未知の怪物
「これは、どういうつもりなんだろうねぇ」
自らが営む居酒屋で、街を眺めながら女将はその言葉をこぼす。
地震で多くの店が倒壊した中その店は大きな損壊もなく耐え抜き、逃げる東側の住民たちの避難所となっていた。
「お、女将さん……」
「大丈夫、私に任せて奥入ってな。……しっかし」
のした数体の妖を見下ろしながら、女将はその争いに抱いた疑問を思考する。
「(なぜ、”今”なんだろうねぇ。西の奴らは人の世界から連れて来られた移住民、何か企んでるのは知ってた。だが、戦力として脅威なのは冬と鷲の童くらいの筈。策を用いず暴れたいなら、なぜ素直に連れて来られ――――)」
そこまで思考したところで、街に生じる新たな異変。
再び起きた大規模な地震とともに街の西側の建物が空高く吹き飛ばされ、巨大な雨粒となって降り注ぐ。
「――――なるほど。随分なモノを持ち込んでくれたものだ」
空を見上げそう呟く女将の視界には、地面から飛び出した怪物が一匹。
その巨体には頭と胴しかなく、無数の頭が手足の役割を果たしている。
もっとも、その頭の形状をした部分にもあるのは口だけであり、まともな生物が持つ外見ではない。
人でも妖でもないその怪物は、燃え盛る妖の街に降り立つと、大きく体を身震いさせた。
「!」
震え、開いた怪物の口から飛び出したのは、おたまじゃくしのような形の小さな怪物。
産みの親と同じで口のパーツしか持たないその怪物は、落下先へと牙の奥に潜めた舌を見せびらかす。
「(十……二十……二十四か)さすがに遠いのは無理だな。……ん?」
可能な限り撃ち落とそうとする女将の横を、一つの影が通り抜ける。
それは店に一人残った魔女。
跳び上がったことで広がった彼女の影は、二十四の真黒な腕を生み出す。
「カガミノヒトミ」
降り注ぐ小さな怪物たちを真黒な手は一つも逃さず掴み取る。
そして、その全ての手を一か所に集中させ、団子のように握り潰した。
「ヒュウ。やるね」
役目を終えた手は溶けて影へと還る。
その黒いカーテンの奥に、女将と魔女は輝く光を見た。
「(マズい――――)」
そう認識し、アズを助けるために女将が動き出すまでのコンマ数秒。
そのわずかな時間が手遅れを決定したことを、二人とも直感で理解していた。
せめてもの抵抗としてアズは身を守る姿勢をとり、怪物から放たれた魔力砲の光に目を閉じる。
一秒足らずの極光。
空を走った閃光は、道にあるものすべてを焼き払う。
「間に合った、ギリッギリ!」
だが、アズ全身が炭と化すことはなかった。
光の通る道からアズを救い出したのは、同じ魔女であるウェンディ。
彼女はアズの体を抱えて空を緩やかに下降し、無事な建物の屋上へと着地する。
「ケガは無い?」
「あ、はい……」
二人は並んで立つと、奥にそびえる山のような怪物を眺めた。
「道に迷ってたら凄いの出てきたんだけど、アレ何?」
「さあ、私もさっぱり……女将さーん! アレ、何か知ってますかー!?」
「知らーんっ!」
元気な声が飛び交うものの、有益な情報は何も無い。
そして、その数秒の間にも事態は大きく変化していた。
「うーわぁ……」
ドン引きの声をあげるウェンディの視線の先には、体にある無数の口を伸ばす怪物の姿が。
その口は街のあちこちへ降り注ぎ、手当たり次第に地面へと噛り付く。
「…………ねぇ、アズ。アレ倒すって言ったら、協力してくれる?」
「――――ふっ。いいよ、何するの」
呆れ半分、可笑しさ半分の笑みに、ウェンディもまた嬉しそうに微笑み返す。
「道作ってほしいんだ。あの怪物までの、誰にも邪魔されない一直線の道」