こちらこそ
「ー―ーー∸ー!!」
空気を震わせるほどの咆哮とともに振り上げられた巨大な前足に、ドラセナは回避は不可能を判断し防御の姿勢をとる。
だが、その前足が無慈悲に地面へと振り下ろされることはなかった。
「!?」
泥の竜は突然自壊を始め、巨体が姿勢を維持できずに倒れ伏す。
そして、その後頭部から小さな塊が飛び出し、その正体に気付いたドラセナの顔に笑みが浮かぶ。
「じゃあな、呪いの泥人形」
核を失いながらも生者を呪おうと足掻く泥の竜に、ドラセナから放たれた大量の魔力が絡みつく。
地面に満ちた泥すらすくい上げて一点へと収束した魔力は、前へと伸ばされた右手が握りしめられると同時に炸裂した。
浄化された泥は魔力の粒へと変わり、昇った空から霧雨となって降り注ぐ。
「おお……」
「きれーい」
泥から生み出された魚型の手下も魔力に飲まれて消え去っており、相手をしていたラマとノアは濡れない雨に天を見上げる。
そして、囚われの少女を連れ出した魔女は――――
「ごめんね。ここまでしか残せなかった」
ウェンディの見つめる先には、座りこんだエリムと、その両手に乗せられた小さな光。
光が放つ輝きは今にも消えそうなほど弱々しく、ゆらめく姿は薪を失った焚火のよう。
「……聞こえてますか?」
エリムの声に反応は無く、光はただ掌の上で輝き続ける。
「私は、あなたに救われました」
震える声で話しかけるエリムの頬に伝う、一筋の水滴。
応える声がなくても、エリムは喉から声を絞り出す。
「あなたが……私に暖かさを教えてくれましたっ! あなたがっ、私に、生きる幸せをくれた……っ!」
言葉を繋ぐたび嗚咽が漏れ、くしゃくしゃになった顔から水滴が地面へと落ちる。
「だから――――…………」
消え入りそうな声で続きを放そうとするが、息を吸ったとたん叫び声が喉まで込み上げ、漏らさないようエリムは唇を強く噛みしめる。
震える方は腕を揺らし、光に小さな振動を伝えた。
『………、………………………』
声は無い。
だが、光はわずかに輝きを増し、妹へその言葉を届けた。
「――――ありがとう、ございましたッ!」
悲しみを飲み込み、精一杯叫んだ言葉。
その言葉に安心したように光は景色へと溶けて消えていく。
掴もうとする手から光粒は漏れ、残ったのは空の掌。
「……ぅうっ、…………うわああああああああっ!!」
虹がかかる空に響く、恩人を見送った少女の叫び声。
開かれた世界の下で、エリムはひたすらに泣いた。
言えなかったこと、伝えたかったことを、涙とともに吐き出すように。