星間塔
「ごめんごめん、そういえばまだ君しか自己紹介してなかったね」
窓も曲がり角もない廊下を歩いていく二人。
ウェンディの前を歩く少女は顔だけ振り向くと、屈託のない笑顔を見せる。
「私の名前はヨモギ。君と同じ境界科の三年生。よろしくね!」
「はい。よろしくお願いします。……あの、ここって先輩が造ったんですか?」
「そうだよ。普段は休憩室なんだけど、ここ数日はふてくされるために引きこもってたんだ。……あ、そのせいで不具合が起きて君が迷い込んじゃったのかも。ごめんね?」
「あー、大丈夫ですよ。時間もそんなに急いでるわけじゃないですし」
――私は別に運動着に着替える必要もないし。
「そっか。ならよかった。……あ、着いたよ」
そう言ったヨモギの前の廊下には不思議な光が輪になっており、輪の中は液体のようにゆらめいている。
そこにためらいなくヨモギが入っていったので、ウェンディも意を決して足を踏み込んだ。
「――――わぁ」
光の輪を通り抜けた先に広がっていたのは、無数の鏡が両側の壁一面に飾られた景色だった。
思わず感嘆の声を上げたウェンディだが、その光景をどこかで聞いたのを思い出し、どこで聞いたのかと記憶を掘り起こす。
――――「星間塔っていう鏡がたくさん飾られてる塔から…………」
「あ。……そっか、ここが星間塔なんだ」
そこが自身の第一の目的地であると分かり、ウェンディは感慨深さと達成感の両方を混ぜた表情を見せる。
「あれ、もう知ってたんだ。てっきり特別授業で教えられるのかと」
――あー、特別授業ってここのことだったんだ。確かに運動福に着替えなきゃだよね。
「はい。それで、出口ってどこですか? 集合が塔の前だから一度外に出ないと」
「じゃあそこに立ってくれる? 今調節するから」
「はーい」
ヨモギに指差された場所に立つと、ウェンディは今一度鏡だけの壁を見上げた。
――すごい。一枚一枚に世界が映ってる。
――本当に、この鏡が”異界”に繋がってるんだ……。
噂話がそのまま現実に現れたような感覚に感激していたウェンディは、自身の後ろの壁に一枚の鏡が下りてきたことに少し遅れて気付く。
その鏡には人型の機械が映っており、水面越しの半透明であっても重厚感を持っている。
「これが外に繋がってるんですか?」
「違うよ?」
トンッ、と軽い衝撃が背中に来たとウェンディが感じたときには、すでに体が鏡の中へと引きずり込まれていた。
「えっ?」
呆けた声を上げた先で、柔らかな笑みを浮かべたヨモギは見送るように手を振る。
「先生の代わりに、特別講師として私が特別授業をしてあげる。まずは進度Eの異界攻略、いってみようか」