下が自由だと上が苦労する
「やっと来たわね」
団子屋の一席に座り三食団子を食べていた女性は、近寄ったウェンディたちに気付くと串を置き顔を向ける。
「誰です、この人?」
「私の姉ー」
女性の向かいへ座ると、二人分のお茶が着くへへと置かれた。
「あの人の奢りだから好きに頼んでいーよ」
「すみません、『きな粉』と『みたらし』と『よもぎ』、五つずつ下さい」
「私は『激辛醤油団子』三つ下さーい」
「ちょっと待ったちょっと待った」
注文を確認した店員が下がっていくのを恨めしい目で見てから、女性は二人へ苦虫を嚙み潰した顔で視線を移す。
「奢るだなんて一言も私言ってないし、そんなつもりもない。あとその子、誰」
「言ってなかったっけ?」
「言ってないわよ! 何もかも!」
姉妹なだけあって慣れているのか、スザクは怒りを隠さない女性に対しケラケラと笑ってみせる。
このまま問い詰めてもらちが明かない開かないと判断したのか、女性は質問の対象をウェンディへと変える。
「あなた、もしかして境界科の子」
「あ、はい。一年のウェンディです。ごちそうになります」
「……お詫びと言うつもりはないけど、この団子で日頃この子へ感じてる不満は水に流してあげてくれないかしら」
「あ、初対面です。先輩と私。今日初めて会いました」
「初対面!?」
ウェンディンの発言に驚いた女性はスザクの胸倉を掴むと。微笑み続けるその顔を力いっぱい揺らす。
「あんた、初対面の後輩の子連れてきたの!? 馬鹿なの!?」
「親睦を深めるにはいい機会かと思いまして」
「馬鹿だこの妹!」
息を切らしながら手を離すと、手で顔を覆いながら女性は天井を見上げた。
「もうやだこの子……」
「私は嬉しいよ。お姉ちゃんがしっかり者で。好き勝手できるから」
「ひっぱたくわよ?」
そうこうしている内に団子がテーブルへと運ばれ、置いてきぼりになっていたウェンディは空腹も相まって即座に食いつく。
女性も残っていたお茶を飲み干して人行く付くと、疲れた顔で口を開く。
「どうせアンタのことだから説明無しで連れてきたんだろうし、私が説明しちゃうわよ」
団子をほおばっていた二人が頷くのを見て、女性は串を持ち上げながら話し始める。
自らの妹を呼びつけた、その理由を。
「私たちの街では毎年大規模な花見を行うのが伝統になっているのだけれど、中央に伸びた桜には満開になるのに条件があるのよ」
「条件?」
「一つ。周囲に桜が咲いていること。一つ、花見を目的とする者が一定範囲内にいること。この二つは満たせたんだけど、最後の一つが面倒でね……」
ハァ、とため息を吐くその姿は面倒という言葉に強い信憑性を感じさせる。
ウェンディは自身が連れて来られた理由もそれなのだろうと察し、息をのんでt魏の言葉を待つ。
「倒さなきゃいけないのよ」
「……倒す? …………桜を?」
――大木と相撲でもとるの?
「正確には他二つの条件が揃ったときに出てくる鬼を、だけどね。しかも、ただ倒すだけじゃ駄目で、その鬼が満足しなきゃいけないのよ」
「お姉ちゃん戦い方陰湿だもんねー」
「だからッ、あんたにッ、お願いしてたんでしょうがッ!」
今にも噛みつきにかかりそうな女性をなだめ、ウェンディは話の続きを促す。
「花見をしたがる人たちはもう待てないってゆうし、去年までその役目をしてた父さんは痛めた体の治療に湯治にいってる最中だし、馬鹿は来いって言っても全然来ないし! このままじゃ我慢の限界を超えた人たちが挑みだして、最悪大ケガする人が出かねない~ッ……」
「自己責任でやらせちゃえば?」
「伝統行事に流血沙汰を許すなんてこと、臨時とはいえ棟梁が出来るかッ!」
臨時棟梁さんの叫びは切実で、部外者のウェンディは笑うことすら出来ない。
第一印象は気が強そうな女性だったのが、今では面倒ごとに頭を悩ませられ続ける苦労人にしか見えなくなり、ウェンディの中から断るという選択肢が薄れていく。
「アンタが連れて来たってことは、強いのよね?」
「いい感じの勝負になると思うよ」
「じゃあ……お願いしても、いいかな……?」
「――――はい」
藁をも掴むといったヒトミで投げかけられる問い。
胸に湧いた同情心を無視して断れるほど、ウェンディの理性は冷徹ではなかった。