妖魔血戦 Ⅲ
少年が言った。「あの子にもう一度会いたい」と。
少女が言った。「まだ死にたくない」と。
多くの人間が願った。「修正してほしい」と。
世界に対して、私は思った。
なんて、もったいないんだろうと。
あーあ、負けちゃった。
なんでこの子捨て身で突っ込んで来てんの。せっかく張った遠距離攻撃対策の防壁が無駄になったじゃん。
……この後に残した余力も、時間をかけて作った世界の設計図も、全部が無駄になっちゃったなぁ。
………………本当、もったいないよ。
欲しがってるのに、たった一度で終わりだなんてさ――――――――。
「こ、の……ッ”!」
妖怪たちの街に浮かんだ終わりの球体。
解放直前にまで迫った魔力の爆弾を、アズは無数の黒い手を使い一人で抑え込んでいた。
「(マズい……! そろそろ……限、界……ッ!)」
数秒前に球体を作っていた怪物の体は崩壊したが、極限まで圧縮された魔力は術者が消えブーストが無くなろうと、純粋な戻ろうとする力のみで大規模な爆発をもたらす。
街全体を破壊するほどではないが、近くに居るアズたちは無事では済まないだろう。
「(どうする? どうする!? このままじゃ皆死んじゃう! 私が、どうにかしないとっ!)」
焦るアズの前で、球体になった魔力は徐々に真黒な手の拘束を押しのけ膨張していく。
数秒後に起こる大爆発を想像し、焦りが絶望へと変わり出した瞬間――――
「イー!」
ウェンディの使い魔であるホロアが、建物の陰から現れた。
「え、ホロア!? それに、その卵————」
ホロアが持っていたのは、異物である結晶の卵。
離れてと言おうとしたアズは、卵の中身が無くなっていることに気付く。
「(なんで?中身はどこに ……いや、使える!)」
沸いた疑問を振り払い、考え浮かべるは現状の解決策。
「ホロア! それ投げて!」
球体の抑え込みに全力を使っているため、卵を近くへ持っていくことを叫び頼む。
ホロアはアズの意図を理解すると、ウェンディから与えられた魔力で身体機能を強化し、結晶の卵を球体へと向けて投げ飛ばした。
卵はゆるやかに弧を描いて空へと上がると、魔力の球体へと吸い込まれるように落ちていく。
球体へ絡みついていた真黒な手のうちの一つがその卵を掴むと、アズは遠隔で魔術を起動させる。
「(やっぱり、特別なのは殻だけ! これなら詰め込める!」
その魔術の効果は、指定した二つの対象の位置置換。
ノアが自分の武器にかけているように術式を刻む必要はないが、交換させる物どうしの魔術的価値が近くなければ発動しないという制限を持つ。
アズは異物としての特異性が失われた結晶の中身には無いことに賭け、見事成功を勝ち取った。
結晶の卵は、魔女がどんな手を使っても破壊できなかった堅牢。
つまり、中身を球体と入れ替えれば、爆発を抑える最強の盾となる。
「間に、あえッ!」
一本分の真黒な手が離れた緩みで魔力の球体が限界を迎え、夜空が極光で照らされ輝く。
一秒後に広がる惨状を察知して、多くの妖怪がその空を見上げた。
突風が吹き抜け、瓦礫が宙を舞い、そして――――
「…………………………あはは」
光は、卵の中へと消え失せた。
「よくやった、私」
仲間を守り抜いた魔女はあお向けに地面へと倒れ、暗さを取り戻した空を見上げる。
緊張から解放された安堵感に浸りながら、浮かぶ星に嬉しそうに微笑んだ。
「イー」
「ああ、ホロアもありがとね。おかげで助かったよ」
「イーアーっ」
「だよね、私よくやったよね。 えっへへ……」