満たし、現る
暗い空間の中を、二つの影が縦横無尽に飛び回る。
影が通るたびに壁が削れ、凹み、切り裂かれるが、その攻撃でどちらかの影の移動速度が落ちることはなかった。
それどころか徐々に速度を上げ続け、攻撃の余波の威力も上がっていく。
「一つ聞きたいのだけれど、アレは何処で拾ったのかな」
顔を狙った手刀を避け、蛇の女性は繰り出すパンチと同時に尋ねる。
避けきれなかった妖は体の大部分が消し飛ぶが、一秒とかからず完全に再生して見せた。
「(これで十回目。そろそろ体力的に限界かな)」
「別に……場所の名前なんて知らないよ」
「?」
蛇の女性が疑問符を上げたのは、妖が自身の胸倉を掴んだため。
息も絶え絶えになっている今の妖では、反撃一つ食らえばもう先ほどのような完全回復は出来ない。
自ら自分の首を絞める行為に、蛇の女性は攻撃を一瞬迷った。
「ただ、いつの時代だろうと消えない、私の故郷だ」
腕を引きちぎるか、体を消し飛ばすか。その二択で迷った蛇の女性は、妖の不敵な笑みにとっさに腕を引きちぎる選択を選ぶ。
だが、すぐにその判断が誤りであったと気付いた。
「あの子が産まれ堕ちるのを、みんな待ってるんだ。神もどきだろうと邪魔はさせないよ」
スライムのような性質へ変質した腕は、蛇の女性に絡みつくと同時に硬化する。
力の差を考えれば拘束時間はわずか数秒。
だが、その数秒が分岐点であることを蛇の女性も妖も理解していた。
「バイバイ、名前も知らない妨害者さん、続きはこの子とお願いね」
腕を引きちぎられ、落下していく妖の先にあるのは黒い穴。
先程まで投げ捨てられていた食料と同じように、落下に抗うことなく光の届かない最奥へと落ちていく。
「最後の食事は私だ。一緒に、素敵な景色を見よう」
妖の姿が暗闇へと飲まれ、少し遅れてから何かが噛み潰される音が空間全体に響く。
そして、咀嚼音が止むと同時に揺れ出した地面を、蛇の妖は深いそうに見下ろした。
「……最悪だ。もう少しで、誰にも知られず全てを解決出来たというのに」
ため息を吐く眼科で、暗闇の中から巨大な何かが這い出でる。
「これは、私でも手に余りそうだ」