ずっと欲しかった
いつも怖かった。
眠るときも、明日のことが怖くてしかたなかった。
怖いから頑張る。頑張って、怒られないよう必死になる。
心臓が張り裂けそうになりながら頑張って、耐えて、冷たい指先を隠す。
うまく乗り越えたならうれしい。痛い目にあったら乗り越えられてうれしい。
そうしてまた、明日が来ることに怯えながら瞼を閉じる。
何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。
だって、死にたくなかったから。
何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も何度も何度も何度も何度も。
だって、辛いのは大人になるまでだと思っていたから。
大人になれば、こんな毎日から救われると思ったから。
何度も。何度も。何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度もなんどもなんども/ー—
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………………………………………………………………………………………いつまで?
寒い布団で目をつむりながら、不意に湧き上がった疑問。
私は、今、苦しいのに。
明日だって、もう耐えられない。耐えたくないのに。
――――ああ、なんで、死にたくないんだっけ。
なんで、私は、逃げちゃダメなんだっけ。
この先何年も耐えて、耐え続けて、そこまでして何が欲しいの?
その夜、私は家を抜け出して走った。
外は寒くて、死にそうで、とっても辛かったけど、とってもうれしかった。
私の求めていたもの。命よりも、未来よりも欲しかったものがそこにあったから。
背徳感と死ぬ未来への高揚で走り続けて、山をいくつも超えた先で、私の喉から声が漏れた。
「あはっ、あはははっ! あははははははは!!」
もう大丈夫という『安心』。
ずっと、ずっと欲しかったものを、私はその夜手に入れられたんだ。
あの星空を見たとき、私はこのまま死ぬことを受け入れた。
「モウ、イイダロウ」
「……うん。もういいよ」
いい筈だ。
「ワタシタチ、ノ、タメニ」
思い残しは無い筈なのに。
何かを、忘れてしまっている気がする。
なにか、捨てたくないものを。
「ナニモ、ナイ。オマエ、ハ、メグマレタ! ワタシタチ、ヨリモ! 幸セ二生キタ!」
誰だっけ。
思い出そうとするだけで、こんなにも胸が熱くなる人は。
命を捨てたら、もう絶対に会えない。
それを、嫌だと思う記憶をくれた人は。
「コレイジョウ、ヲ、モトメル、ナ!」
もし、そんな人がいるなら。
この気持ちが、私の妄想じゃないというのなら。
一度でいいから、あの家に――――
「…………助けて」
知らない誰かに、救いを求める。
その言葉に、覚えがあった。
差し伸べられたその手を、光を、私は知っている。
「ごめん。遅くなった」
ああ、そうだ。貴方だ。
生まれて初めて、私の声を聞いてくれた人。
私に、暖かさを教えてくれた人。
「さ、帰ろう? エリム」
「――――うん!」
掴んだその手は、あの日のシチューと同じで温かい。
私は、まだ死ねない。
だって、この恩を、この喜びを、まだ返せていないのだから。