大蛇
路地裏を駆け、開けた場所へと出た先で、暴れまわる二体の妖がウェンディの視界に映る。
そして、その二体の奥に、瓦礫の上に倒れる誰かが居た。
「ア。アアあ。あ……」
暴れる二体の妖の口はだらしなく開かれ、溢れた大量の唾液が地面へと落ちる。
その目は瞳孔が大きく開かれており、正気でないことは明らかだ。
――……まだ気付かれてない。
二体同時に無力化するため仕掛けるタイミングを見図るが、それよりも速く状況が動く。
「アアあァーッ!!」
我慢の限界を迎えたのか、片方が瓦礫の上で動かない者へ向けて襲い掛かる。
――まずいッ!
迷う余裕は無く、ウェンディは走り出す。
気付かれていない優位を捨て、一直線に走り寄ったとしても、間に合うかどうかは五分だ。
――……だめだ、あっちの方が僅かに――――!
あと一歩で攻撃が届くとういう距離。
だが、そのあと一歩で、妖の口は獲物を食らうだろう。
ウェンディの脳裏に、間に合わない光景が鮮明に浮かぶ。
「…………は?」
次の瞬間に起きた光景は、確かに視界に飛び散る血が移る惨状だった。
殺されたのは、攻撃を仕掛けた側の妖だったが。
開かれた口が喉元へ届くといった瞬間に倒れていた者も目が開かれ、逆に近付いてきた顔へと噛みついた。
妖の大部分を嚙み抉るほどの、巨大な蛇の頭部で。
起きた出来事を飲み込めないでいるウェンディに、人の顔へと戻った蛇が血に濡れた指を指す。
「危ないよ」
「!」
その言葉の通り、近寄ったウェンディへともう片方の妖の口が迫る。
姿勢を落としてその攻撃を回避すると、前のめりとなり空いた胴へと魔力で強化した拳を叩き込む。
唾液の垂れる口からくぐもった声が漏れ、そして――――
「良いね」
再び現れた巨大な蛇の頭が、今度は丸呑みにして妖を飲み込んだ。
「ごめんね、横取っちゃって。お腹すいてたものだから」
「……いえ、お菓子持ってるので」
「そう? ならよかった」
瞬きをした直後には蛇から人の姿へと戻っており、何事もなかったかのように会話をし始める。
一応の警戒をもってウェンディが一歩後ずさると、女性は目を細め、真っ赤になった手を振った。
「心配しなくても、君たちは食べないよ。ただ、しばらくは西側に来ないようにね。バイバイ」
そう言うなり女性は身を翻し、街の西へと向けて歩き出す。
先ほどまで倒れていたのがウソのように歩くその後ろ姿へ、ウェンディはバッグから取り出した物を投げつけた。
女性は振り返ると同時にそれをつかみ取るが、投げられた物を見て眉を顰める。
「……何コレ?」
「お菓子です。お腹が減ったらどうぞ!」
「…………へぇ、最近はこういうのなんだ。ありがとうね」
お菓子を懐へと仕舞った女性は、アレイとともに振り返ることなくその場を去った。
残されたウェンディは、塵へと還る妖の死体を見ながら女性のことに思考を回す。
――あの女性、妖怪だったのかな……? それにしては、気配が……。
西の街へと視線を移すが、その疑問に答えは出ない。
――――「君たちは――――」
女性が言ったその言葉が、ウェンディの頭から離れなかった。
「人に貢がれるなんて何時ぶりかな。……ふふっ。いい友達を持ったね、スミレ」