夏休暇の始まり
八月の暖かな風が、読んでいた本のページをめくる。
内容に入り込んでいた意識が現実へと引き戻されて、私はうつむいていた顔を上げ晴天の空を見上げた。
耳に届くはたくさんのセミの声。
風が髪を揺らし、頬から垂れた汗が地面へと落ちる。
「…………暑いなぁ」
小さく吐いた私の声は、周囲を囲む無数の墓石に飲まれて消えた。
「ウェンディ、何してるの?」
通りがかったラマに尋ねられ、寮の玄関前で座り込むウェンディは顔を向ける。
「師匠待ってるんだ。この前はすれ違いになっちゃったから、今度はここで待機してる」
「あー、確かに新しく異界を攻略したし、来るかもね。(……でも、できれば会いたくないんだよなぁ。なんでか分かんないけど)」
「そういえば、ラマは一人で朝食? ノアと一緒じゃないの?」
「なんか、私が起きたら『先生に呼び出された』って書き置きがあったんだよね」
「へー。でも、ノアは勉強できるし、大した要件じゃなさそう」
「うんうん。私ならともかく、お姉ちゃんは変な魔道具を設置したのがバレたりしない限り大丈夫だよ」
「何やってんの……」
語り合う二人の前で、閉じられた扉が僅かに開く。
ギィという音にウェンディたちが視線を向けると、空いた隙間から外の光が差し込む。
期待と恐怖、二人の少女の感情が向いた先で扉が開け放たれ――――
「ひさしぶりと初めまして、一年生たち! ヨモギ先輩だよ!」
予想とは違う人物が、その奥から現れた。
ラマは怖い人が現れなかったことにホッと胸をなで下ろし、ウェンディはその顔で思い出した危険な思い出に顔をしかめる。
「あ、ウェンディ。久しぶりだね! 準備できてる?」
「準備? 何のです?」
「それはもちろん――――」
警戒心の籠った目を気にすることなく、ヨモギは背後から道具を取り出し見せる。
それは、ビーチパラソル。
夏の海辺に立て並ぶ、海水浴の道具の一つだ。
「行くよ、バカンス!」