満開の桜
「あ。お目覚め?」
ウェンディが目を覚ますと、スザクが見下ろす顔が瞳に映った。
後頭部にある温かさから、自身が膝枕されているのだと理解する。
「……あれ、体が痛くない」
起き上がったか体にはやけども打撲も無く、動かしても痛みを感じない。
不思議そうな顔をするウェンディに、スザクはやれやれと首を振る。
「私が治してあげたんだよ。ボロボロの体と、ボロボロの服を。優しい先輩だと慕ってくれていいよ?」
「ここに連れて来たの先輩ですよね?」
「……了承したのは、君だし」
「事前に話したら断られるだろうって、お姉さんに説明させたんですよね?」
「…………」
「先輩?」
図星だったのか、スザクの顔に大量の汗が伝う。
勝負の時よりも緊迫した空気が張り詰めるその空間に、空気を読まない笑い声が入り込んだ。
「おー、起きたか小娘! なら食え、飲め! 花見はとっくに始まっておるぞ!」
酒でも飲んだのか、鬼の顔はほのかに赤い。
そして、その後ろには視線を奪う光景が広がっていた。
「わぁ、綺麗」
視界に広がる満開の桜の樹。
舞い落ちる桜の花びらの中、周りでは観客たちが宴会を開いて騒いでいた。
「嬢ちゃん嬢ちゃん」
絶景に目を奪われていたウェンディに、観客の一人が話しかける。
「いい勝負だったぜ。俺にはもう赤鬼様は見えないが、それでも楽しんでいるのが伝わってきた。ありがとな」
そう言って去っていく男に続いて、また別の観客が次から次へとウェンディへ言葉を投げかけていく。
「すごかった! ありがとね、赤鬼様と遊んであげてくれて」
「最初はヤバいかと思ったが、いい根性だったぜ! 最高だった!」
「あとでウチの店に来てね! いいもの見せてもらったお礼にサービスしてあげる!」
「ウチで作った料理はいるかい? 好きなだけ食ってくれ!」
あまりの数にウェンディがあたふたしている内に皆が宴に戻り、何も無かった周囲に大量の礼の品が残された。
「び、びっくりした……」
「あっはは! まぁ、急にあんなに人が来たらビックリするよね!」
――まさか、あんなにたくさんのお礼を言われるなんて……。
「生きてると何が変わるか分かんないね」
「まったくその通り!」
ウェンディのつぶやきに、鬼が酒瓶を地面へ置きながら肯定する。
その手には先ほどまで無かった刺身が握られており、横には数切れ失った料理が。
「あー! 私がもらった料理!」
「何を言う。儂も盛り上げたのだから、儂の物ものでもあるわ!」
「あー、美味し」
「先輩まで!?」
「えー? 優しい先輩は食べきれない君の手伝いをしてあげてるだけだよ? 胃袋を酷使して」
「余裕で入るわ!」
「マジでか」
慌てて料理へ手を伸ばすウェンディを見ながら、スザクはその目をわずかに細める。
「(出来ないことをやらされて、満足させられずに勝ちを譲られるっていう嫌な一日だった筈なのになぁ。)」
咲き乱れる桜を見上げ、おかしそうにスザクは笑う。
「ありがとね」
「……え? 何です? 何か言いました?」
呟かれた言葉は鬼と料理の奪い合いをしていたウェンディには届かず空へと溶ける。
だが、それでもスザクは満足そうな顔で笑い続けた。
「なんでもないよ」
「あれは……」
窓から見える桃色の樹に、スザクの姉は動かしていた手を止める。
耳を傾けると風に乗って宴の賑わいが聞こえ、嬉しそうに顔をほころばせる。
「そっか。うまくいったのね」
だが、机に新たに運ばれてきた仕事にその笑顔は脆くも崩れ去る。
「……あ~! いいなぁ~ッ! 私も呑んで騒ぎたーい!!」