裏切り者の神様
気付いたときには、全てが終わっていた。
炎は村全体を飲み込み、焦げた木材の匂いが辺りに漂う。
焼け焦げた死体に混じる、逃げようとして殺された死体。
一瞬で大量殺戮を引き起こした張本人たちは、その死体の道の奥にいた。
「いたぞ、コイツだ」
「生きてるか? そもそも、本当に妖か? この娘」
「混ざりものだろうが、妖は妖だろう。仕事を全うする、それだけだ」
「そうだねー。俺たちが任務に背いた反逆者として殺されたら最悪だし」
天狗……だったろうか。
曖昧な記憶で思い出した名称の妖たちが、唯一焦げていない生き残りを前に話していた。
生き残りがスミレだということは、顔が見えなくてもその会話で分かった。
「ん? なんだ、この匂いは――――」
一番早く私に気付いた者は、丸呑みにして溶かし殺した。
途切れた仲間の声にふり返った者は、振り上げた頭部で骨を折り、山の頂上へと吹き飛ばした。
残りの二体には視線を移さず、片方を尾で巻き、もう片方へと振り上げ叩きつけた。
不気味なオブジェが出来上がったときは村に申し訳ないとは感じたが、その村がもうないことに気付き放置。
「……よかった。まだ生きてる」
肝心のスミレはかすかに息があり、ひどく疲労してはいるものの死ぬ気配は無かった。
だが、彼女だけを生かしても仕方ない。
人は脆い。餌を与え、環境から身を守ろうと、孤独を感じれば生きる意志を失っていく。
そう知っているからこそ、私は選択の時が来たのだと理解できた。
彼女を食べるか、食べないか。
食えば苦しむのは私だけ。食べなければ、彼女は苦しむことになる。
孤独に苛まれるか、他所の集落で同じように呪われた者として疎まれるか。
この村を滅ぼした張本人にされるかもしれない。
「(分かってる)」
固い口を、無理やりこじ開ける。
「(食べる……彼女のために……)」
ゆっくりと、ゆっくりと、口をスミレへと近付ける。
「(この子の望みを叶えなくては。私は……神様なのだから)」
瞼を閉じ、冷える心を締め上げる。
愛しき命を、奪うために。
「…………………………………………あはは」
人の体に変わった口から、泣いてるような笑い声が漏れる。
「…………無理だよ、スミレ」
殺せなかったか彼女の髪を、裏切り者の手で優しく撫でた。
その先をしたら、私はもう彼女には会えないから。
「ごめんね」
嚙み千切った手首から垂れる血を、スミレの口へと近付ける。
「――――殺す……くらいなら、私は、君を……」
私は選んだ。
彼女の体の妖の比率を増やし、妖怪の世界へ渡すことを。
記憶を隠し、力を与え、妖の仲間として生きられるように。
彼女が彼女として生き、彼女として死ぬ、
その一生を見守りたい――――そんな自分の願いすらも、辛い選択から逃げるために裏切って。
ただ一人の大切な友を、手の届かない場所へと放り投げた。
「――――…………さようなら、私の宝物」