新しい想い
「ん。おはよう」
瞼を開いた先に見えたのは、星空を背景にしたスミレの顔。
目覚めで誰かに見下ろされる光景に、ウェンディは最近似たような経験をしたことを思い出した。
――いいね、先輩と違って顔見た瞬間ビクッてならなくて。寝起きに優しい光景。
どちらの先輩にも身の危険を与えられた前例があるため、既に心の声からは敬意が失われている。
そんな内心を知る由もなく、スミレは優しく微笑んだ。
「ありがとう。ボロボロになってまで皆を守ってくれて」
「どういたしまして。……そういえば、体治ってるね。スミレがしてくれたの?」
「いや、直したのはヘビさまの力」
「ヘビさま? あ、もしかして怪物の中から出て来たでっかい蛇?」
「うん。私が貰った回復の力が残ってたから、それを分ける感じで。その……君の体が、だいぶ……アレだったから。」
「あー……」
その言葉に、ウェンディが自身の体が手足と片目の溶けたグロイ状態だったことを思い出す。
「ヘビ苦手だったらごめんね?」
「いや、大丈夫だよ。嫌いな種とかは無いから。というかこっちこそ刺激強いの見せてごめん」
「それは……うん」
正直な答えに、ウェンディはつい可笑しくなって笑みをこぼす。
釣られてスミレも笑顔を浮かべ、ふと思い出したように横に置いてあったものを取り上げる。
「これ、何か知ってる?」
スミレが人差し指と親指でつまんで見せたのは、生命力にあふれた印象を与える枝木だ。
「この枝が君の手足から伸びてたんだけど……取っちゃまずかった? 治すには邪魔で……」
「あー。それも大丈夫。応急措置みたいなものだから」
「そっか。よかった。ところでさ…………なんか、魔法陣が浮かんできたんだけど」
――魔法陣?
魔法陣――その言葉にウェンディが思い浮かべたのは、異界へ出向いた魔女を帰還させる魔術。
視線を仰向けになっている地面へ向けると確かに魔法陣が浮かび上がっており、しかも起動寸前である。
「え、あれ、もう帰還? 異物は?」
「えっ、帰るの? 早くない!?」
「私もビックリしてる!」
二人して突然のことに焦り出すが、魔法陣は止まらない。
もう残された滞在時間は少ないと判断したウェンディは、無数の疑問を飲み込んで立ち上がり、スミレと向かい合った。
「えっと……ありがとう、助けてくれて! 助かった!」
いきなり大きな声で礼を言われ、スミレは驚きに目を見開く。
だが、すぐにウェンディの意図を理解し、彼女もまたその場から立ち上がった。
「こちらこそ。おかげで生きて伝えられた」
ウェンディはスミレの事情を知らない。
だが、異界で出会った友の嬉しそうな顔に、自らも嬉しさを隠さず乗せた笑みを見せ返した。
「他の三人にも、ありがとうって伝えてくれる?」
「まかせて。またね!」
昇り始めた太陽が、妖の街を横から照らし出していく。
まぶしい朝日に瞼を閉じ、開いた先に魔女の姿は無い。
つまんでいた枝も消え、彼女の全てが一夜の夢のように消え去った。
「またね、か。……うん、そうだね」
去り際の言葉がもう一度来るという意味なのか、スミレには分からない。
「(たぶん、友達との別れの挨拶が癖で出ちゃったんだろうな)」
そんな自虐が脳をよぎるが、逆に言えばそれは相手が自分を友達だと認識していたということに気付く。
「(……思えてもらえてたのかな。私なんかを……『友達』だなんて)」
思い出すのは、村で人から裂けられていたころの記憶。
大人も、同じ子供も、誰一人としてスミレには近寄らなかった。
沸き上がる期待と恐怖でうつむき――――すぐに顔を上げて朝日にその顔をさらす。
「よし、今度はこっちから向こうの世界にお邪魔しちゃおう! 出来なくはない筈!」
叫ぶ顔に浮かぶのは、別れ際に耐えた寂しげな顔。
少女は影の伸びた足で一歩大きく踏み出し、光の中へと歩みを進めた。