成長への試練
――いきなりな上に、なんて馬鹿力!
空へと吹き飛ばされたウェンディは、観客を巻き込まないよう着地の位置を目で確認する。
「案ずるな。遊ぶのはお主と儂。あの者らを巻き込むことはない」
視界の外から聞こえてきた鬼の声。
視線を外した一瞬の隙に空へと飛びあがった鬼は、その足でウェンディを地面へと蹴り落とす。
そして、鬼の言葉の通り、落とされたウェンディが観客と衝突することはなかった。
まるで間にある空間が伸ばされたかのように近づいている筈の両者の間の距離は縮まらず、落下によって巻き上がった砂もかんきゃにに届くことはない。
――理屈は分かんないけど、遠慮は要らないわけか! ありがたい!
気にすることが消えたウェンディは刀を鞘から抜き、その刃を鬼へと向ける。
初撃で命の危機を感じていたため、斬りかかるととには一切の迷いが無かった。
「おっ、くるか!?」
全力で振られた刀が空を斬り、その先に居る敵へと襲い掛かる。
対して鬼が構えたのは樹の棒。
何の逸話も持たない、見た目通りの簡単に折れる耐久度だ。
「はっ!?」
けれど、鬼はその棒で刀を受け止めてみせた。
見間違いかと思い続けて放った連撃も、全てが肉へと届く前に細枝に阻まれる。
「妙にぎこちないな。普段の獲物はもっと短いんじゃないのか?」
鬼の言う通り、ウェンディの振る刀は根元で敵を斬ろうとしている。
その上速度にこだわるせいで勢いが上手く刀に乗っておらず、攻撃を仕掛けた後の姿勢も隙だらけだ。
鬼はその隙を突き、棒を持つ手の近くにあるウェンディの手を握る。
そして、その無防備な横腹へと蹴りを叩き込む。
「がっ!」
骨こそ折れなかったものの、体は地面を跳ねて飛び、手から刀がこぼれ落ちる。
そして、鬼はその一撃で手を止めてくれるほど優しくはなかった。
止まりそうになった体へ再び蹴りを入れ、細い体を地面に削り取らせる。
「おいおい……スザクちゃん。あの嬢ちゃんヤベェんじゃねえのか?」
「確かに、こりゃ一方的すぎる。割り込みは野暮とはいえ、次デカいの入ったら代わりに行くぞ」
「待った待った。おじいちゃんたち、もう少し私と後輩ちゃんを信じなよ」
倒れ込むウェンディを見るその目に焦りは無く、むしろこれからが見どころとでも言いたげだ。
ニヤケる口を押さえつつ、スザクは目を細めて勝負の行方を見守る。
「単純な実力差でで決着が着くような勝負を、私が組むワケないじゃん」
「……死んだか?」
倒れたまま動かなくなったウェンディに、鬼は歩み寄りながら問いかける。
その顔面へ、瞼を開いたウェンディは握りこんでいた小石を指で弾いて飛ばす。
つまらない小細工と言う内心を表情に出しながら避けた鬼の顔の横で、小石に刻まれた術式は起動した。
「ッ!? (……爆発!?)」
ダメージは無くとも、生じた爆炎が視界を閉ざす。
絶好のチャンスに、鬼の顔面へと攻撃を叩き込————
「あまい」
驚異的な反射速度と身体能力で、視界に頼らず鬼は攻撃を受け止めてみせた。
だが、指で挟んだ『それ』を見た瞬間、常に纏っていた余裕が剥がれ落ちる。
「(木の枝!? 小娘は何処に――――)」
その答えは、頭上から落ちてきた。
枝を投げると同時に飛び上がったウェンディの、本気のかかと落としとして。
「このガキ―———ッ!」
ぎりぎりで気付いた鬼だったが、その頬には血の滲む傷跡が出来ている。
反撃を受けた側も、油断を着いた一撃を避けられた側も、互いに見せ合うのは不敵な笑み。
互いに負ける気は一切無く、祭りがようやく熱を帯び始めた。