臨時従業員
「せーのッ!」
大きく振りかぶった斧が下ろされ、結晶と勢いよくぶつかる。
大きな音と衝撃が部屋中に響くも、肝心の結晶には日々一つ入っていなかった。
「だめか~」
「腕、痺れた……」
結衣による結晶の破壊が失敗に終わり、打つ手が無くなった魔女たちは頭を悩ませる。
そんな中、斧を受け取ったスミレが何かを思いついたように口を開く。
「あの……斧じゃ無理でしたけど、他の道具ならまだ可能性があるのでは? ここでは妖怪が作った変わった道具がたくさんありますし」
「あ、そっか。斧は届いてたし、他の道具も結衣を経由すれば届く」
「でも、どうやって集めるの? 私たち金無いよ?」
ノアの指摘に、全員の視線がスミレへと集まる。
「え? あっ。……なるほど、了解です」
「あれ、新人さん?」
「はい、今日から働かせてもらうなりました」
「へぇー。珍しいね、ここの女将が誰かを雇うなんて」
お冷を出しながらお客と談笑するのは、接客としての制服を身に纏ったノア。
普段より声のトーンを僅かに上げ、慣れた様子で営業スマイルを振りまく。
「ラマ、これ三番テーブルにお願い」
「オッケー、アズちゃん! ……三番ってどこだっけ!?」
「右に行って左に曲がって三番目のテーブル」
「分かったありがとう!」
厨房では同じ接客要員のラマがアズの作った料理を運んでおり、その様子を女将が客っであるイタチの妖と一緒に眺めている。
「どうしたの? あの人間の子たち」
「スミレの友達なんだって。少し前に働かせてくれないかって頼んで来てね。お金が無いんだろうし、四人全員雇ってやったの」
「なるほど。……ん? 四人? ひとり足りなくない?」
イタチの妖が言う通り、女将の分身に混ざって働いているのは三人だけ。
ウェンディとスミレの姿はない。
「実はねー、その子たちのお願いに結衣も混ざってたのよ。仕事、自分も手伝うんだってさ」
「え、あの結衣ちゃんが!?」
「そう。だから今、宅配の仕事中。ちなみに残り一人の子とスミレはその監視と手伝い」
「はえー。本当、世の中何が起こるか分かんないもんだなー」
配達の役割を承った三人は、月明かりの満ちる妖の街を歩く。
配達場所は街の中央付近であるが、東寄りであるため襲われる危険性は低いとスミレは言う。
「それに、西側に住んでても、中央付近だとどっちでもいいって主張が多いからね。そもそも人間は基本この街に居ないわけだし」
「……ずっと気になってたんだけど、どうやってここに来たの? 私たちみたいに特別な事情があったりとか?」
「それは――――」
ウェンディの問いに言葉を詰まらせるスミレ。
その空白に合わせるように、遠方から建物が崩れる音が鳴り響いた。
「なんだ、喧嘩か?」
「珍しいわね」
「スミレちゃんはあそこに居るし、見に行く必要は無いわね」
周囲の住民はざわめきこそすれ、さして気にしていない様子だ。
だが、ウェンディの耳は聞き逃さなかった。
決して喧嘩では聞くことはない、飢えた獣のような雄叫びを。
「ごめん。ちょっと行ってくる!」
「えっ!?」
「いってらっしゃーい……」
スミレの驚きの声と、結衣の見送りの言葉を背後に、ウェンディは音のした方へと走り向かった。