あの日の想いを
光が見えた。
暗闇の中、瞼を閉じているのか開いているのか分からない世界。
魔女の甘言に乗り、別世界の物を使い、傲慢にももう一度あの子に会おうとした。
合わせる顔がないままに、逃げ、詫びるかのように暗躍する者へ挑み、失敗した。
そんな私が堕ちるに相応しい世界に似合わない、とてもきれいな光が。
記憶の道をたどる。
これはヘビさまの記憶。
そして、隠された私の記憶。
一歩踏み出すたびに頭の中へと入り込み、私と彼女の全てを教えてくれた。
抱いた願いも、恐れた孤独も、伝えたかったものも。
だから――――
「会いに来たよ。ヘビさま」
「――――なんで……」
懐かしい光の中から現れたのは、あの日、私が初めて会ったときの姿のスミレだった。
悔恨、歓喜、恐れ、困惑。
多くの想いが押し寄せるが、最も強く心に溢れたのは”恐怖”の感情。
彼女は私を「ヘビさま」と呼んだ。
つまり、スミレは思い出している。
なら……なら、きっと。
「やめて……」
怖い、怖い、怖い、怖い。
あの子から負の感情がこもったを吐かれるのが怖い。
だうか、もう、それ以上――――
「近寄らないで……ッ!」
ヘビさまが叫ぶと、まっくろな空間が波打つ。
きっと、ここはヘビさまの中なんだ。だから、赤黒い世界で眠った私が、この真っ暗な世界で目を覚ました。
そこらじゅうから伸びた尻尾が、私を押し出そうとする。
でも、私を傷つけることは決してしない。
「ごめん……それは出来ない」
たとえヘビさまが拒んだって。
辛そうに叫ぶあのひとに伝えなきゃいけないことがある。
体にまとわりつく尻尾を強引に押し返し、一歩一歩、前へと足を踏み出す。
優しさを踏みつぶして、私の気持ちを押し付けるために。
「(なんで……なんで、なんでッ!)」
ああ、来てしまう。
あの子が、私のすぐそばにまで。
怖いんだ、怖いんだよ。
君はそんな子じゃない。分かってる。
でも、私は君の願いを裏切った。
私は、妖の世界に来てからの君を知らない。
私には、あれが本当に君を幸せにする選択だったのか分からない。
君が連れ去られてからの三年間、一度も、自分の選択が怖かった。
「(きっと、辛い思いがあった筈。私のせいで……)」
彼女には生きて欲しかった。
でも、それは「私の近くで」だ。
あの子に嫌われたくない。憎まれたくない。
私を見る優しい月の瞳に、変わってほしくない。
何度繰り返したって同じことをする。
そして、何回だって私は私を憎む。
神様ではなく、大蛇として生まれた私を。
「……ヘビさま」
「ッ!」
スミレが、私の前に立った。
座り込むヘビさまは、小さな女の子の姿をしていた。
まるで叱られるのを恐れるように怯えて、震える瞳で私を見上げている。
「……ヘビさま」
「ッ!」
告げる言葉は、もう決まっている。
「ありがとう」
記憶があろうと無かろうと、この想いは変わらなかったのだから。
「………………え?」
信じられないように口を半開きにするその顔に、膝を曲げて視線を合わせる。
あの日、初めて人の姿になったあなたが、ぎこちない仕草でそうしてくれたように。
目の前の小さな頭を、優しく撫でた。
独りだった私に唯一、そうして触れてくれたあの瞬間を一度だって忘れたことは無い。
「ありがとう、私に名前をくれて。ありがとう、私に触ってくれて」
「……………」
「ありがとう、私の言葉を聞いてくれて。ありがとう――――私を、幸せにしてくれて」
黙り込むその顔へ、ゆっくりと言葉を届ける。
ずっと届けたかったこの想いを、余さず伝えるために。
「……ありがとうっ、私を、生かしてくれて!」
頑張ってこらえたけれど、最後の最後で泣きそうになり、思わず声が大きくなってしまった。
涙は流してない。長さないように、ぎりぎりで耐えた。
あなたが抱えた苦しみを溶かすために、私は笑顔でいなきゃいけないから。
「……君は」
小さな、とても小さな声がヘビさまから漏れる。
「君は…………私が神様で、よかった?」
ヘビさまも、泣くのを耐えるようにその言葉を吐いた。
「もちろん」
「ア、ァアー―?」
変な声を出す怪物の腹から、私は首を出す。
元の姿の、八つの首を持つ大蛇の姿で。
「そういえばヘビさま、話すの上手くなってたね」
「ふふ。いっぱい練習したからね」
頭に乗るのは私の血を分けた人の子。
私が居る限り、彼女は決して死なせない。
「「さあ、怪物退治だ」」