妖の店
「そういや、今日はあの人間の子は居ないのかい?」
「ああ。スミレなら今、買い出し中だよ」
妖が賑わう居酒屋の一席で、タヌキの妖怪が料理を運んできた女性と言葉を交わす。
「どうしたんだい、急に? もう私は見飽きたのかな?」
「いやいやっ! そんなことはないって!。何人いても女将の接客は嬉しいものさぁ!」
「ふふっ、分かってるよ」
意地悪そうに微笑む女性の後ろを、全く同じ見た目の女性が通る。
そこは女将と呼ばれた妖が一人で営業する店であり、接客も、掃除も、料理も、全てを分身による作業で営んでいた。
「最近はあの子も落ち着いてきたし、前みたく自暴自棄になったりもしてないから安心していいよ。……あ、ほら。噂をすれば」
店の扉が開く音に女将が視線を向けると、そこには和服を着た少女の姿が。
近くに居た分身が出迎えに向かうと、少女は手に持った袋を差し出す。
「すみません。時間をかけてしまいました」
「いいよ、全然。どこぞのアホが学びもせずに襲ってきたんだろう?」
「いえ、今回はちょっと違くて……。それで、しばらく私の部屋で休憩をとってもいいですか?」
「もちろん。ゆっくり休みなー」
その言葉に少女はペコリと頭を下げ、二階へ続く階段へと向かう。
その後ろに、四人の人間を引き連れて。
「ほら、ちゃんと会話出来てるだろう?」
「いや、それより今、なんか多くなかった……?」
「そうなんだよ。友達まで連れて帰って来ちゃってさぁ。今夜はご馳走かねぇ」
「いや、ここ妖怪の街。人間居ない」
「あ、そっか。じゃあ……繁殖?」
「人は単体で増えないよ?」
そんなやりとりをしていると、再び扉の開く音が女将の耳へと届く。
「おや、もう一人の娘のご帰還だ」
扉から入ってきたのは、尻尾の生えた幼子。
そして、その手に抱えられた、大きな結晶。
「おかえり。今日はずいぶん大きなお宝を見つけてきたんだね」
「うん。拾った。星の、卵」
二階へ上がった五人は、スミレの部屋だという個室へと腰を下ろす。
「本当にこっち側の妖怪は襲って来ないんだ……」
「うん。人を食べ物として見るのは西側の妖怪だけだから。こっちは安全だよ」
事実、その店に来るまで妖が襲って来ることはなかった。
それどころかスミレに挨拶をする者ばかりで、道中で野菜を届けてくれた妖までいたほどだ。
――やっぱり、スミレはここのことを良く知ってる……ごはん……これからのためにも、出来るだけ信頼を築いて……ご飯……。
「ウェンディ……お腹の音うるさい」
「……ごめん」
食欲に負けた状態でラマに引きずられてきたため、今のウェンディは空腹状態だ。
バッグに入れていたチョコを口に運び、止まらない腹の虫を抑えつける。
「イー……」
「あ、ホロアちゃん出てきた」
「わっ、何ですコレ?」
食料だらけのウェンディのバッグから使い魔であるホロアが這い出し、壁に向けて手を伸ばす。
スミレに説明するラマの代わりに、アズがその動作の意味をチョコを頬張るウェンディへ尋ねた。
「ねぇ、この子何してるの?」
「ん? ……(ゴクン)えーっとね、この前付けたんだよね、探知術式」
「探知? 何の?」
「異物」
「へー……え?」
目を見開くアズに、ウェンディは二つ目の袋を開けながら得意気に説明を始める。
「大変だったんだよ? 異物は大量のエネルギー持ってるのに感知し辛かったりするから、頑張ってたくさん設定して、異物のみを見つける機能に仕上げたの。貯金が吹き飛ぶほどの材料をつぎ込んだおかげで、誤探知は一切いたしません!」
「それは……つまり……」
「うん。この方角に異物があるね。距離は……ん? ……隣の部屋?」
その言葉を聞いた瞬間、部屋に居た全員が動きを止めた。
説明中のラマも、それを受けていたスミレも、ホロアで遊んでいたノアも、揃ってウェンディへと視線を向ける。
「えっと……確か、異物って世界を壊すくらい危険なものなんですよね。それが……あるんですか? 隣の部屋に」
「あれ、ここだと思ったのだけれど」
薄暗い森の中、一体の妖が独り言を漏らす。
「もしかして、もう誰かに持って行かれてしまったとか?」