ホントだ。居ない」
「さっき阿呆が話しかけてたし、どっかに連れてかれたんじゃない?」
ラマ、ノア、スザクが波に身を預けて話していると、遠くからビーチボールを持ったアザリエ先生が猛スピードで泳ぎ寄る。
「おーい! ビーチバレーやろー!!」
「「「(一番浮かれてるな、あの教師……)」」」