妖魔血戦 Ⅱ
眼下に広がるは終わりの景色。
収束していく魔力は数秒後には爆発しそうなほどの密度となり、空気さえも野茂コム地獄を作り出している。
一度踏み入れば戻ることの出来ない歪んだ世界へ、ウェンディは浮かせた瓦礫から大きく助走をつけて飛び込んだ。
怪物と化したラクシィが空中へと放出した魔力が一点に引き寄せられることで他の物質を巻き込んだ収束が起きているため、その空間へ踏み込んだウェンディの体にも例外なく引き寄せる力が襲い掛かる。
――……本当に、この剣をもらえて良かった。
右手に握るは仲間から届いた変哲の無い剣。
ウェンディがその剣を前へと突き出すと、空へ引き寄せられていた体が前へと進み出す。
浮遊魔術――――触れた一定以下の質量・体積の無生物を浮かび上がらせ、操る魔術。
足場というよりは暴れ馬にしがみつくような強引な方法で、ウェンディは空間収束の範囲から抜け出した。
――抜けられた。けど問題は……位置が分かるか、どうか。
「…………うん、ちゃんと見えるね」
その瞳に映るのは怪物の奥で膨らむ魔力の塊。
泉のように湧き出るそれを見て、ウェンディは口角を僅かに上げた。
――――「魔力を使う以上、どんな使い手だって規模に比例した魔力をひねり出さなきゃいけない」
――――「隠れた獲物を狙うなら、隠れられる場所を潰すか、わざと隙を晒して攻撃を誘いな。防御だろうと攻撃だろうと、魔術を使わせれば居場所が見えるから」
「ありがとう、師匠」
蘇った記憶に感謝を述べながら、手に持つ剣を両手で握り直して真下へと向ける。
切っ先が狙うは捉えた魔力の塊————ラクシィの本体。
一直線に急降下したウェンディの体は、大きく開かれた怪物の口の中へと突っ込んだ。
瞬きする間もなく口の中へと入り、眼前へと迫るは喉の壁。
剣と肉体に全霊の魔力を纏わせると、落下の速度を加速させて血の断崖へとその刃を突き出す。
「ッ、アアああぁ!!」
外皮を砕いた先に待つのは血の池地獄。
侵入者の皮膚を溶かし、肉を溶かし、その奥にある命までも溶かし奪う。
――骨と内臓だけ残せ! 魔力を無駄に使うな! 剣だけは絶対に死守しろ!
――この先にある命に届くまで!!
ウェンディは魔力による防御を限定した箇所にのみ集中させ、他の部分は最低限の治癒だけで形を保たせる。
剣が残っている限り移動が止まることはなく、筋肉がろくに機能しない状況であっても体重さえかけられれば良いという無謀極まりない作戦。
自分が解けていく感覚を味わいながら、ウェンディひたすらに崩れた魔力の防御と肉の盾を治し続ける。
溶ける。溶ける。
剥がれる皮膚が再生の速度を超え、全身が赤く染まる。
溶ける。溶ける。
手足…筋肉がちぎれ、支えられなくなった剣を鍔に噛みつくことで維持する。
溶ける。溶ける。
魔力の防壁が崩れ、瞳が色を失い――――
「う、る、さぁぁい!!!」
痛みと恐怖を怒りへと変え、ウェンディは叫んだ。
体はとうに原型を失い、次にどこか新しい箇所が溶ければ即座に命の終わりがすぐ近くにまで迫る。
怖気づく余裕などない。
後悔する余裕もない。
下へと進む。ただその思考のみを残して、ウェンディは持ち得る力のすべてで剣を押し出した。
「――――!」
十秒か、あるいは二十秒か。
短く長い地獄の果てにあったのは、剣の切っ先が何かを貫いた感触。
体を犠牲にしても剣だけは溶かさせなかった魔女の執念が、確かに敵の心臓を穿った。